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異世界に転移したので、相棒のAIと謎解きを始めます~AI探偵の異世界迷推理~  作者: 土瓶蒸しの謎
第一幕

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小さな違和感


 遺言書は見つかった。


 それでも、これで終わりという感じはまるでしなかった。


 俺たちも部屋を出ようとしたところで、コメリアが口を開いた。


「パパ、あたしはもう少しここに残るわ」


「ん? どうした?」


「ちょっと考えたいことがあるのよ。まだ上手くまとまってないんだけど」


「何か気になることでもあったのか?」


「だから、それを考えたいの」


 コメリアはそう言って、もう一度部屋の中を見回した。


「そうか。なら、ここは任せよう。俺たちは兄弟にもう一度話を聞くことになるだろうし、三人揃って押しかけるのも何だからな」


「ああ、確かに。何度も三人で来られたら、相手も落ち着かないですよね」


「そういうことだ」


「分かったわ。何かあったら知らせてね」


「ああ。そっちも何か分かったら教えてくれ」


「もちろん。……クニタカも、余計なこと言わないようにね」


「何で最後に俺だけ注意されるんだよ」


「心当たりないの?」


「……ありますけど」


「ならいいわ」


 よくない。全然よくない。


 結局、コメリアを部屋に残して、俺とフォールは廊下へ出た。


 遺言書が見つかったことは、まだ他の人には話さない。誰が何のためにあそこへ隠したのか分からない以上、今はその方がいいらしい。


「それで、クニタカ君。整理したいって言ってたな」


「はい。……でも、整理するっていうか」


 分かったことは増えたはずなのに、何だか最初より分からない。


「……ヴェルガさんが燃やした紙って、結局何だったんですかね」


「本人は言わなかったな」


「ヴィクターさんも知ってそうだったのに、言わなかったし」


「ああ」


 あのときは遺言書がなくなっていたから、どうしても焼けた紙と結びつけて考えていた。でも、その遺言書は見つかった。


「だったら今度は、何を燃やしたかより……何で燃やしたのか、そっちを調べた方がいいんじゃないですか?」


「ほう」


 フォールが面白そうに俺を見る。


「何ですか」


「いや。少しは探偵らしくなってきたと思ってな」


「俺、探偵じゃないですからね?」


「そうだったか?」


「何で忘れてるんですか」


 異世界に来たばっかりなのに、勝手に転職させないでほしい。


「チャミーはどう思う?」


「ヴェルガさんが紙を燃やした理由については、現時点の情報だけでは判断できません。ただし、本人とヴィクターさんが回答を避けている以上、別の人物からヴェルガさんについて情報を得ることには意味があると考えます」


