反存在
気づいたら、黒い場所にいた。
またここ(無)か。よくよく縁がある。冬真は無事か?
冬真の存在はまだ感じる。となると、俺は死んだわけではないらしい。それも時間の問題かもしれないけれど。
「いいのかい? それで」
そこには、透明な男が立っていた。この領域だとさらに見えづらいが。
「ほんの、一歩だ。ほんの少し、歩み寄れば道は開ける」
「……やればできる子、みたいな言い方やめてくれる? その代わり、面倒ごとが増えるだろ」
「でも、それをしないと現状は打破できない。そうだろ?」
男の問いに、俺は沈黙で答える。
「お前らは、何がしたい? 俺に何をさせたいんだ?」
目的が見えない。
「まだ言ってもわからないよ。私の目的が君の代で完結するのかはわからない。だが、君がいればそれは早まるかもしれない。ちょっとした『投資』だ。君ら風に言うなら」
男は一歩、近づく。
「あの子を頼む。かわいそうな子なんだ。私たちはそれぞれ自業自得な面がそれなりにあるが、あの子は完全に巻き込まれたようなものだ。結果的に、という奴だね」
「意味わかんねぇよ」
「君ならできるさ。君にしかできない」
左手がうずく。俺はきっと、わかる。顔を両手で覆う。
「見ないようにしようとしたって、見えてしまう。難儀だね」
「……でも、進まないと」
わかっているさ。ほしいものはいつだって、面倒なことの先にある。
「あんた、結局誰なんだ?」
「クリア。今はそう呼んでくれ。クリア・ヴォイドと」
「そう」
それだけ言って、真っ黒な左手を前に突き出す。
「解析を、開始する」
◇
第四観測不可能領域、接続完了。
第四永久機関、駆動。
俺の血色が、変色する。
冬が目を開く。その瞳は虹色の輝きを放っていた。
先ほどの損傷が回復を始めている。
消耗した存在エネルギーを補填しているのではない。
こいつ、ぼくに削られて消滅した存在エネルギーを、修復して再利用してやがる! 化け物が!
「ふはっ、ハハハハハハッ! マジかよ、ハハハッ! クソが!!!」
ケイオスは叫ぶ。
「こんなに早く、僕の領域を解析しきったというのか? そこは、ぼくの玉座だ!」
「ああ。だから寄越せ。そのイス」
冬に向かって、ケイオスは黒い虚砲を放つ。
冬はかわすでもなく、左手を前に突き出した。
ケイオスの攻撃は冬を透過した。
否、同化しているのか。同色は汚染しあわない。ほんの少し色彩が違うだけで汚染は始まる。薄くもなく、濃くもなく、完璧な表現をした。
「クソが! クソクソクソクソ、クソが!!!」
冬が走る。ケイオスも走る。
拳をぶつけ合う。ケイオスの拳に、ひびが入る。
そのまま冬はケイオスを掴んで壁に叩きつけ、走る。
柱も、壁も、地も、天井も破壊して、縦横無尽に走りまわる。
空に投げ出されるケイオス。
上から降ってくる冬の左手には、フォースエッジの刃が形成されており、それがケイオスに突き刺さる。
フォースエッジは本来、虚無の存在であるケイオスには意味をなさない。だが、それが刺さるということは、反存在の力を付与しているということだ。
フォースエッジの力場が、下に向かって推進力を発揮する。
反存在は、ザインのように存在エネルギーを流し込んで虚無を実体化させるものとは異なる。
本当に無に触れているのだ。
無を観測し、無に触れる。無の色彩を表現する。
正真正銘、世界のバグ!!!
本来、冬の持っていた性質である反存在が、虚無に触れたことで変質したのだろう。それにしても、この世界にあるまじき性能だ。
いまだかつて現れなかった僕らの天敵が、こいつだなんて!!!
天地がひっくり返るような衝撃が、全身を駆け巡る。
左腕一本。たった左腕一本分を取り戻した程度で、この強さ!
ケイオスは内臓物を吐き出すように、黒い何かを吐き出した。それがぽつぽつと、黒い結晶になる。
冬を見る。その目が怖かった。その目で見るな。
こわい。こわい。こわい!!!
久しぶりに全身を駆け巡る、死の恐怖。
冬が左腕を構える。その腕には真っ黒な大鎌が形成される。
大鎌と大鎌が柄の部分でくっついたような、異形の双鎌が。
我想刻紋 形而変転
対虚無兵装:黒無双鎌
こいつは、まずい!!
「アルヴァ・ルフ! 来い!!!」
虚無を差し向ける。雑魚でも時間稼ぎはできる!
四方八方から囲め!!
無鎌。それはまるで影のように見え、冬の影に溶け込むようにその稼働を邪魔しない。
冬は虚無に近づくすれ違いざまに、影から出てきた大鎌が虚無を刻む。
左手を相手のほうに差し向けるだけで、影が伸びて、虚無を抉る。
冬がしゃがんで後ろからくる攻撃を回避する。回避しながら、後ろに伸びた影が虚無を返す刃で切り裂く。
閃くのは、一瞬でいい。
『ははっ。冬、嫌味な奴』
鎌は実戦向きじゃないとか言っていたのに、実は気に入っていたんだな。
「俺ならこう使う。俺ならもっと実戦的な武器に落とし込む」ってか?
冬は近接戦闘を好む。爪にしろ、剣にしろ、銃にしろ、それらを人体の延長でしかない。
必要な時に、必要な長さ、形状、強度で顕現させ、隙をコンパクトにしていく。
それでいながら、動きは派手で、絵になる。まるでアーティストのようだ。
刻紋とは、もとより人体に刻んでいるもの。
人体の能力を延長させるものとして扱っている節がある。
人体こそ最強の武器であるべきだと。
人剣一体とはいうが、刻紋の在り方は冬の思想の体現のようだった。
回転する双鎌が、虚無を駆逐しまくる。
削られた虚無たちは、二度と復活しなかった。完全に沈黙する。
顕現した観測不可能領域そのものが縮小しているから、数もじきに消える。
冬の手刀が虚無を切り裂き、冬の足刀が鎌のように敵を薙ぎ払う。
瞬く間に虚無は消えていった。黒い結晶だけを残して。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
せっかくここに出てきたんだ。まだやりたいことがたくさんある。まだやりたいことをつくるんだ。
こんな、こんなところで。
『彼に無為なちょっかいをかけてはいけないよ。放っておいても彼とはいずれぶつかり合うのだから』
クリアの言っていたことを思い起こす。
『彼は、この惑星の頂点だ』
まともにやりあって勝てる相手ではない。
その言葉の意味がようやく理解できた。
まともにやりあえる土俵に立ってはいけない。これが、一つの惑星の頂点に立った生き物の強さ、その一端なのだと。
目の前で手刀を作る影が蠢き、フォースエッジのように鎌の形を成していく。
その姿は、まさしく――「死神」。
ケイオスの首が跳ねられる。
首が落ちて、地面に転がる。消失が始まる。
「最後に聞きたいことがあるんだけど。質問に答える気、ある?」
「ふふっ……あるわけないじゃん。べっ……」
「だろうな」
見受ける印象から、負けたら負けたで言い訳を始めるタイプに見えた。
だから、首も容赦なく跳ねた。
それが最後の言葉となり、ケイオスは消失した。
オメェの席ねぇから!(ケイオス)
じゃあ、オメェの席もらうからぁ!(冬)




