それぞれの事情
仕事部屋を出ると、フォールは廊下でレードスに声をかけた。
「レードス、関係者への聞き取りは、もう済んでいるんですよね?」
「ああ、ひと通りな。まだ確認中のこともあるが、何が知りたい?」
「事件が発覚するまでの皆さんの行動と、警察で分かっていることを教えていただけますか?」
「分かった。少し長くなるぞ」
◇ ◇ ◇
事件が発覚した日の夕方。
ラチェスター邸に到着したレードスは、部下たちに現場の確認を任せ、まず執事長のエドウィン・マシューマンから事情を聞くことにした。
屋敷の一室に通されたエドウィンは、勧められた椅子に腰を下ろすと、背筋を伸ばしてレードスと向かい合った。客人の応対には慣れているのだろう。受け答えは落ち着いていたが、その顔には隠しきれない疲労が滲んでいた。
「まず確認したいんだが、仕事部屋の扉を開けたのはあんたなんだな?」
「はい。トーマス様から、旦那様のお部屋に鍵が掛かっていて、お返事もないと伺いましたので」
「それで、鍵を開けたところ……」
「旦那様が、床に倒れておられました」
エドウィンはそこで一度言葉を切り、膝の上に置いた手を固く組んだ。
「胸の辺りから血を流しておられまして……。トーマス様もご一緒でしたので、すぐにイルゼを呼び、応接室へお連れするよう申しつけました」
「その時、アントニー・フォルスターも屋敷に来ていたんだな?」
「はい。旦那様へのお取次ぎをお待ちでしたので、そのまま応接室でお待ちいただくようお願いしました。それから警察へご連絡し、ほかの者には仕事部屋へ近づかないよう伝えております」
レードスは手元の資料に書き込みながら、事件が発覚するまでのサムの行動について尋ねた。
「今日、サムが最後に姿を見せたのはいつだ?」
「朝食の席にはいらっしゃいました。その後は仕事部屋でお過ごしだったかと存じます」
「昼食はどうした?」
「いつもどおり、お部屋へお運びしております。担当したイルゼからは、旦那様がご自身でお受け取りになったと聞いております」
「食後も部屋にいたのか?」
「食器は廊下に出されておりました。ただ、どなたも出されるところは見ておりません」
「なるほど。普段から、仕事部屋にこもっていることが多かったのか?」
「ええ。お仕事の際は、ほとんどあちらでお過ごしでした。ご用がない限り、私どもからお声を掛けることもございません」
仕事部屋の扉が閉まっていれば、使用人たちも中の様子を確かめることはなかったらしい。レードスはその点を資料に記すと、話題を変えた。
「息子のトーマスとは、どうだった? 普段からよく話をしていたのか?」
「……いえ。お二人でお話しになる機会は、あまり多くなかったように思います」
「仲が悪かったのか?」
「私の口から申し上げることではございませんが……旦那様とトーマス様は、それぞれ別にお過ごしになることが多くございました。旦那様のお仕事についても、トーマス様はほとんど関わっておられません」
エドウィンは言葉を選びながら答えた。主人の家庭事情を他人に話すことには、抵抗があるようだった。
「仕事といえば、サムは商売相手に金も貸していたようだな」
「はい。そのようなお取引をされていたことは存じております」
「詳しい内容は?」
「そこまでは……。旦那様は、お仕事のことを私どもに詳しくお話しになる方ではございませんでしたので」
「だが、金を借りている連中が屋敷に来ることはあったんだろう?」
「はい。お仕事のお客様として、何度もお越しになっている方もいらっしゃいます」
「揉め事はなかったのか?」
その質問に、エドウィンはすぐには答えなかった。しばらく考えたあと、慎重に口を開く。
「お客様がお帰りになったあと、旦那様がご機嫌を損ねておられることはございました。また、お客様の方も、あまり穏やかではないご様子でお帰りになることが……」
「口論でもしていたのか?」
