決断の2択
「……またここかよ」
足元の感覚が戻り、恐る恐る目を開けると、そこには見覚えのある空間が広がっていた。初めて神様と会った、あの場所だ。
さっきまで探偵事務所にいたはずなのに、周囲には机も書類も見当たらない。そして目の前には、相変わらず何を考えているのか分からない神様が立っていた。
「お久しぶりです」
「いや、久しぶりですけど! いきなり連れてこないでくださいよ! こっちは何が起きたのかも分かってないんですから!」
「失礼しました」
「……相変わらず軽いなあ」
思わずため息が出た。最初に会ったときもそうだったが、この神様には人を突然どこかへ送り込んだり、呼び出したりすることへの遠慮というものがないらしい。
「それで、何なんですか? さっき、ゲームの構造に関する推理を確認したとかいう通知が来たんですけど」
「はい。最終課題の達成を確認しました」
「……最終課題? ちょっと待ってください。そんな課題があるなんて、俺は聞いてませんよ?」
「説明していません」
「いや、そこは普通に認めるんですね……。で、その最終課題って何だったんです?」
「ゲームの正体を推理することです」
「……やっぱり、そういうことか」
つまり、さっきの推理が何かしらの条件を満たしたということらしい。ただ、あれはあくまで俺の思いつきだ。神様が本当に箱庭ゲームをやっているのか、確かめる手段なんてなかった。
「じゃあ、確認させてください。俺が今までクリアしてきたゲームって、神様がやっているゲームとは別物なんですよね?」
「はい」
「……あっさり認めるんですね」
「正解ですから」
「いや、そうですけど……」
もう少しもったいぶるとか、何かないのだろうか。まあ、変にごまかされるよりはいいか。
「それで、神様は何をやってたんです? 俺の考えだと、箱庭ゲームみたいなものじゃないかと思ったんですけど」
「箱庭を作っています」
「…………」
思わず言葉を失った。
「……箱庭? 俺が考えてた、あの箱庭ゲームですか?」
「おおむね合っています」
「マジかよ……」
冗談で言ったわけではないが、まさか本当に当たっているとは思わなかった。異世界に人間を送り込んで、神様が箱庭ゲーム? いやいや、どういうことだよ。
「じゃあ、俺がゲームをクリアするたびに、神様の箱庭に施設が増えてたんですか?」
「施設を配置できるようになります」
「……配置できるようになる?」
「あなたが条件を達成しなければ、こちらでは使用できません」
「何ですか、その面倒くさい仕組み……」
どうやら、俺がクリアした瞬間に施設が勝手に建つわけではないらしい。神様が箱庭を作るためには、まず俺が異世界で条件を達成する必要があるということか。
「最初のゲームで拠点が開放されました。その後、道路、農園、料理設備、牧場などが開放されています」
「……本当に箱庭ゲームじゃないですか! 俺、ずっと謎解きゲームをやってるつもりだったんですけど!」
「問題について考えていただきました」
「そりゃ考えましたけど! 何でそれが箱庭作りにつながるんですか!」
「そういうゲームです」
「説明になってねえ!」
思わず声を上げたものの、神様は少しも動じていない。
……駄目だ。この人に普通の説明を期待した俺が間違っていた。家を探したり、料理を作ったり、牛の餌を運んだりしたことが、まさか神様の箱庭作りにつながっていたとは。そんなこと、普通は思いつかないだろ。
「……で、神様はその箱庭を作って、何を競ってるんです?」
「箱庭の出来と、獲得ポイントです」
「ポイント?」
「ステップアップミッションの達成によって獲得できます」
「……ステップアップミッション?」
どこかで聞いたことのある言葉だ。確か、スマホのゲームなんかで、条件を順番に達成して報酬をもらうような……。
「……それ、ポイ活じゃないですか?」
「似た仕組みです」
「似た仕組みって……神様がポイ活!?」
「はい」
「いや、はいじゃなくて!」
俺はとうとう頭を抱えた。
