消えた遺言書の行方
「……まだ、あの部屋にある?」
「その可能性はあります」
急に、もう一度あの部屋を見たくなった。
ただ、あの部屋ならフォールがすでに一度探している。それでも見つからなかったものを、同じように探したところで結果も同じだろう。
「フォールさん。ちょっと聞いていいですか?」
「何だ?」
「あの部屋を最初に探したときって、どういうつもりで探したんです? 遺言書がどこに行ったと思ってたのかなって」
フォールはすぐには答えず、少し考えてから腕を組んだ。
「最初は、片付けたときに別の場所へ移したとか、何かに紛れたとか、そういうところだな。誰かが持ち出した可能性も考えたが、それはさっき話した通りだ」
「じゃあ……あの部屋の中に、誰かがわざと隠したって前提では?」
「そこまでは見てないな。遺言書が見つからない以上、持ち出された可能性を考える方が先だった」
だったら、まだ探す意味はあるかもしれない。
普通に片付けられた場所を探して見つからず、持ち出されたものとして調べても出てこない。それなのに、遺言書がまだあの部屋にあるとしたら。
「……もう一回、見てもいいですか?」
「何か思いついたか?」
「いや、そこまでは。ただ、前と同じ探し方をする必要はないかなって」
「ずいぶん曖昧ね」
それまで黙って聞いていたコメリアが呆れた顔をする。
「しょうがないだろ。まだ何も分かってないんだから」
「何も分かってないのに、もう一回探すって言ってるのよ?」
「だから探すんだよ。分かってたら、もう見つけてるだろ」
「それ、もっともらしく言ってるだけじゃない?」
「……そうかも」
「そこは否定しなさいよ」
フォールが吹き出し、そのまま立ち上がった。
「まあいい。クニタカ君の言う通り、前と同じ探し方をする必要はないだろ。俺も見直してみる」
「パパまで?」
「一度探したから二度目は無駄、って決まりもないからな」
急に自分の考えがまともなものに思えてきて、俺はコメリアを見る。
「ほら」
「何が『ほら』よ。パパが乗っかっただけで、あんたが正しいとは決まってないからね」
そこまで言わなくてもいいと思う。
◇
扉を開けて中へ入る。
当然ながら、部屋の様子はさっきまでと何も変わっていない。机と本棚、壁に掛けられた絵、窓。床にはまだ燃えた紙の残りがある。
でも、今度探すのは焼けた紙の正体でも、持ち出された痕跡でもない。
「そういえばフォールさん。遺言書って、どんな状態だったんです?」
「封書だ。本来なら今日、三兄弟が揃ったところで開封する予定だったからな」
「じゃあ、中の紙だけ抜かれたとかじゃなくて?」
「ああ。封書ごと見つからない。俺が探していたのもそれだ」
封をされたままの遺言書が、この部屋のどこかにまだあるかもしれない。
そう考えながら室内を見回していると、後ろからコメリアの声が飛んできた。
「それで、どこを探すつもり?」
「誰かが隠したなら、どこに隠すかなって考えてる」
「今から?」
「今から」
「てっきり何か当てがあって戻ってきたのかと思ったんだけど」
「まだこの部屋にあるかもしれない、っていう当てならある」
「私が聞いてるのは場所の話よ!」
とうとう声を上げられた。
「分かってたら、もう探してるって」
「あんた、よくそれで『もう一回見たい』なんて言えたわね……」
「俺だって、戻れば何か思いつくかなって期待くらいするよ」
「部屋任せなの?」
「言い方!」
言い返したものの、否定しきれない。
俺はスマートフォンへ目を落とした。
「チャミー。誰かがこの部屋に隠したとして、場所を絞れたりしない?」
「現時点の情報だけで具体的な場所を特定することは困難です。ただし、意図的に隠したのであれば、通常の捜索で発見されにくい場所を選んだ可能性はあります」
「まあ……そうなるよな」
それだけなら俺にも分かる。
問題は、その「普通に探しても見つからない場所」がどこなのかだ。
「何て?」
コメリアに聞かれ、俺はチャミーの答えを伝える。すると案の定、微妙な顔をされた。
「それ、チャミーに聞く必要あった?」
「確認は大事なんだよ」
「今考えたでしょ、それ」
「……探そう」
「誤魔化した」
これ以上相手をしていると本当に何も見つからない気がして、俺は部屋の中へ意識を戻した。
フォールもすでに別の場所を調べ始めている。俺も邪魔にならない範囲で、さっきとは違うつもりで室内を見て回った。
誰かが隠した。
そう考えたところで、いきなり答えが見えるわけじゃない。
推理小説なら、こういうとき主人公が何気ないものを見て急に閃いたりするのだろうけど、残念ながら俺にそんな便利な能力はなかった。
それでも、しばらく部屋を見ているうちに、一つだけ気になることが出てきた。
「……チャミー。ちょっといい?」
「はい」
思いついたことを伝えてみると、少し間を置いて答えが返ってきた。
