黒無結晶
この地下も長いな。
だが、しっかりした作りはしている。
見た目もきれいだし、匂わない。
「昔、友人と作った秘密基地を思い出すな」
黒金極夜はそんなことを口にした。
「極夜さんも、そのようなことを為されたので?」
「もちろんさ。私も子供のころはあった。大事な二人だ」
一人は今、私の妻だ。もう一人は……ふぅ、今何をしてるのだか。
こちらが連絡しても、なかなか時間を作ろうとしてくれない。
困ったやつだ。妻もあきれてるように見えるが、心配してるのだ。
あのころの思い出が我々をつないいでいる。これから先も消えることなどない。
このように下水道に潜り、探検もして、周りに迷惑をかけたな。地下に現れたテロリストと鉢合わせて大変だった――ははは、と笑う極夜。
「大変楽しそうなことをなされたんですね~。わたしもあやかりたかったな」
ディラフトもディラフトでおかしなやつだった。咎めるでもない。きっとそれを知ったらいの一番に飛び込んでいくような男だ。
青年くらいの年齢に見えるが、心はまだまだ若く、子供のようだった。
それからもしばらく談話は盛り上がった。それは目的の場所につくまで続いたので、飽きることもなかった。
「ここか」
「あり、ましたね」
「「美しい」」
二人はあまりの美しさ、幻想的な存在に魅入られていた。
今にも動き出しそうなそれに我々は、時間すら忘れて興奮した。
これが、異世界の存在なのかと。
恐る恐る触ってみるが、その感触を言語にするのは難しい。今まで触ったどんな物質とも違う感触だ。だが、気持ち悪いとは思わなかった。
心地よいとさえ思う。
至福の肌触りだったといえるだろう。
「さて、持って帰る方法だが……」
「私のディメンションスクエアで保管します」
「頼む」
手を伸ばし、ドラゴンに触ろうとしたその時、空間に波が走る。
ちりちりとノイズが走る。
「なんだ?」
「極夜さん、私の後ろに」
警戒を上げる。その時、彼らはありえないものを見た。
まるで空間がそっくり入れ替わるように、目の前に――。
黒いドラゴンと戦う漆黒の男。その男の姿に見覚えがあるように感じた。
そう、あれは昔、真白と遊んだ時のゲームの……。
翻弄される我々は、何がなんだかわからずに事態を見守る。
「ドラゴンが!」
極夜さんが叫ぶ。
ドラゴンは傍らで倒れている、マシロによく似た灰銀色の髪の少年の元に向かう。
極夜さんはそれを止めようとしたが、そこから先に行けなかった。
見えない壁があるというより、我々だけがその世界に立っていない、外側にいるような感覚。見ることはできるが、事態に関わることはできない。
漆黒の少年が、壮絶な戦いの果てにドラゴンの首をはねる。
少年がおもむろに振り返る。その瞳は虹色の輝きをしていた。
彼が時々放っていた瞳と同じ色彩を。
「ディラフト?」
その少年はこちらをみて、確かにそう言った。
「……真白、なのか?」
ぶつんと電源が切れたように、空間は元に戻った。
ドラゴンは消えてしまった。ここまで来たことは徒労だった。
だが、
「おいおい、なんだよありゃ! すごいな! まるで神話の戦いだ!」
我々はお互いに、別の意味で興奮していた。
生きていた。姿は違うが、わかる。あれは真白だ。
ディラフト達は冬の研究室を見つけた。部屋はなぜか空きっぱなしになっていたため、ディラフト達はその中にあるものを全て回収した。何かの役に立つかもしれない。
彼のザインクラフトの研究内容もあるかも……ふとおいてあった人形も気になって、持って帰ることにした。
「いきましょう。本来の目的は果たせませんでしたが、得るものがあった」
調べないといけないことができた。
◇
気のせいか? 今そこに、ディラフトがいたような。
いや、今そんなことを言っている場合ではない。
「冬真、ずいぶんガッツみせたな。かっこよかったぜ」
冬は激戦を終えた後にも拘わらず、姿はここに来た時とまったく変わらないように見えた。存在維持の力のおかげだろう。なのに、一皮向けたような頼もしさがあった。