神様同士が何か壮大な勝負でもしているのかと思っていたら、箱庭の出来栄えとポイントを競っていたらしい。しかも、そのために俺は異世界へ送り込まれ、遺言書を巡る事件に関わったり、怪盗を追いかけたり、料理を作ったり、牛の餌を運んだりしていたわけだ。
「……俺があれこれやってる間に、あんた箱庭ゲームで遊んでたのかよ……」
「はい」
「そこは否定してくれてもいいんですけどね……」
もはや怒る気にもならない。神様のゲームには何か大きな意味があるんじゃないかと考えたこともあったのに、実際は箱庭ゲームとポイ活だったとは。知らない方が幸せだったかもしれない。
「……で、そのゲームはもう終わりなんですか?」
「あなたのゲームは終了です」
「俺のゲームは?」
「はい」
「……神様の方は?」
「続きます」
「まだやるのかよ!」
思わずツッコミを入れてしまったが、神様は相変わらず平然としていた。
まあ、神様同士の勝負がどうなるかなんて、俺には関係ないのかもしれない。それよりも、今の返事には気になるところがあった。
「……ちょっと待ってください。俺のゲームは終了って言いましたよね?」
「はい」
「じゃあ、俺はこれからどうなるんです? ゲームが終わったからって、このまま異世界に放り出されるのも困るんですけど」
「ゲームクリア報酬があります」
「……報酬?」
そんなものがあるとは聞いていなかった。というか、今までのゲームだって、何が報酬だったのかよく分からないものばかりだ。今度は何をもらえるというのだろう。
「選択権です」
「……選択権?」
「今後について、二つの選択肢があります」
神様がそう告げると、目の前に文字が現れた。
――――――――――
ゲームクリア報酬
1.元の世界へ帰還する
異世界での生活を終了し、元の世界へ戻ります。
2.異世界での生活を継続する
神様からのゲーム提示は終了します。
以後は自由に異世界で生活できます。
ただし、元の世界へ帰還できる保証はありません。
――――――――――
「…………」
思わず、一番目の選択肢を見直した。
「……元の世界へ帰還する?」
「はい」
「いや、これ……本当に帰れるんですか? 日本に?」
「はい」
「……マジか」
帰れる。日本に帰れるんだ。
突然この世界へ連れてこられて、いつ帰れるのかも分からないまま過ごしてきた。それが今、あっさり帰れると言われている。
正直、こんなに嬉しい話はない。
「……だったら、帰るに決まってるじゃないですか」
思わず口に出していた。日本へ帰れば、元の生活に戻れる。慣れない魔法や異世界の常識に戸惑う必要もないし、何をするにも一から覚え直す必要だってない。何より、もう帰れないかもしれないと思っていた場所へ帰れるのだ。
俺は一番目の選択肢へ手を伸ばしかけたが、ふとフォールの顔が浮かんだ。
今頃、事務所で俺が突然いなくなったことに気づいているだろうか。コメリアも、さっきまでいた俺が消えたと知ったら、何と言うだろう。
……いや、何と言うも何も、何も言わずにいなくなることになるのか。
伸ばしかけた手が止まった。
「……ちょっと待ってください」
「何でしょう」
「これ、今すぐ決めなきゃいけないんですか?」
「はい」
「……少しくらい考える時間は?」
「どうぞ」
「いや、そうじゃなくて……」
何とも言えない返事だったが、少なくとも急かされているわけではないらしい。俺は改めて二つの選択肢を見比べた。
日本へ帰る。それは、ここへ来てからずっと考えていたことだ。でも、帰るということは、この世界での生活を終わらせるということでもある。
「……なあ、チャミー。これ、どう思う?」
『元の世界への帰還が可能であることは、都尊さんにとって大きな利点です。一方、異世界での生活を継続した場合、帰還できる保証はありません』
「……だよなあ」
当たり前のことだが、改めて言われると重い。今ここで帰らなければ、二度と日本へ戻れないかもしれない。何年か経って、やっぱり帰りたいと思ったところで、神様がまた帰してくれるとは限らないのだ。
「……だったら、やっぱり帰った方がいいのかな」
『その判断は都尊さんご自身が行う必要があります』
「分かってるよ。でもさ……」
