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異世界に転移したので、相棒のAIと謎解きを始めます~AI探偵の異世界迷推理~  作者: 土瓶蒸しの謎
第七幕

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二つの魔力紋


 レードス警部からの正式な依頼を受け、俺たちは事件のあった屋敷へ向かっていた。


 事務所に現れた時から、レードスの様子はいつもと違っていた。詳しい話は道中ですると言われ、ひとまず書類を片づけて出てきたのだが、普段なら歩きながらでも何かと話しかけてくるレードスが、今日は口数も少ない。


「それで警部、いったい何があったんですか?」


 俺が尋ねると、レードスは少し間を置いてから口を開いた。


「殺人事件だ。被害者はサム・ラチェスター。貿易商をしている資産家で、自宅の部屋で胸を刺されて死んでいるのが見つかった」


「殺人事件、ですか……」


 隣を歩いていたコメリアも表情を引き締めた。これまでにも厄介な事件には関わってきたが、人が殺されたと聞けば、さすがに気軽な話はできない。


「発見されたのは今日の午後三時頃だ。息子のトーマスが、訪ねてきた客を取り次ごうとして父親の部屋へ行ったところ、床に倒れているのを見つけたそうだ」


「そのお客さんというのは?」


 フォールが尋ねると、レードスは手元の記録に目を落とした。


「アントニー・フォルスター。被害者の商売相手だ。以前から屋敷には出入りしていたらしい。発見時には応接室で待っていたという話だ」


「なるほど。被害者の当日の行動は、どこまで分かっているんでしょう?」


「朝食の時には家族と顔を合わせている。その後は自室へ戻り、正午頃には昼食が部屋の前まで運ばれているそうだ」


「部屋の前、ですか?」


「ああ。普段から食事は自分で室内へ取り込み、食べ終わったら食器を廊下へ出す習慣だったらしい。今日も使用人が、被害者本人が昼食を取り込むところを見ている。食後には、いつもどおり食器が廊下に出されていたそうだ」


 フォールはその話を聞くと、少し考えるように頷いた。


「では、少なくとも昼食を取り込んだ時には、本人が部屋にいたわけですね」


「そういうことだ。ただし、食器を出す瞬間は誰も見ていない。普段から仕事で部屋に籠もることはあったらしいし、通常の外出なら屋敷の者に行き先を伝えることも多かったそうだ。だが、今日は誰も聞いていない。外出する姿を見た者も、今のところ見つかっていない」


 レードスは記録を閉じると、険しい顔で前方へ目を向けた。


「もっとも、それだけで一日中部屋にいたと決めつけるわけにはいかんがな」


「そうですね。それで、レードスが私たちを呼んだ理由というのは?」


「……現場を見てもらった方が早いかもしれん。少なくとも、普通の殺人事件ではないんだ」


 そう言って口を閉ざしたレードスに、フォールもそれ以上は尋ねなかった。


 俺としては気になることだらけだったが、警部がここまで慎重になるからには、現場に何かあるのだろう。屋敷へ向かう道すがら、先ほど聞いた話を頭の中で整理してみても、まだ事件の全体像は見えてこなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ラチェスター邸は、立派な造りの屋敷だった。


 広い敷地に建つ建物は、外観だけでも相当な資産家の家だと分かる。だが、門の付近には警察の関係者が出入りしており、普段なら静かであろう屋敷も、今はどこか落ち着かない雰囲気に包まれていた。


 レードスに案内されて中へ入ると、俺たちはそのまま二階へ向かった。廊下にも警察官の姿があり、奥の部屋の前で足を止めたレードスが扉を示した。


「被害者の部屋はこちらだ。遺体はすでに運び出しているが、室内はできる限り発見時の状態を残してある」


「分かりました。では、拝見しましょう」


 フォールが先に部屋へ入り、俺とコメリアもあとに続いた。


 室内には立派な調度品が並び、仕事用と思われる机も置かれていた。


 いかにも裕福な商人の私室といった印象だったが、床に残された血痕が、その落ち着いた光景を台無しにしていた。


 遺体が発見されたのは、部屋の中央から少し外れた場所らしい。床には血が広がり、その周囲にもいくつかの跡が残されている。


「……かなりの出血ですね」


 思わず漏らした俺の言葉に、レードスが頷いた。


「胸を一か所刺されている。傷は心臓に達していたそうだ」


 コメリアは血痕へ目を向けたまま、何も言わなかった。俺もそれ以上は口を開けず、室内を見回した。


 フォールは床の様子をひととおり確認すると、今度は扉の方へ歩いていった。


「レードス。発見された時、この部屋は施錠されていたんでしょうか?」


「ああ。トーマスが父親を呼びに来た時、何度声を掛けても返事がなかったそうだ。扉を開けようとして鍵がかかっていることに気づき、執事長のエドウィン・マシューマンを呼んで開けてもらったという」


「鍵は執事長が管理していたんですね」


「そのあたりも調べている。少なくとも、トーマスと執事長が扉を開けた時には、室内にいたのは被害者だけだったそうだ」


 フォールは扉の周囲を確かめながら、しばらく考え込んでいた。


 俺も室内を見回してみたが、犯人がどうやって出入りしたのか、すぐに分かるようなものは見当たらない。もちろん、鍵がかかっていたからといって、誰も出入りできなかったと決まったわけではないだろう。