「お声が大きくなっていたことはございます。ただ、お話の内容までは存じません」
「ふむ。アントニー・フォルスターも、そうした客の一人か?」
「はい。以前から何度もお越しになっています。ただ、旦那様とは、あまり良好なご関係には見えませんでした」
「そうか。ほかに、アントニーについて何か知っていることは?」
エドウィンは少し考えてから答えた。
「そういえば……イルゼとは、親しくしていらっしゃるようです」
「イルゼ? さっき名前が出た使用人か?」
「はい。お二人でお話しされているところを、何度かお見かけしております。もっとも、使用人の私生活については、あまり立ち入らないようにしておりますので……」
「なるほどな。ありがとう。ひとまず、聞きたいことは以上だ」
「ほかにも何かございましたら、いつでもお申しつけください」
エドウィンは静かに立ち上がり、一礼して部屋を出ていった。扉が閉まると、レードスは資料に目を落とし、聞き取った内容を整理した。
◇ ◇ ◇
「……父とは、朝食の時に顔を合わせました。それが最後です」
トーマス・ラチェスターは、応接室の椅子に座ったまま俯いていた。顔色は悪く、目元には泣いた跡が残っている。
レードスは向かいの席に腰を下ろし、できるだけ穏やかな声で話しかけた。
「つらいところを悪いな。いくつか確認させてくれ。午後3時頃、アントニーが訪ねてきたんだな?」
「はい。父に用があるというので、仕事部屋まで呼びに行ったんです。でも、何度叩いても返事がなくて……鍵も掛かっていたので、エドウィンを呼びました」
「それで、一緒に部屋へ戻った?」
「はい。エドウィンが鍵を開けて、それで……」
トーマスは言葉を詰まらせ、両手で顔を覆った。
「父が、床に倒れていて……あんなに血が……」
「分かった。もういい。無理に思い出さなくていいからな」
「……すみません」
しばらく沈黙が続いた。レードスはトーマスが落ち着くのを待ち、もう一つだけ確認することにした。
「普段、父親の仕事部屋へはよく行っていたのか?」
「いえ……。父とは、あまり話すこともありませんでしたから」
「仕事のことも知らなかった?」
「はい。父から聞かされることも、ほとんどありませんでした」
トーマスは俯いたまま答えた。レードスはそれ以上質問を重ねず、資料を閉じる。
「ありがとう。今日はもう休んでいてくれ」
トーマスは小さく頷き、弱々しく頭を下げた。
レードスが席を立つと、そばに控えていたイルゼが静かに声をかけた。
「トーマス様、少しお休みになりましょう」
「……うん。ありがとう、イルゼ」
イルゼに付き添われて部屋を出ていくトーマスを見送り、レードスは部下に次の聞き取りの準備を頼んだ。
◇ ◇ ◇
しばらくして、イルゼ・シュミッツが部屋に入ってきた。
先ほどまでトーマスに付き添っていた彼女は、レードスの前に座ると、不安そうに両手を膝の上で重ねた。
「昼食を届けたのは、あんたなんだな?」
「はい。いつもどおり、旦那様のお部屋までお持ちしました」
「その時、サム本人を見たのか?」
「はい。扉を開けて、ご自分でお受け取りになりました」
「何か変わった様子はなかったか?」
「いえ、特には……。いつもと同じだったと思います」
レードスは昼食を届けたあとの行動も確認した。イルゼはほかの仕事に戻り、しばらくして食器を下げに行った時には、すでに廊下へ出されていたという。
「食器を出したところは見ていないんだな?」
「はい。いつものことでしたので、特に気にも留めませんでした」
「そうか。ところで、トーマスのことをずいぶん心配しているようだな」
イルゼは顔を上げた。
「はい……。トーマス様は、私どもにもいつも親切にしてくださいますから。旦那様のあんなお姿をご覧になって、どれほどおつらいかと思うと……」
そこで言葉を詰まらせたイルゼは、膝の上で手を握り直した。
「……申し訳ありません」