「その可能性はあります。ただし、現時点では確認が必要です」
「分かってる。俺も自信あるわけじゃないし」
自分でも半信半疑だったが、確かめるだけならできる。俺はそのままフォールのところへ行き、同じことを伝えた。
フォールは俺の話を聞き終えると、少し意外そうな顔をして室内へ視線を向ける。
「……なるほどな」
「どうです?」
「あり得なくはない。確認してみるか」
「え、何? 二人で何の話してるの?」
「メリア、少し待ってろ」
「だから何をよ」
フォールはそれには答えず、確かめるために動いた。
俺も黙ってその様子を見守る。これで何もなかったら恥ずかしい、なんて考えが一瞬だけ浮かんだが、それどころではなくなった。
フォールの動きが止まった。
「……クニタカ君」
声の調子が変わった。さっきまで半分面白がっていたような空気が消えている。
「どうしました?」
フォールはすぐには答えず、確かめるように手元を見たあと、ゆっくりとこちらを振り返った。
その手に、一通の封書があった。
「……あった」
「え?」
コメリアが固まり、俺も思わずフォールの手を見る。
「それ……」
「ああ。探していた遺言書だ」
「……マジか」
口から出た瞬間、コメリアが勢いよくこっちを向いた。
「何であんたが一番驚いてるのよ!」
「いや、だって本当にあるとは思うだろ!」
「思ったから探したんでしょ!?」
「あるかもしれないとは思ったけど、本当に出てきたら驚くだろ!」
「もう意味分かんない!」
コメリアが頭を抱える横で、フォールがとうとう笑い出した。
「いや、参ったな」
「何ですか?」
「俺もまだまだだ。まさかクニタカ君に先を越されるとはな」
「いや、別に勝負してたわけじゃないですけど……それに、フォールさんが最初に探したときとは前提が違ったんだから、仕方ないんじゃないですか?」
「クニタカ君に慰められるとは思わなかったな」
「慰めたつもりないですよ」
「なお悪い」
どう答えても駄目らしい。
俺はまだ少し信じられないまま、スマートフォンへ目を落とした。
「チャミー。見つかった」
「確認しました」
「……なんか反応薄くない?」
「遺言書が発見されたことは、事件の進展として重要です」
「そういうのじゃなくて、もうちょっとこう……」
「おめでとうございます」
「それも違う」
「要求されている反応が不明確です」
「ごめん。俺が悪かった」
こういうときでも、いつものチャミーだった。
「パパ、それ開けないの?」
コメリアに聞かれ、フォールは笑いを収めて手元の封書へ視線を落とす。
「開けない。元々、三兄弟が揃ったところで開封する予定だったものだ。俺が勝手に開けるわけにはいかん」
「じゃあ、これどうするの?」
「一度、元に戻す」
「え、戻すんですか?」
せっかく見つけたものをまた隠すと言われ、思わず聞き返した俺に、フォールは封書があった場所を示した。
「どこに、どういう状態であったのか。それ自体が手掛かりになる。今はまだ、見つけたことも俺たちだけで止めておいた方がいい」
「バイロンさんたちにも?」
「ああ。もう少し分かってからだ。誰が隠したのかも分からんうちに知らせて、余計な動きをされても困る」
「ああ……そっか」
見つかったから終わり、ではないらしい。むしろ今は、遺言書が見つかったこと自体が新しい手掛かりになっている。
フォールは封書を慎重に元の状態へ戻すと、改めて室内を見回した。
「これでいい。さて……面倒になったな」
「見つかったのに?」
「見つかったからだよ、クニタカ君。これがここにあったなら、誰かがここへ移したことになる」
俺も遺言書が見つかった場所へ目を向けた。さっきまでは、そこに何かあるなんて考えもしなかった。
「誰が隠したんでしょうね」
「それを調べるのが俺の仕事だ」
「……ですよね」
見つけた瞬間は、これで事件が終わるような気がした。でも考えてみれば、遺言書が勝手にそこへ移動するはずもない。
「都尊さん」
チャミーに呼ばれてスマートフォンを見る。
「遺言書が室内で発見されたことで、これまでの情報を再評価する必要があります。少なくとも、遺言書が室外へ持ち出されたと仮定しなくても、現在の状況は説明できます」
「うん。そうなるよな」
焼けた紙と、火の魔法を使ったヴェルガ。そのヴェルガと一緒に部屋へ入ったヴィクター。そして、何の鍵か知らなかったと言いながら、あの部屋の鍵をしばらく持っていたヴァーノン。
聞いた話そのものは何も変わっていない。でも、遺言書がずっとこの部屋にあったのなら、その意味はさっきまでとは違ってくる。
「フォールさん。もう一回、今までの話を整理してみてもいいですか?」
「ああ。俺もそのつもりだ」
俺は頷き、スマートフォンを握り直した。
消えた遺言書は見つかった。それでも、分かったのは遺言書の行方だけだ。
誰が、どうやって、何のために隠したのか。
考えることは、むしろ増えていた。




