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赤の理由 青の盾  作者: 賢木 緋子
第2章・少年と少女のおつかい
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少年と少女のおつかい・13

 その日、来栖(くるす)くりすは学校でバンドの練習をしていた。

 荒木田(あらきだ)をはじめとするいつもの仲間でハチャメチャながらも有意義な時間を過ごし、「一日があと3時間くらいあればいいのに」と思いながら今は部室の後片付けに取りかかっていた。

 時は夕暮れ。沈みかけの真っ赤な太陽が、西向きの部室に濃い影を作っている。

 ほとんどの部員は先に帰宅していて、部室に残っているのはくりすと荒木田だけだった。くりすは楽譜を棚に片付けながら、ちらりと荒木田の様子を盗み見る。

 大抵ふざけている先輩だが、今は真面目な顔をして机に向かっていた。その視線の先には楽譜があり、一定の時間を経ては新しいページに移る。ぺらりぺらりと影が動いた。

 ――ああ、いいなあ。

 静かに譜面と向き合う荒木田を見て、くりすはとろけるような気持ちになる。

 荒木田は普段の素行から『何を考えているのか解らない、怪しい奴』というレッテルを貼られることが多い(これは少なからず、くりすの親友である玖凪(くなぎ)でさえそう思っている)。

 だが、くりすは知っている。

 荒木田がただ騒ぐのが好きなだけの単純な人間でないことを。自分が好きなものに対してはどこまでも真摯で、あんな表情をすることもあるのだということを。

 そのギャップを知っているということが、くりすには非常に誇らしかった。そして、ボーカルという役割で彼の役に立てることも。

 「先輩、それ、なんの楽譜ですか?」

 荒木田の手が楽譜をめくるのを止めたところでくりすは声をかけた。

 「んー、これかー?」

 荒木田はくりすに向かって表紙を見せてくる。

 そこには『バラード』の文字があった。

 あまり馴染みのない言葉にくりすは何度か瞬きをする。くりすの記憶が正しければ、今までバンドで演奏してきた曲はすべてコテコテのハードロックで、良く言えば明るい、悪く言えば騒々しいものしかなかったから。

 「バラード……先輩、こんなのも弾けるんですか?」

 「いや、これからやってみようかと思っててな」

 自信満々な笑みを浮かべている荒木田。

 「これまでやってきた曲って、全部賑やかな奴だっただろ? こういう曲もやってみたほうが表現の幅が広がるかもしれない。ま、スキルアップの一環だな」

 バラード、荒木田先輩のバラード!

 くりすの心はバラードを奏でる荒木田の姿を幻視して華やいだ。


 それほど広くはない、しかし積み重ねてきた時代がなんともいえない味を醸し出しているステージーーもちろん、先頭をきって音を奏でるのは荒木田のギターだ。

 滑らかに、確実に、弦を押さえる長い指。

 仄暗い会場に響くゆったりとした旋律。

 観客は皆、時の進みを遅くする魔法にかけられたかのように、恍惚とした表情で甘美な音に酔いしれる。

 その場で歌をのせられたら、どんなに――。


 「――なあ、ところでさ」

 荒木田の呼びかけで現実に引き戻される。再び楽譜のページをめくり始めた荒木田は、軽い雑談をする調子でくりすに問いかけた。

 「パイナポーって、歌上手いのか?」

 それが自分の友人のことだと気づくまでに数秒を要した。

 「パイナポー……玖凪のことですか? そりゃ上手いですけど」

 言葉にはできないざわりとしたものがくりすの直感を刺激した。

 何故――何故ここで玖凪の名前が出てくる?

 怪訝に思うくりすのことなど御構い無しに、荒木田は楽しそうに続ける。

 「へえ、やっぱりそうなのか。けっこう有名らしいな。『合唱部一の歌姫』だとか『セイレーン』だとか――隠れファンが多いんだろ」

 荒木田が挙げた2つの呼び名はどちらもくりすが聞いたことのあるもので、本人にこそ言わなかったもののくりすを嬉しい気持ちにさせてくれた。

 そう、本人は謙遜しているものの、玖凪の歌声が美しいのは周知の事実で、くりすにとっての自慢だった。

 でも、今は――。

 「ノリがいいっていうより、美声なんだな。合唱部だもんなあ」

 待って。

 待って、荒木田先輩。

 「バラードってなるとしっとりした声のほうが合うんだろうな、きっと」

 音楽のことしか考えていない、無邪気な笑顔。その表情のまま、荒木田はくりすに対して残酷な一言を発した。

 「そういうのが得意なやつに歌ってもらえたら、違う発見があるかもしれない」

 ねえ。

 先輩。


 私は?


 刺激された直感の風船は膨らんだかと思いきや一瞬で弾け飛び、くりすの心の中にもやもやとした黒いものが湧き上がった。

 それは、部室の中にできた影よりも幾分濃いものだった。

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