少年と少女のおつかい・12
その後の話。
当初の目的だった花瓶を買って帰る頃には、太陽が遠くの山へと沈みかけていた。
そして、コトリ弁当の前では
「随分と、遅かったですね……」
美琴が帰りを待っていた。
正確には、般若のような形相で仁王立ちして待ち構えていた。
夕日を背負って立つ姿はヤンキーか何かだった。ゆらりと顔をあげ、秋水のことを一瞥する。おい誰だこれを美少女って言った奴。
「花瓶一つに結構な時間がかかったようですが、さぞかし素敵な花瓶なのでしょうね、寒凪さん?」
買ってきた花瓶が数百万円するような本当に素敵な花瓶であったとしても断固として認めないという確固たる意志がありありな眼差しだった。
「ごめんね、みこちゃん。実はいろいろあってねー」
「いっ、いろいろ!? い、ろ、い、ろ!?」
「あ、これお土産。紅梅堂のみたらしとうぐいす餅。みこちゃん、どっちも好きだよね」
「はい! 大好きです! ありがとうござ……いやそれよりもいろいろってなんですか」
これ以上ここにいると面倒なことになりそうだったので、美琴の相手を玖凪に任せ、秋水はそそくさと自室に引き上げることにした。
玄関に入って振り向くと、美琴をなだめている玖凪の笑顔が目に映った。
その笑顔が秋水の中に一つの疑問を生む。
そういえば。
自分の魔力が千佳を救ったということに、玖凪自身は気づいているのだろうか。
これまでの言動から考えるに、自分には厄介な力があり、それが原因で小さなハプニングを起こしていると自覚しているのは確実だ。
しかし今日、彼女はその力を僅かながらコントロールした。魔力を放出するだけの荒々しい力業だったが、それでも初めて有益なことに使えた。
今までとまったく違う力の使い方に、玖凪は何かを見出せただろうか。それとも、あれは無意識下の行使であって、看板が千佳に当たらなかったのはただの幸運だと信じているのか。
そしてもう一つ。
今日は、あの交差点を通らなかった。
数日前に秋水と玖凪が初めて出遭った、あの交差点を。
例の交差点は商店街のそばにある。千佳を捜しているときも、一緒に街を見て回ったときも、通らないほうが難しい。だが、思いかえしてみるとあの交差点だけ綺麗に避けられている。
これは偶然なのか、それとも玖凪の恣意的なものなのか。
(まあ、訊けることじゃないな)
秋水は苦笑する。これはきっと、知らなくてもいいことだ。秋水は訊かないし、玖凪は言わない。それでいいことなのだ。
今日は本当にいろいろなことがあったから、少し疲れているのかもしれない。
秋水は自室のドアを開けた。
ここで秋水は考えることを中断した。そのため、本人も気づいていないが、実は本当に奇妙なことはこの先にあった。
この日、寒凪秋水は多くの出来事に遭遇し、それに合わせて様々な感情を抱いた。
玖凪が強力な魔力を使うのを目の当たりにした。自分の選択が後悔を生む可能性に恐怖した、困惑した。昔のことを思い出した。
これらはすべて、秋水がここを出て行くと決意するのに十分すぎる材料だった。彼は確かに数日前、「魔術を意識しすぎるような環境になれば離れる」と未知に約束していた。
それなのに、「少し疲れている」程度で済ませてしまっていること。まだこの場に留まることを選んでいること。離れるという検討すらしていないこと。
これは寒凪秋水という人間にとって明らかな異常であり、前向きな言い方をするならばささやかな変化だった。
結局、秋水は未知にこの日の出来事を話さなかった。自らの異常性に気づかぬまま、ただ、次の日の仕事のことを考えながら眠りについた。




