いつもの探偵事務所
『選択を確認しました』
『異世界での生活を継続します』
『ゲーム終了』
目の前に浮かんでいた文字が、ゆっくりと消えていった。
日本へ帰る道を、自分の意思で手放した。そう考えると、今さらながら胸の奥がざわつく。あれほど悩んで選んだはずなのに、いざ決まってしまうと、しばらく画面の消えた場所から目を離せなかった。
「……これで終わり、ですか?」
「はい。お疲れさまでした」
「……何だか、あっさりしてますね。もうちょっと何かないんですか? クリアおめでとうございます、とか」
「おめでとうございます」
「今言われてもなあ……」
神様は、最初に会ったときと同じように淡々としていた。突然異世界に送り込まれ、訳の分からないゲームをいくつもクリアして、ようやくその正体を突き止めたというのに、締めくくりがこれとは。
……まあ、神様が箱庭ゲームでポイ活していたと分かった時点で、壮大な結末なんて期待するだけ無駄だったのかもしれない。
「それでは、戻します」
「……あ、ちょっと待ってください!」
「何でしょう」
「今度はちゃんと、元いた場所に戻してくださいよ? 最初みたいに空から落とすのは勘弁してください!」
「善処します」
「だから、そこは大丈夫って言ってくださいよ! 今度こそ本当に――」
言い終わる前に、視界が白く染まった。
◇
「……クニタカ?」
聞き慣れた声に、はっと顔を上げた。
目の前には、不思議そうにこちらを覗き込むコメリア。その向こうでは、フォールさんも俺の様子をうかがっている。
「どうしたの? さっきからぼーっとして」
「……あれ?」
慌てて周囲を見回すと、そこはいつもの探偵事務所だった。机も椅子も、積み重なった書類も、神様に呼び出される前と何一つ変わっていない。
……よかった。今度はちゃんと戻してくれたらしい。
「クニタカ君、大丈夫ですか? 何やら考え込んでいたようですが」
「あ、はい! 大丈夫です!」
「そうですか。それならよかった」
フォールさんはいつもの穏やかな笑顔に戻ったが、俺はまだ少し落ち着かなかった。コメリアの話し方も、フォールさんの笑顔も、見慣れた事務所の景色も、ついさっきまで失うかもしれなかったものだ。
そんなことを考えていると、自然と口が開いていた。
「……あの、フォールさん。これからも、ここで助手を続けていいですか?」
フォールさんは一瞬きょとんとしたあと、楽しそうに笑った。
「ははは。もちろんですよ。急にどうしたんですか?」
「いや、その……ちょっと確認したくなって」
「何よ、クニタカ。今さらそんなこと聞くの?」
コメリアが呆れたように腕を組んだ。
「別にいいだろ。ちょっと気になっただけなんだから」
「変なの! 辞めるなんて言われたら、こっちが困るじゃない!」
「……そうなのか?」
「当たり前でしょ! 書類仕事だってずいぶん任せられるようになったんだし!」
「……そっちかよ!」
「あははっ! 冗談よ、冗談!」
「いや、お前の場合、どこまで冗談なのか分かんねえんだよ……」
コメリアは悪びれもせず笑っている。まったく、相変わらず遠慮のないやつだ。けれど、こうしていつもどおりに言い合っているうちに、ようやく肩の力が抜けてきた。
「ところで、クニタカ君。何かあったのでしたら、話していただいても構いませんよ?」
フォールさんが、俺の顔を見ながら穏やかに尋ねてきた。さっきの質問だけでは、まだ何かあると思ったのだろう。
俺は少し迷ってから、手元のスマートフォンに目を落とした。
「……実は、神様のゲームが終わったみたいなんです」
「おや。それはまた、突然ですねえ」
「えっ!? ちょっと待って! 終わったってどういうこと!?」
コメリアが勢いよく身を乗り出してきた。
「いや、それが……説明すると、ちょっと長くなるんだけど」
「何よ! そんなこと言われたら余計に気になるじゃない! ちゃんと説明しなさいよ!」
「ははは。私も聞いてみたいですねえ。クニタカ君がどんなゲームをしていたのか、興味があります」
「……まあ、聞いたら呆れると思いますよ」
そう言いながら椅子に座り直すと、コメリアが向かいの椅子を引き寄せた。フォールさんも手元の書類を脇へ寄せ、すっかり話を聞く態勢になっている。
……そんなに期待されても困るんだけどなあ。
何しろ、箱庭ゲームにポイ活だ。神様が何をしていたのか知ったら、二人はどんな顔をするだろう。コメリアは呆れるだろうし、フォールさんは……案外、面白がるかもしれない。
「チャミー、説明するの手伝ってくれ」
『承知しました。どの部分から説明しますか?』
「そうだなあ……まずは、俺が今まで何をやらされてたのかってところからかな」
「何よそれ! ますます気になるじゃない!」
「だから、今から話すって!」
身を乗り出すコメリアをなだめながら、俺は二人の顔を見比べた。
あの選択肢の前で迷っていたときは、もう二度とこんなやり取りができなくなるかもしれないと思っていた。日本に帰らなかったことを、いつか後悔する日が来るのかもしれない。けれど、今ここで二人と話していることが嬉しいのも、間違いなかった。
「……じゃあ、まず神様が何のゲームをしていたのか、なんですけど」
そう切り出すと、コメリアは待ちきれない様子で身を乗り出し、フォールさんも興味深そうにこちらへ顔を向けた。
さて、どこから説明したものか。
俺はスマートフォンを手に、チャミーと一緒に話し始めた。
神様のゲームは、これで終わりだ。もう突然ゲームが始まることも、訳の分からない条件でクリアになることもない。
もっとも、フォールさんの助手を続けていれば、また妙な事件に巻き込まれることもあるだろう。
……まあ、できれば次は、牛の餌やり以外でお願いしたいところだけど。
何はともあれ、俺たちの異世界での生活は、まだまだ続いていくのだった。
◇
神様のゲーム編 完
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回のお話をもちまして、『神様のゲーム編』という形でひとまず完結となります。
今後については、現時点では未定です。
新しい事件のストーリーやトリックが思いつけば、続きを書くこともあるかもしれません。
何しろ推理ものなので、事件を思いつくだけでなく、その謎をどう解決するかまで考えないといけませんからね……。
もし続編を書くことになりましたら、そのときはまた、都尊とチャミーの迷推理にお付き合いいただければ幸いです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




