疑惑と疑問
「……というわけだ。昨日の聞き取りで分かったのは、だいたいこんなところだな」
レードスは手元の資料を閉じた。
「なるほど。皆さんのお話は分かりました。ありがとうございます」
フォールが頷く横で、俺は先ほどの話を頭の中で整理していた。サムさんと息子のトーマスさんは疎遠だったらしいし、商売相手との揉め事も少なくなかったという。アントニーさんもその一人だったようだが、誰が犯人なのかとなると、さっぱり見当がつかない。
「警部、今のところ誰が一番疑われているんですか?」
「現状ではアントニーだな」
「えっ? でも、あの人が屋敷に来た時には、もうサムさんは倒れていたんですよね?」
「ああ。だから俺たちは、正式に訪問する前に犯行に及んだ可能性を考えている」
レードスは閉じたばかりの資料を開き直し、仕事部屋の見取り図を指で示した。
「アントニーは転移魔道具を所有している。事前にそれを使って仕事部屋へ入り、金銭問題でサムと揉めて刺した。午後3時の訪問は、そのあとだったというわけだ」
「でも、仕事部屋には鍵が掛かっていましたよね? 犯人はどうやって出たんです?」
「そこで、塀の外に残っていた魔力紋だ。刺されたサムが自分の転移魔道具を発動し、犯人を塀の外へ転移させたと考えている」
「じゃあ、外へ飛ばされたアントニーさんが、何食わぬ顔で屋敷を訪ねてきたってことですか?」
「そういう筋書きだ。金銭トラブルという動機もあるし、仕事部屋と塀の外、二か所で見つかった魔力紋とも矛盾しない」
なるほど。転移魔道具で仕事部屋に入ったなら、扉の鍵は関係ない。刺されたサムさんが犯人を外へ飛ばしたのなら、密室になった理由も説明できる。しかも、アントニーさんにはサムさんとの金銭トラブルがあった。
警察が疑うのも無理はない気がする。
「それなら、もうアントニーさんが犯人で決まりなんじゃないですか?」
『現時点では、アントニー氏が犯人であると断定することはできません』
「えっ、そうなのか?」
『警察の説明は、犯行が可能だったという仮説です。実際にその方法が使われた証拠とは区別する必要があります』
言われてみれば、確かにそうだ。俺は警察の説明を聞いただけで、すっかりアントニーさんが犯人だと思いかけていた。
「そう簡単にいけば、フォールに相談なんかしてないさ」
レードスは苦笑しながら資料をめくった。
「アントニーの転移魔道具は自宅に保管されていた。表示色を調べたところ、少なくとも3時間以上の充填が必要な状態だったそうだ」
「それって、使ったあとに充填し直したんじゃないですか?」
「当然、それも考えた」
「でも、クニタカ。転移魔道具は一度使うと、充填した魔力を全部使い切るのよ。だから、もし犯行に使っていたなら、そこから3時間以上掛けて充填し直したことになるわ」
コメリアが横から補足してくれた。
「そういうことだ。それに、イルゼの証言では、サムは昼食を受け取った時点では生きていた。犯行後に自宅へ戻って充填し直し、午後3時には屋敷へ来たとなると、時間が合わん」
確かに、昼食を受け取ったあとに殺されたのなら、午後3時までに3時間以上の充填を済ませるのは難しい。しかも、アントニーさんは魔道具を自宅に保管していたという。
「それに、アントニーが訪問した時、衣服に血が付いていたという証言もない。こちらで確認した限りでも、目立った血痕は見つからなかった」
「じゃあ、着替えてきたとか?」
「その場合は、塀の外へ転移させられたあと、自宅に戻って着替え、それから屋敷へ来たことになる。魔道具の充填まで済ませたとすれば、なおさら時間が足りんだろうな」
レードスは資料から顔を上げ、困ったように頭を掻いた。
「もちろん、別の魔道具を使った可能性も、返り血を浴びなかった可能性も否定はできん。だが、今のところ、それを裏付ける証拠はない。ほかの関係者も調べているが、決め手になるものは出ていないんだ」
「うーん……。アントニーさんが怪しいのは分かるけど、実際に犯行ができたかどうかは分からないってことですか」
「そういうことだ。密室になった理由は説明できそうなのに、肝心の犯人に結びつかんのさ」
転移魔道具を使えば密室の謎は解けそうなのに、その方法で犯行に及んだ人物が見つからない。警察がフォールに相談した理由も、ようやく分かった気がした。
俺が考え込んでいる間も、フォールは特に驚いた様子もなく、静かに話を聞いていた。
「なるほど。ありがとうございます、レードス。それと、先ほどお尋ねした屋敷の転移魔道具についても、結果が分かりましたら教えていただけますか?」
「ああ、もちろんだ。確認が取れ次第、知らせるよ」
「ありがとうございます。あと、二つほど確認していただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何だ? 言ってみてくれ」
レードスが資料に手を伸ばすと、フォールは少し考えるように間を置いてから口を開いた。
「一つ目は、サムさんの普段の外出についてです。屋敷の方が外出されるところを見ていないのに、外から戻っていらしたことがなかったか、確認していただけますか?」
「外出したところを見ていないのに、帰ってきたことがあるか……?」
レードスは眉を寄せたものの、すぐに手元の資料へ書き留めた。
「分かった。エドウィンに聞いてみよう。もう一つは?」
「サムさんがお金を貸していた方々との面談についてです。そうした方々を仕事部屋に招いてお話しされることがあったのか。それから、どのようなご様子だったのかも確認していただきたいんです」
「貸付金の件か。エドウィンも、客と揉めていたような話はしていたな」
「ええ。ただ、どこでお話しされていたのかは、まだ分かっていませんから。普段の様子も含めて伺っていただけると助かります」
「なるほどな。分かった。ほかの使用人にも確認しておこう」
レードスは近くにいた警察官を呼び止め、追加の聞き取りを指示した。警察官は内容を手帳に書き留めると、軽く一礼して廊下へ出ていった。
「ほかには何かあるか?」
「今のところは大丈夫です。ありがとうございました、レードス」
「ああ。何か分かったら、すぐに知らせるよ」
レードスは資料をまとめると、俺たちに軽く手を上げ、廊下の向こうへ歩いていった。
その姿が見えなくなったところで、俺は隣にいるフォールに声を掛けた。
「……フォールさん、今の二つの質問って、何か関係があるんですか?」
「さて、どうでしょうね。まずは確認していただきましょう」
「ええ……。またそれですか」
サムさんが誰にも知られずに外出していたかどうか。それから、金を貸していた相手を仕事部屋に招いていたかどうか。
どちらも警察が考えている犯行方法とは関係がなさそうなのに、フォールはわざわざ追加の聞き取りを頼んでいた。
俺がその理由を尋ねても、当の本人はいつもの穏やかな笑みを浮かべているだけだった。