『へへ、だろ? これで女の子にもモテモテだ』
だから、僕も強がった。僕だってがんばったんだぜ、って。
「見せる相手が俺じゃあね。貴重な一発を無駄に使ったな」
まったくだ。
アバターを回収する。
壊れてはいるが、修理は可能だ。
ドラゴンを見る。
こいつもほとほとわからんな。
とりあえず回収しておこう。あまり大きなものは刻紋化させるの、大変なんだけどな。
それから、黒い結晶を回収する。
『それ、なんか意味あるの?』
「一応ね」
ナギを背負い、俺たちは外に出る前にとある場所に向かった。
「やはり、虚無に襲われた傷は普通の手段では修復できないな」
俺たちは春達のところに戻ってきていた。
体を真っ二つにされているグロイ死体が散見される中で、冬は黒い結晶を取り出す。
『それ、どうするの?』
「こうするのさ」
ハルナと呼ばれた少女の口に、黒い結晶を寄せる。
口元にくると、冬は軽く黒い結晶を握る。
すると黒い結晶は溶けて、少女の口に入っていく。
すると、彼女の欠けた部分が元に修復されていく。
『これって……』
「黒無結晶、と俺は呼ぶ。あいつらが喰って消失してしまったメモリーを修復するための、媒介みたいなものだ」
第四永久機関と原理は同じ。
『そ、そんなこと、治せるの? これ……死んでるんじゃ……』
無の力で傷を負うのは、死ぬよりもひどい状況だ。
なんせ世界から消えるのだから。
通常の死とは異なるから返答に困るが、死という情報よりも「無」のほうが優先性が高いのだろうな、世界の認識的には。無の力で傷つけられたものだから、どうにかなるともいえる。
「できるらしいな」
とはいえ、技術化してほかの奴が使うことはできないけど。
あの領域を観測・干渉できないものには、この黒い結晶は本当に何の価値もない、何の情報も含んでいない。形があるように見える「何か」だ。
調べても情報なんて含まれていない。
加工することもできないだろう。
「わかるか? あいつら全員ぶちのめせば、他の存在エネルギーをため込んで義手みたいに無理矢理補強しなくても、俺らは元に戻れる。完璧な状態でな」
左腕は回収したが、まだ修復はしていない。まだこの黒い腕は必要だし、バランスを欠く可能性があるからだ。
全てを回収したのちに、一気に実行する。
『お、おおお!!!』
かつてないほどの驚愕と喜びだった。
道が、少しずつだけど開けてきたから。
「う、ううん……」
ハルナと呼ばれた少女が息を吹き返すが、意識はまだ戻らないらしい。
ほかの奴にもいろいろ試そうとした、その時に。
「おいおい、お前さ。今の状況わかってる?」
春が冬の首に大鎌をかけていた。
「珍妙なやつだ。お前、本当に何なんだ。気色悪い」
気色悪いのはお前だ。状況がわからないらしい。
「で? お前はこの後どうしたいわけ?」
「私はこの世界を潰したい」
「は?」
「この世界はちゃんと壊れなければならない。それが本来あるべき姿だ。そのようにデザインされたものが、元の状態に戻るだけだ」
「なぜそのようなことをするのか、理由は話してくれないわけ?」
当然の疑問だろう。僕もそう思った。冬は確かに危険だが、自分の大切な人を助けてくれた人間に刃向けるって頭がおかしい。
「私の個人的な心情さ。私は自分の頭の中で描いたものを、他人に奪われるのが気に入らない。自分の頭の中だけはその者だけの領域だ。世界とは断絶していないといけない。世界の薄汚いものから切り離された、私だけの領域。君のそれは、境界を侵食する。思想侵略の類だ。正しいとか正しくないではない、自分のものは、自分だけのものであってほしい。言ってしまえば単純にそれだけだよ。君の存在は本当に不快だった。人の頭の中のアイデアを盗用し、それを私以上に使いこなし、私の世界を、私から奪う……明確な、敵だ」
二次創作など許さない。仮にしても、こんな盛大な二次創作は許されない。
