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異世界に転移したので、相棒のAIと謎解きを始めます~AI探偵の異世界迷推理~  作者: 土瓶蒸しの謎
第七幕

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思考の落とし穴


 レードスに追加の聞き取りをお願いしてから、しばらく経った。


 俺たちはサムの仕事部屋に戻り、調査の結果を待っていた。仕事机には貸付台帳が広げられ、床にはサムが倒れていた場所を示す血痕が残っている。


 事件の調査とはいえ、人が殺された部屋に長居するのは、あまり気分のいいものではない。


 それでもフォールは落ち着いた様子で台帳を眺め、時折、何かを確かめるように室内へ視線を巡らせていた。


「ねえ、パパ。そろそろ何を考えてるのか教えてくれてもいいんじゃない?」


 待ちくたびれたのか、コメリアがフォールの隣に立った。


「おや、どうしたんだい?」


「どうしたんだい、じゃないわよ。さっきから何か考えてるんでしょ? 私たちにも少しくらい話してくれたっていいじゃない」


「ははは。まだ確かめていないこともありますからね。間違っていたら恥ずかしいでしょう?」


「パパがそんなこと気にするわけないでしょ」


「おやおや、ずいぶん信用がありませんねえ」


「そういうところよ!」


 コメリアは呆れたように肩を落とした。


 俺もフォールが何を考えているのか気にはなるが、さっき同じような質問をして、結局はぐらかされたばかりだ。今聞いたところで、まともに答えてくれるとは思えない。


 それに、俺自身も警察の説明を聞いてから、ずっと考えていることがあった。


 転移魔道具を使えば鍵の掛かった部屋にも入れる。だが、魔力紋からは使用者も時刻も分からない。警察が疑っているアントニーには充填時間の問題もあり、犯人がどうやって密室に出入りしたのか、俺にはさっぱり見当がつかなかった。


 机の上の貸付台帳には、何人もの名前と金額が並んでいる。借金を抱えた人たちの中には、サムを恨んでいた人間もいるだろうが、それだけで誰かを疑うわけにもいかない。


「……フォールさんは、やっぱりその台帳が気になるんですか?」


「ええ。事件に関係するかどうかは、まだ分かりませんけどね」


「そこに載ってる人たち、全員を調べるんですか?」


「必要があれば、そうなるでしょう。ただ、警察もすでに調査を進めていますから、私たちが同じことを繰り返す必要はありませんよ」


 フォールが台帳を机の端へ少し寄せたところで、廊下から足音が近づいてきた。


「おう、ここにいたか」


 入ってきたのはレードスだった。手には数枚の資料を持っており、俺たちの顔を見るなり、仕事机の前まで歩いてきた。


「待たせたな、フォール。頼まれていた件だが、屋敷の者たちから話を聞いてきたぞ」


「ありがとうございます、レードス。いかがでしたか?」


「まずはサムの外出についてだ」


 レードスは資料に目を通しながら、聞き取った内容を説明し始めた。


 サムは仕事などで屋敷を出る際、使用人に声を掛けることもあったが、必ずそうしていたわけではないらしい。誰も出掛けるところを見ていないのに、いつの間にか外出先から戻っていたことも何度かあったという。