「だよな。じゃあ――」


 誰に聞くかと考えていると、フォールが先に歩き出した。


「バイロンさんだな」


「あ、やっぱり?」


「このホテルに残ってるんだ。昔からいるヴェルガのことなら、兄弟の中じゃ一番話を聞きやすいだろ」


        ◇


「今度はヴェルガについて、ですか」


 再び呼ばれたバイロンは、俺たちの顔を順に見てから椅子へ腰を下ろした。さすがに二度目ともなると、少し警戒しているようにも見える。


「ああ。少し昔のことを聞きたい。ヴェルガは、あなたたち兄弟とは長い付き合いなんだろ?」


「長い、というより……私たちが子供の頃からですね」


 答えながら、バイロンの表情が少し緩む。


「ヴィクターさんも、ずいぶん世話になったって言ってました」


「ヴィクターだけではありませんよ。兄さんも私も同じです。子供の頃は、三人ともヴェルガに随分と面倒を見てもらいました」


「じゃあ、使用人っていうより……もっと近い?」


「そうですね」


 バイロンは少し考えてから、静かに笑った。


「母親代わり、と言ってもいいのかもしれません。少なくとも、私たち兄弟にとっては、それくらい近しい人です」


「へえ……」


 ヴィクターがヴェルガのことになると口が重くなったのも、それを聞くと少し印象が変わる。


 フォールが続けて、前支配人との関係を尋ねた。


「父との関係、ですか」


 バイロンの表情が止まる。


「ああ。何か知ってるか?」


「……何を知りたいのでしょう」


「何でもいい。仲が良かったのか悪かったのか。何か揉めていたのか」


 しばらく考えてから、バイロンは口を開いた。


「父から、金を借りていました」


「ヴェルガさんが?」


「ええ。額までは知りませんし、詳しい事情も聞いていません。ただ、まだ返済は残っていたはずです」


「借金……」


 頭に浮かんだのは、あの焼けた紙だった。


「そういうのって……何か書いたものは残すんですか?」


「書いたもの?」


「いや、金を借りたっていう記録というか。借用書みたいな」


 こっちの世界でも同じ呼び方をするのか分からなかったけれど、フォールは普通に頷いた。


「ああ。金の貸し借りなら、そういう書面を作ることはある。借用書で通じるぞ」


「あるんだ……」


 借用書。


 また、あの焼けた紙が頭に浮かぶ。


「二人の仲は?」


 フォールが話を戻すと、バイロンは少し困ったように眉を寄せた。


「良くは……なかったと思います」


「借金が原因か?」


「それは分かりません。ただ、ヴェルガが父を嫌っていたことは知っています。もしかすると、嫌っていたという言い方では足りないのかもしれません」


「憎んでた?」


 俺が聞くと、バイロンは少し迷ってから頷いた。


「そう見えたことはあります。ですが、理由を聞いたことはありません。父もヴェルガも、そのことについて私たちに話すような人ではありませんでしたから」


 借金。借用書。焼けた紙。


 繋がりそうで、まだ何か足りない。


 フォールもそれ以上は踏み込まず、いくつか確認したあとで話を終えた。


「ありがとう。何度も悪かったな」


「いえ。お役に立てたのでしたら」


 バイロンが椅子から立ち上がり、扉へ向かう。


「あ、そうだ。バイロンさん」


 ふと思い出して声をかけると、バイロンが振り返った。


「はい?」


「全然別の話なんですけど、前支配人の部屋の鍵って、落としたんですよね?」


「ええ」


「どこかに置いて忘れたとかじゃなくて?」


「はい。兄さんが拾って、あとで私に返してくれました」


「あの、よかったらその鍵を見せてもらえませんか?」


「鍵を?」


「はい。どんなものなのかなって」


 バイロンは少し不思議そうな顔をしたものの、腰元から鍵束を取り出した。


「これです」


 何本かの鍵がまとめられた中から示されたのは、ほかの鍵より一回り大きく、手のひらに収まるくらいの鍵だった。


「これが……」


 受け取ってみると、ずしりとまではいかないけど、それなりの重さがある。しかも一本だけじゃなく、他の鍵と一緒に束になっている。


「ありがとうございます」


 鍵束を返すと、バイロンは軽く頭を下げて部屋を出ていった。


「……余計に分からなくなった気がする」


「話を聞けば全部分かるなら、探偵なんて楽な仕事だぞ」


「いや、フォールさんがそれ言います?」


「言うさ。分からんから調べるんだ」


 正論だけど、身も蓋もない。


「チャミーは?」


「ヴェルガさんが前支配人から金銭を借りていたこと、返済が完了していなかったこと。また、バイロンさんの認識では、ヴェルガさんは前支配人に対して好意的ではなかったことが新たに確認されました」


「あと、借用書」


「借用書が存在する可能性がある、という点ですね。ただし、ヴェルガさんが燃やした紙が借用書であったとは確認されていません」


「分かってるよ。まだ言ってないだろ」


「念のためです」


「俺、そんなに信用ない?」


「過去の傾向を考慮しました」


「それは反論しづらいな……」


 こいつ、俺が決めつけそうになるたびに止めてるからな。


「……三人とも、なんだよな」


「何がだ?」


「ヴェルガさんです。ヴィクターさんだけじゃなくて、三兄弟みんなにとって母親代わりみたいな人だった」


「ああ」


「ヴィクターさん、言ってましたよね。ヴェルガさんが言いたくないなら、自分から言うことじゃないって」


「言ってたな」


 ただ一緒に部屋へ入った使用人の話じゃなかった。


「ヴィクターさん、どこまで知ってるんだろ」


「何を燃やしたかについては、知っている可能性が高いと考えられます」


「でも、それだけじゃない気がするんだよな」


「何か根拠がありますか?」


「……ない」


「では、現時点では判断できません」


「やっぱり?」


「はい」


 容赦がない。


 それでも、ヴェルガとヴィクターの話は、最初に聞いたときとは少し違って見える。


 あの紙は遺言書じゃない。


 なら、ヴェルガには別の理由があったのかもしれない。


 そこで、さっき手にした鍵束が頭に浮かんだ。


「……あれ?」


「どうしましたか?」


「いや……」


 あれを落として、気づかないものなのか?


 一本だけでもそれなりの大きさがあった。それが何本か束になっている。床に落とせば、音だってするはずだ。


「……何でもない」


 ただの引っかかりだった。


 今はまだ、それだけだった。

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