第二十五話 回想——空と友情と現在
今回はとある人物とベルセリールの回想の話です。
——空を夢見たふたりの、その始まりと別れ——
クーデリア王国の西端に広がる軍用区域。そこには、王国最強と謳われる空軍——戦竜隊の候補生たちが日夜訓練に励む巨大施設が存在する。
この国では「竜は人を選ぶ」とされる。選ばれし者だけが、戦竜と心を結び、空を駆ける“竜騎士”となる。
それは国家を守る誇り高き職であり、王国の中でもごく一握りのエリートだけが手にする栄誉だった。
ティオリーナ・ドラクリスも、そんな空の英雄を目指す候補生のひとりだった。
ドラグリス公爵家——空軍の頂点、戦竜隊総指揮官ミルシア・ドラグリスを輩出した名門。彼女の兄、ガンドラ・ドラグリスもまた、次期指揮官として内定しているほどの逸材だった。
だが——ティオリーナ自身は、思うように成果を出せずにいた。
「……どうして、どの竜にも見向きもされないの……」
努力はしている。研鑽も積んだ。だが、兄のようにはなれない。
焦りと劣等感ばかりが積もる中、その日も訓練場の隅でうなだれていたティオリーナの前に、一人の少女が現れた。
黒いドレスを揺らしながら、ピンク色の長髪を風にそよがせて歩いてくる。
——ベルセリール・アルドラシル・クシュル・クーデリア。第四王女にして、ティオリーナの幼馴染。
「なんだか、しょぼくれてるね。空飛びたいんでしょ?」
「……ベール……」
「ふふ、ベールだょーティオちゃんらしくないじゃん?いつもの元気はどこへ行った?」
その言葉に、ティオリーナはかすかに笑った。
「はぁ?ベールみたいな能天気お姫様に慰められるとかないわー」
「嫌味言えるくらいには復活した?」
「ふふ、まーね」
二人はしばらく語り合う、小さな頃からの付き合い、お互いに一番互いを理解している。
「戦竜かー私も訓練したら竜に選ばれたりしないかなー?」
「ベールが?竜に乗る?小さ過ぎて風に飛ばされちゃうんじゃない?」
「なーにーをー!?言ったなー!よーし、今日から私も訓練所に出向いて竜騎士目指してやるからみてろー!ティオちゃん!」
「ふふふ、望むところね?ベルセリール姫殿下様!」
それからの日々、ベルセリールとティオリーナは互いに助け合いながら剣術や槍術、弓術など武術関係の稽古、風を読むための気象学、ベルセリールも勉強は嫌いながらも励んだ。ティオリーナはそんなベルセリールにわかるまで教える。互いの不得意を互いにカバーしつつ教え合うことで二人はかなりの成長を見せた。
——やがて、ティオリーナは一頭の風竜に選ばれた。
「……選ばれた、の? 私が?」
「うん。やっと、羽が生えたじゃん」
喜びに満ちた涙。誰よりも喜んでくれたのは、隣で手を握るベルセリールだった。
そして、ベルセリールも一頭の竜と心を通わせ結果的に竜に選ばれた。
そして、ふたりは若き戦竜隊パトロール団の一員として、共に空を翔ける日々を迎えた。
しかし、その絆に亀裂が入る日が訪れる。
戦竜隊に配属されてしばらく後。ベルセリールは、父王の秘書業務の手伝いを任される中で、ある不穏な情報に触れる。
——「リヴィエール号」、それはドラグリス家が管轄する貿易船。輸送記録や積荷の記載に、重大な不正の兆候があったのだ。
最初は信じなかった。だが、調べるほどに不正の証拠は山のように現れ、労働者への違法な酷使、物資横流し、軍備転用――目を覆いたくなる実態が露呈していく。
「……これは、見なかったことにすべきなのかな……」
ベルセリールは葛藤した。ティオリーナの夢を守りたかった。
彼女の家の罪が暴かれれば、ティオリーナの立場さえも危うくなる。
できる限りの資料は封印した。だが、核心に迫る一部は、どうしても――見逃せなかった。
そして、彼女はガンドラ本人に問いただす。
「……あなたがやったこと、間違ってるよ」
「……そうだな。だが、ドラグリスのためには必要だった」
真実を知ったベルセリールは、そのことをティオリーナに打ち明けようとする。だが——
「どういうつもり……? 私の兄を貶めて、私の立場を奪って、次は自分が戦竜隊を牛耳るつもりなの!?」
ティオリーナの叫び。怒声。鋭く向けられた視線は、かつての親友を拒絶していた。
ベルセリールは、何も言わなかった。
その瞳に浮かんでいたのは、怒りでも反論でもない——ただ、哀しみだった。
そして数日後、ベルセリールは突然とで戦竜隊の脱隊届けを正式に王国に提出した。
それいから彼女は城から抜け出しては市民の生活に溶け込むようになっていった。
そこには、竜に乗り共に空をかけた彼女はもういなかった。
残されたティオリーナは、その後正式に戦竜騎士へと昇格し、兄と並び空軍の要として働くことになる。
ベルセリールの話が出ればティオリーナは情けない脱走姫と罵った。
そして、ベルセリールは国外追放されたとティオリーナは聞かされた。
そして、それから二ヶ月後、なんとリルトルカ時期国王によりドラグリス家に対する国家調査の結果が発表された。
それは、ベルセリールが一部封印していたドラグリス家の真実がベルセリールがいなくなった事で公に出たからであった。
不正は極めて悪質で広範に及び、軍への信頼を損なう重大な内容。
その結果、ドラグリス家は公爵家から侯爵家へと降格される処分を受けた。
同時に明らかになったのは、ベルセリールがいかにその不正を隠そうとし、証拠の封印に尽力していたかという事実だった。
そして、それは結果的にベルセリールが何かのために不正を肩代わりして自分を更に不名誉な王女とさせる物だった。
つまり、ティオリーナの自分達を落とすものとは真逆だったのだ。
ベルセリールの事を理解しているティオリーナは直ぐに全てを悟った。
「……ベールは……私のために、全部背負ってたの……?」
気づくには遅すぎた。ティオリーナが謝罪の言葉を胸に走った時には、もう彼女の姿は王都になかった。
彼女は問題を起こした他国の侯爵の次男の嫁として強制的に嫁がされた……それは王家の人間としては重すぎる内容だった。
いろんな推測がされていた。
ドラグリス家に喧嘩を売ってドラグリスに嫌われているからとか……実際にはそう、彼女が追放された本当の理由は……王家の人間でありながら……ドラグリス家の不正を肩代わりして隠蔽に協力してしまったためだった。
それでも、彼女は多くの貴族と国民に支持されてた。そして今もしじされている。
「……ベールに顔を合わせるためには……私はもっとクーデリアのために……あの子が愛したこの国のために尽くせるような人にならないと……」
ティオリーナは決意を胸に今日も飛竜で空をかける、もし、自分たちが不正なんかしなければ隣に竜に乗る彼女がいたかもしれない。
空を共に翔けた日々は、今はただ、風の記憶となって遠く——