「それって、使用人の人たちが見逃してただけじゃないんですか?」


「その可能性はある。屋敷の者も、いちいち主人の行動を確かめていたわけじゃないからな」


「でも、誰にも気づかれずに出掛けることくらいあるんじゃない?」


 コメリアの言うとおり、出入口を常に見張っているわけでもないだろう。使用人の目に留まらなかったからといって、それだけで不思議なこととは限らない。


「まあ、そういうことだ。だから、これだけで何かが分かるわけじゃない」


 レードスもそう考えているらしいが、フォールは別のことが気になっているようだった。


「レードス、戻ってこられた際の様子については、何か分かりましたか?」


「ああ。普通に出入口から帰ってきたところを見た者はいるそうだ。ただ、いつ出掛けたのかについては、はっきり覚えていないらしい」


「なるほど。ありがとうございます」


 フォールはそれ以上尋ねず、少し考えるように仕事部屋を見渡した。


 俺には、どうしてそこまで外出の様子を気にするのか分からない。事件当日にサムが外出したという証言が得られたわけでもないのだ。


「それで、もう一つの方はどうでしたか?」


「ああ。貸付金の件だな」


 レードスは資料を一枚めくり、仕事机に置かれた台帳へ目をやった。


「借金の相談で屋敷を訪れた者は、ほぼ全員がこの仕事部屋に通されていたそうだ。エドウィンが案内することも多かったらしい」


「その中に、貸付台帳に載っている人物はいらっしゃいましたか?」


「もちろんだ。台帳に名前のある者も何人か確認できた。ただ、何度も出入りしていた客もいるし、使用人たちが全員の名前を覚えているわけじゃないそうだ」


「そうですか。それで、面談の際のご様子は?」


 レードスは少し顔をしかめた。


「……あまり穏やかじゃなかったようだな。エドウィンが以前話していたとおり、客と揉めることもあったらしい。ほかの使用人からも、言い争う声を聞いたという話が出ている」


「話の内容までは分かりましたか?」


「いや。面談には立ち会っていないからな。詳しい事情までは分からんそうだ。ただ、貸付金を巡って揉めていたのは確からしい。そういう話が一度や二度ではなかったということだ」


 サムと商売相手との間には、以前から揉め事があったと聞いている。今回の話も、その延長なのだろう。


 コメリアは台帳を覗き込み、眉を寄せた。


「借金のことで揉めてた人が何人もいたなら、怪しい人が増えただけじゃない?」


「そうだな。だからこそ、警察も苦労しているんだ」


 レードスは苦々しく答えた。すでに関係者への聞き取りを重ねているだけに、簡単には絞り込めない状況が歯痒いのだろう。


「でも、パパは何か気になってるのよね?」


「ええ。確認したかったことは分かりました。ありがとうございます、レードス」


「……それだけか?」


「はい。ひとまずは」


 フォールはいつもと変わらない調子で頷いたが、レードスは納得していない様子だった。


 俺だって少し拍子抜けしている。わざわざ追加の聞き取りを頼んだのだから、もっと意外な事実でも出てくるのかと思っていた。


「警部、ほかに何か分かったことはありますか?」


「ああ。屋敷にあるもう一つの転移魔道具についても確認した。保管していた場所から動かされた形跡も、使用された様子もないみたいだな。魔力も充填された状態だった」


 それを聞いて、俺は仕事部屋にある転移魔道具へ目を向けた。サムは二つの転移魔道具を所有していたというが、もう一つについては、少なくとも使用された形跡は見つからなかったらしい。


「そうですか。お手数をお掛けしました」


「それは構わんが……フォール、お前は一体何を考えているんだ?」


 レードスは資料を閉じると、少し苛立った様子で腕を組んだ。


「サムが使用人に気づかれずに外出していたことがあるのも、金を借りていた連中がこの部屋を訪れていたのも分かった。だが、それが今回の事件とどう関係する?」


 レードスの声には、単なる好奇心とは違う響きがあった。警察はすでに何人もの関係者を調べ、転移魔道具の使用状況まで確認している。それでも犯人を特定できずにいるのだ。フォールが何かに気づいているのなら、一刻も早く聞きたいに違いない。


「そうですねえ……」


 フォールはすぐには答えず、仕事机の上に置かれた台帳へ目を落とした。それから床に残された血痕へと視線を移す。


「おい、フォール。まさか、まだ何か調べるつもりじゃないだろうな?」


「いえ、レードス。おかげさまで、知りたかったことは確認できました」


「だったら、そろそろ説明してもらおうか」


 レードスは腕を組んだまま、フォールの返事を待った。コメリアも口を挟まず、父親の顔を見つめている。


 俺もフォールが何を言い出すのか気になっていた。ここまで聞いた話からは、警察の考えている犯行方法以外に、何か決定的な手掛かりがあるようには思えない。


「ええ。ですが、その前に……レードス、いや、警察はどうも最初に立てた、分かりやすい仮説にとらわれてしまっているようですね」


「……何だと?」


 レードスの眉がぴくりと動いた。先ほどまでの苛立ちとは違い、今度は明らかにフォールの言葉が気に障ったらしい。


 だが、当のフォールは穏やかな笑みを崩さなかった。


「まあ、やむを得ないことかもしれません。組織というのは、そういうものですからねえ」


 ……いや、フォールさん。


 それ、警部を余計に怒らせるだけじゃないですかね?


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