誰であろうと、この私が――誰にも理解されない、彼の屈折した心情が流れ込んできた。
「そうか」
たった一言、冬はこぼした。それだけで春は動けなくなった。
冬は春の心情を否定しなかった。
というより、どうでもよかったのかもしれない。
あたりがひりつく。
『ふ、冬……』
ま、まずい。これは、まずい。
「じゃあ俺も、俺のやりたいようにやるよ。まずはお前の大好きなハルナを、ころす」
空気が一瞬で凍った。凍てつくほどに張り詰めて、次のアクションを皆が待つ。
一挙手一投足、間違えれば、死人が出る。
春の表情は笑顔を崩さない。
いや、崩せないのだ。春は悲しいとか苦しいとか、そう言った負の感情を抱けない、抱けなくなった人間だ。医者は言った。
「ある種、君はこの世の誰よりも幸福なのだろう。幸福以外のものを自分の中から排斥したのだから」と。
それは、単なる皮肉にしか聞こえなかったろう。
そんな人間だが、それでも現状の認識ができないわけではない。
感情を理解できなくとも、分析はできる。
危機が目の前にあることがわからないわけではなかった。
「どうした? 俺はお前の大切な者を殺すといった。何もしないのか? その刃を引けば俺を殺せるんじゃないか? やったらどうだ?」
だが春は動けなかった。物理的に冬がそうしてるわけじゃない。
動いたら死ぬ。首に刃を当てているこの状況でさえ、自分が有利ではないと理解しているのだ。冬から放たれる尋常じゃない殺気は、それだけで人が殺せるんじゃないかと錯覚するほどだった。
冬はゆっくり立ち上がる。今の状況に似つかわしくないのに、まるでそれが当然のように。
冬が振り返り、春を見る。ひくひくと春の顔が歪む。膨大な汗を地面に浸みらせながら、
「う、ごく、な」
春はそれだけ口にする。
それが無意味だとわかってても。
それが彼の精一杯の抵抗だった。
「じゃ、止めてみろ」
できるものなら。
冬の拳が春の顔面を捉えた。そのあとは一方的だった。冬が馬乗りになって春を半殺しにした。
綺麗な顔は膨れ上がり、手足は痙攣していた。
あれ、生きてるの?
『考えるな、感じるな。僕は木、僕は木……』
僕は心を押し殺して、そう唱えた。すると、少しだけ木になる気持ちが理解できた。
あ、なんて幸せなんだろう。この世のおぞましさなんて、気にしなくていいんだ。
骨の砕ける音や弾ける血しぶき――人体が出していい音じゃないって、あれ。
冬のガン決まった狂気の瞳。あいつ無表情で人殴るからマジ怖いんだよ。
暴力を楽しんでいるわけじゃない。どういう気持ちなんだろう。怖くて聞けない。聞きたくもなかった。
冬は春を半殺しにした後、拘束し、連れ帰って牢屋にぶち込んだ。
ほかの者達はハルナを含めて全員治療したが、春だけはそのまま連れ帰った。
ただ、冬が最後にちょっと変なことを言っていたのが気になったけど。
自分の研究室の中に入ったときに、とてもびっくりして、
「なんでこれが! 俺は作ってないぞ」って慌ててた。
その何かを懐に思いっきりしまいこんで……
なんだろう? エロ本でもあったのかな?って冗談はおいておいて。
聞いてみたけど、答えなかった。「絶対に何も聞くな」とだけ。だから聞かなかった。
一抹の不安はあるものの、こうして下水道での事件は幕を閉じた。少なくとも、僕らの知りうる限りの中では。
世界をアップデートします。
◇
うっ、うっ、う……。
呻くようにそれは地べたをはいずった。死にたくない、死にたくない、死にたくない。
その想いだけで。
黒い空間の片隅で、冬に見つからないように縮こまりながら、わずかな命を長らえていた。だがそれも長くはないだろう。そんな時に、都合のよいものが転がっていた。
かつて真白がこの世界に来るまでは、本来あるべきだったもの。本来は真白ではない彼が、その位置にあるべきだったものが。
「君も、生きたいだろう? まだ、終わりたくないだろう?」
だから……
1章終わりです