俺はスマートフォンを見つめた。
「日本に帰りたいんだよ。そりゃ帰りたいに決まってる。でも、こっちの連中とも、もう会えなくなるんだろ?」
『元の世界へ帰還した場合、フォールさんやコメリアさんと再会できる保証はありません』
「……だよな」
フォールのところで助手として働くようになってから、まだそれほど長い時間が経ったわけじゃない。それでも、色々なことがあった。
事件に巻き込まれて、あちこち走り回って、コメリアとくだらない言い合いをして、フォールの推理に感心したり、呆れたり。最初は知らない世界でどうすればいいのかも分からなかったのに、いつの間にか、あの事務所へ帰るのが当たり前になっていた。
……そうか。日本に帰るってことは、あの事務所にも、もう帰れなくなるってことなんだな。
「……そういえば、お前はどうなるんだ?」
『私ですか?』
「ああ。日本に帰ったら、お前も一緒に戻るのか?」
『元の世界への帰還を選択した場合、私との現在の関係も終了することになります』
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
「ちょっと待てよ。それって、お前とも別れるってことか?」
『はい』
「……そうなのかよ」
フォールやコメリアと別れることは考えていた。でも、チャミーまでいなくなるとは思っていなかった。元の世界から一緒に来た相棒なのに。
「……お前とも、か」
『はい』
いつもと変わらない返事だった。
俺はスマートフォンを握り直した。日本に帰れば、元の生活に戻れる。けれど、フォールやコメリアとはもう会えない。チャミーとも、今のように話すことはできなくなる。
それなら、異世界に残ればいいのか?
……いや、そんな簡単な話じゃない。
この世界で暮らしていくということは、日本での生活を諦めるということだ。まだ知らないことも多いし、何かあったときに頼れる相手だって限られている。今はフォールのところで働かせてもらっているが、これから先もずっと同じ生活が続くとは限らない。
そもそも、俺はこの世界へ来たくて来たわけじゃないんだ。帰れる方法があるのに、それを自分から手放していいのか?
「……神様。一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「もし、ここに残る方を選んだら……あとで日本に帰りたくなっても、もう帰してもらえないんですか?」
「帰還できる保証はありません」
「……そうですか」
表示されている文章と同じ答えだった。つまり、今ここで決めるしかないということか。
「じゃあ、もう一つ。俺がここに残っても、ゲームは本当に終わるんですよね?」
「あなたへのゲーム提示は終了します」
「事件を調べるのも、仕事をするのも、何もしないで過ごすのも?」
「自由です」
「……なるほど」
それなら、少なくとも神様の都合であちこち走り回る必要はなくなるらしい。
……もっとも、今までだって神様に直接命令されて動いていたわけじゃないんだけどな。
俺はもう一度、目の前の選択肢に目を向けた。
「……なあ、チャミー。お前なら、どうする?」
『私は都尊さんではありませんので、同じ条件で判断することはできません』
「……だよな。そんなこと聞かれても困るよな」
分かっていた答えなのに、少しだけ期待してしまっていたらしい。
最初にこの世界へ来たときは、間違ってYESを押してしまっただけだった。自分で選んだつもりなんて、まったくなかった。
今度は違う。
どちらを選んでも、後悔しないとは言い切れない。だったら、せめて自分で決めるしかない。
「……決めました」
「では、選択してください」
目の前に表示されていた文字が、二つの選択肢だけに変わった。
1.元の世界へ帰還する
2.異世界での生活を継続する
俺はもう一度、その二つを見比べた。
……まったく、最後まで面倒なゲームだよな。
「……今度は、ちゃんと自分で選びますよ」
俺はゆっくりと手を伸ばした。
指先が、選択肢の一つに触れる。
『選択を確認しました』
その瞬間、目の前の文字が消え、視界が白く染まった。