「レードス、ほかに出入口はないんですか?」


「通常の出入口から侵入した可能性も含めて調べているが、今のところ確かな手掛かりはない。それに、屋敷の人間に確認した限り、事件に関係する時間帯に不審な人物が出入りしたという話も出ていない」


「そうなると、犯人がどうやって部屋に入ったのかも分からないわけですね……」


 レードスは渋い顔で頷いた。


 フォールは再び部屋の中央へ視線を戻した。


「レードス。ここまでのお話でも十分に不可解ですが、私たちを呼んだのは、それだけが理由ではなさそうですね」


「……ああ。実はもう一つ、厄介なものが見つかっている」


 レードスは少し声を落とした。


「この部屋から、転移魔法の魔力紋が検出されたんだ」


「転移魔法?」


 思わず聞き返してしまった。


 転移魔法といえば、専用の魔道具を必要とする魔法だ。まさか殺人事件の現場で、その名前を聞くことになるとは思わなかった。


「それは確かなのですか?」


 フォールの問いに、レードスは迷わず頷いた。


「捜査用の魔道具で確認している。転移魔法の魔力紋であることは間違いない。ただし、誰が転移してきたのか、いつのことなのかまでは分からん」


「転移先に残る魔力紋ですね。では、この部屋へ誰かが転移してきたことになりますか」


「ああ。だが、それだけじゃない。屋敷の塀の外からも、同じ転移魔法の魔力紋が検出されている」


「塀の外にも、ですか……」


 フォールは少し眉を寄せた。


 部屋の中だけでなく、屋敷の外にも転移魔法の痕跡があるらしい。事件と関係しているのかもしれないが、俺にはまだ、その二つがどうつながるのか分からなかった。


「レードスたちは、この二つの魔力紋をどう考えているんです?」


 フォールの問いに、レードスは室内の一角へ目を向けた。


「実は、この部屋には被害者が所有していた転移魔道具が置かれている。屋敷には全部で二つあるが、そのうちの一つだ」


「……ここにあるんですか?」


 俺が聞き返すと、レードスは頷いた。


「ああ。現場を調べた際にも確認している。被害者が以前から所有していたものだそうだ。それに、魔道具の魔力が空になっていた」


「空になっていた?」


「ああ。転移魔道具は魔力の充填に時間がかかるから、普通はあらかじめ充填しておくものなんだ。ところが、こいつには魔力が残っていなかった」


 レードスは室内の転移魔道具へ目を向けた。


「そこで我々が考えているのは、被害者自身がこの魔道具を使った可能性だ」


「被害者が、ですか?」


「ああ。犯人が部屋へ入り、被害者を刺した。そのあと、まだ息のあった被害者が魔道具を発動して、犯人を屋敷の外へ転移させた……という筋書きだ」


 思いがけない説明に、俺はもう一度、床の血痕へ目を向けた。


「……でも警部、ちょっと待ってください。自分を刺した犯人を、どうしてわざわざ逃がす必要があるんですか?」


「それは我々も疑問に思っている。だが、被害者が犯人を逃がすつもりだったとは限らん。襲われた直後、とっさに自分から遠ざけようとした可能性もある」


「ああ……なるほど。逃がすためじゃなくて、自分の身を守るため、ですか」


「そういうことだ。もっとも、心臓を刺された被害者が、実際にそこまでできたのかは分からん。あくまで現場の状況から考えられる仮説の一つだ」


 なるほど、そう考えれば一応の説明はつく。けれど、どうにも引っかかるものがあった。


「チャミー、今の警部の推理、どう思う? 何かおかしなところはないか?」


『現時点では情報が不足している部分もありますが、提示された仮説に大きな矛盾は見つかりません』


「そっか……。じゃあ、そういう可能性もあるってことか」


『はい。ただし、仮説が成立することと、実際にそのとおりの出来事が起きたことは別です』


「まあ、そりゃそうだよな……」


 チャミーにまでそう言われると、今のところはレードスの考えを否定する理由もなさそうだ。俺はもう一度、血痕の残る床へ目を向けた。


 フォールも血痕の残る床を見つめながら、しばらく考えていた。


「確かに、そう考えれば犯人が扉を通らずに姿を消したことにも説明はつきますね」


「ああ。だが、部屋の魔力紋も、塀の外の魔力紋も、誰が転移したのかまでは分からん。二つが事件に関係しているという確証もないんだ」


 レードスは腕を組み、苦い顔をした。


「それでも、犯人が部屋からどうやって姿を消したのかを考えると、この可能性を無視するわけにはいかんのだ」


 フォールはしばらく黙って室内を見回していた。仕事机、血痕の残る床、施錠されていた扉。そして、部屋に置かれた転移魔道具へと、その視線が移っていく。


 俺も部屋を見回したが、聞けば聞くほど疑問が増えるばかりだった。犯人が転移魔法で逃げたのなら、確かに鍵のかかった部屋から姿を消すことはできるのかもしれない。けれど、それを被害者自身が行ったというのは、どうにも想像しにくい。


「……なるほど。レードスが私たちを呼んだ理由が、ようやく分かってきましたよ」


 フォールがそう言うと、レードスは重々しく頷いた。


「こちらでも引き続き調べているが、今のところ、どの可能性も決め手に欠けている」


 レードスは俺たちを見回し、低い声で続けた。


「犯人はどうやってこの部屋へ入り、どうやって姿を消したのか。そして、あの二つの魔力紋は何を意味しているのか……。そこを、フォール、お前たちにも調べてほしいんだ」


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