「いや、構わん。ところで、アントニー・フォルスターとは顔見知りなんだろう?」
「はい。何度もこちらへいらしていますので」
「エドウィンから、あんたとは親しいようだと聞いたんだが」
イルゼは一瞬、驚いたように目を見開いた。
「……はい。個人的にも、お付き合いがあります」
「そうか。サムとの関係について、何か聞いているか?」
「お仕事のお付き合いだと聞いています。ただ……あまりうまくいっていないようでした」
「何か揉めていたのか?」
「詳しいことは分かりません。でも、アントニーさんも、旦那様とお会いしたあとは、あまり楽しそうではありませんでした」
イルゼはそこまで話すと、少し迷うように視線を落とした。レードスはその様子を見ていたが、それ以上は追及しなかった。
「分かった。ありがとう。もう下がっていいぞ」
「はい。失礼いたします」
イルゼが部屋を出ると、レードスは資料をめくり、先ほどまでの証言を確認した。
サムとアントニーの関係は良好とは言えず、金銭上の取引もあったらしい。一方で、アントニーは屋敷の使用人とも個人的な付き合いがある。事件との関係はまだ分からないが、本人にも確認する必要があった。
「次はアントニーだ。呼んできてくれ」
レードスは近くにいた部下へ指示を出した。
◇ ◇ ◇
「サム・ラチェスター氏とは、以前から商売上の付き合いがありました」
アントニー・フォルスターは、レードスの向かいに座ると、そう答えた。
落ち着いて話そうとしているようだったが、突然の事件に巻き込まれたことへの苛立ちは、表情からも窺えた。
「金の貸し借りもあったそうだな」
「ええ。それが何か?」
「関係は良好だったのか?」
「……良好だったとは言い難いですね」
「揉めていたのか?」
「仕事上、意見が合わないことはありました。ですが、それが今回の事件と何の関係があるんです?」
「まだ何とも言えん。だから話を聞いている」
アントニーは不満そうに眉を寄せたものの、それ以上は言い返さなかった。
「今日、屋敷を訪ねた理由は?」
「サム氏に話がありましてね。仕事のことも含めて、直接伝えたいことがあったんです」
「そうか。屋敷に着いたのは午後3時頃で間違いないな?」
「はい。トーマス君が出迎えてくれて、サム氏を呼びに行ったんです。私は応接室で待っていましたが、しばらくすると騒ぎになって……」
アントニーはそこで言葉を切り、落ち着かない様子で椅子に座り直した。
「ところで、イルゼ・シュミッツとも話をしたんだが、あんたとは個人的な付き合いがあるそうだな」
アントニーの表情が変わった。
「……ええ。それが何か?」
「いや、屋敷の関係者との付き合いを確認しているだけだ」
「彼女は事件とは関係ありませんよ」
「それを調べるのが俺たちの仕事だ。今はあんたとの関係を聞いている」
レードスの返答に、アントニーは不服そうに口を結んだ。
「……以前から親しくしています。それだけです」
「分かった。では、もう一つ確認させてくれ。あんたは転移魔道具を所有しているな?」
「持っていますが……」
「今はどこにある?」
「自宅です。収集品の一つですから、普段からきちんと管理しています」
「そうか。こちらでも確認させてもらうことになる」
「……まさか、それで私を疑っているんですか?」
「事件に関係する可能性があるものは、すべて調べる。それだけだ」
アントニーはレードスを睨むように見つめた。
「私は何もしていません。サム氏と意見が合わなかったのは事実ですが、だからといって、殺す理由にはならないでしょう」
「ああ。今はまだ、あんたが犯人だと決まったわけじゃない」
「当たり前です」
吐き捨てるように答えたアントニーは、椅子の背にもたれかかった。
レードスはその様子を見ながら資料を閉じ、聞き取りへの協力に礼を述べた。
◇ ◇ ◇
「……というわけだ。昨日の聞き取りで分かったのは、だいたいこんなところだな」
レードスは手元の資料を閉じた。




