事件の顛末
事件から数日後、事務所にレードス警部がやって来た。
いつものように眉間にしわを寄せていたが、今日はどこか疲れた様子だった。応接用の椅子に腰を下ろすと、持っていた資料を机に置き、俺たちを見回した。
「ヴィクター・マクファデンを逮捕した」
「えっ、本当ですか?」
「ああ。お前が言っていたとおり、サムは事件当日、ヴィクターの会社を訪れていたらしい」
レードスが視線を向けた先で、フォールは特に驚いた様子もなく頷いた。
「おや、そうでしたか。それで、何か証拠は見つかったんですか?」
「見つかったとも。おかげで、こっちは随分と走り回る羽目になったがな」
レードスは少々恨めしそうにフォールを睨んでから、資料を開いた。
「会社の近所で聞き込みをしたところ、事件当日に見慣れない男が入っていくのを目撃した者がいた。人目を避けるような様子だったそうだが、特徴はサムと一致している」
「やっぱり、サムさんは会社に行ってたんですね」
「ああ。それに、転移魔道具の近くから血痕が見つかった。凶器も発見されたぞ。会社で使っていた作業用のナイフだったそうだ」
やはり、フォールの推理したとおり、サムはあの仕事部屋とは別の場所で刺されていたらしい。
「じゃあ、ヴィクターさんは犯行を認めたんですか?」
「ああ。こちらが調査への協力を求めた時点で、もう諦めていたような様子だったそうだ。抵抗することもなく、聞かれたことには素直に答えたらしい」
「意外ね。自分の会社を守ろうとしていた人なのに、そんなにあっさり認めちゃったの?」
コメリアが首を傾げると、レードスは資料から顔を上げた。
「その会社が、もうどうにもならん状態だったんだよ。仕事はほとんどなく、従業員も次々に辞めていた。残っていたのは受付の者が一人だけで、ヴィクターと二人で何とか維持していたらしい」
「そこまで追い詰められていたんですか……」
「しかも、ヴィクターの供述では、会社が傾いたのもサムが裏で仕組んだことだったそうだ」
レードスは苦々しげに言葉を続けた。
「事件当日、サムは会社にやって来るなり、借金の返済ができないなら会社と転移魔道具を差し出せと迫ったらしい。ヴィクターも最初から殺すつもりはなかったそうだが、自分を追い詰めた張本人にそこまで言われて、頭に血が上ったんだろうな。気がついたときには刺していた、と話している」
「……それで、サムさんを仕事部屋へ転移させたのね」
「ああ。刺してしまったサムを慌てて転移させたらしいが、そのとき、とっさに思い浮かんだのが、以前サムと言い争いをしたあの仕事部屋だったそうだ」
計画的に密室を作り出したわけではなく、追い詰められた末の犯行だったということか。だとすれば、あの奇妙な密室も、ヴィクターにとっては思いがけない結果だったのかもしれない。
レードスは資料を閉じると、深いため息をついた。
「……まったく。お前の言うとおりだったよ。犯行現場が違うと分かっていれば、もっと早く調べられたんだがな」
「いえいえ。私も最初から分かっていたわけではありませんよ」
「どうだかな。お前にそう言われると、どうにも素直に受け取れん」
フォールは困ったように笑っていたが、レードスはそれ以上何も言わなかった。しばらく資料を眺めたあと、ようやく肩の力を抜いた。
「まあ、とにかく事件は解決だ。報告は以上だな」
「わざわざありがとうございました、レードス」
「礼を言うのはこっちの方だろうが。……まったく、調子が狂う」
そうぼやきながら立ち上がったレードスは、資料を抱えて事務所を出ていった。扉が閉まって足音が遠ざかると、張り詰めていた空気が少し緩んだように感じられた。
「……何だか、後味の悪い事件だったわね」
それまでレードスの話を聞いていたコメリアが、ぽつりと呟いた。
「そうですね。ヴィクターさんも、相当追い詰められていたみたいですし……」
会社を立て直そうと必死になっていたところへ、すべての元凶だったというサムが現れ、最後に残ったものまで奪おうとした。そんな話を聞かされれば、ヴィクターに同情する気持ちも湧いてくる。何ともやりきれない。
『都尊さん。ヴィクター氏の事情には同情できる部分がありますが、殺人という行為が正当化されるわけではありません』
「ああ、分かってるよ。ただ、もう少し何とかならなかったのかなって思ってさ」
「そうよね……。サムさんがあそこまで追い詰めなければ、こんなことにはならなかったかもしれないし」
コメリアは腕を組み、しばらく考え込んでいたが、やがて小さく息を吐いた。
「でも、起きてしまったことは変えられないのよね」
「いえ。事情があったにせよ、刺した相手を転移させて犯行を隠そうとした。警察に自分から報告しに行くこともしなかった。この時点で、罪は罪として裁かれるべきですね」
フォールの口調はいつもと変わらず穏やかだったが、その言葉には迷いがなかった。コメリアも反論することなく、父親の顔を見つめている。
「もっとも、どのような裁きを下すのか、情状酌量の余地があるのか。それを判断するのは司法の役目です」
そう言ってフォールは口を閉じた。
俺もそれ以上、何も言えなかった。ヴィクターが追い詰められていたことも、サムが命を落としたことも、どちらも変わらない。犯人が捕まったからといって、すべてがすっきりするわけではないのだろう。
しばらくして、俺はふと事件現場のことを思い出した。
「……それにしても、密室殺人だと思っていたのに、犯人は一度もあの部屋に入っていなかったんですね」
「ええ。最初の前提が違っていただけなんですよ」
フォールは何でもないことのように答えた。
「だけ、って……。それに気づくのが難しいんじゃないですか」
「ははは。そうかもしれませんねえ」
いつもの穏やかな笑みを浮かべるフォールを見ていると、さっきまでの厳しい言葉が少し意外に思えてくる。けれど、事件の真相を明らかにすることと、その罪をどう裁くかは別の話なのだろう。
俺は椅子の背もたれに体を預け、ようやく息をついた。
何はともあれ、これで密室殺人事件は一件落着だ。
――と思った、そのときだった。
不意に、聞き慣れた告知音が頭の中に響いた。
『条件達成。チャット機能の対象者が追加されました』
「ん? 何だ?」
目の前に表示された通知を確認すると、新たに追加された対象者の名前が表示されていた。
『レードス』
「……レードス警部?」
思わず、さっきレードスが出ていった扉へ目を向けた。
いや、確かに今回の事件で何度も顔を合わせたけど……。
あの人、俺たちのことをそんなに信用してたのか?




