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異世界に転移したので、相棒のAIと謎解きを始めます~AI探偵の異世界迷推理~  作者: 土瓶蒸しの謎
第六幕

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キングの謎


「場所を移動するって……どこへ行くんですか?」


 突然のフォールの提案に、俺は思わず聞き返した。割れたキングに意味不明なメモ、おまけに店主は行方知れず。まだ何一つ解決していないというのに、どうしてここを離れるんだ?


「ははは! 少し確かめたいことがありましてね。まずは行ってみましょうか」


「確かめたいことって……何です?」


「それは着いてからのお楽しみ、ということで」


「いや、楽しみにされても困るんですけど……」


 フォールは楽しそうに笑っているだけで、肝心の行き先を教えてくれない。


「もう、パパ! 何か分かったなら教えてくれたっていいじゃない!」


「まだ分かったわけじゃないよ、メリア。だから確かめに行くんだ」


「それじゃあ、どこへ行くのかくらい教えてよ!」


「ははは! まあまあ、そう慌てなくても」


 コメリアが頬を膨らませる横で、俺は小さくため息をついた。どうやら、これ以上聞いても答えてくれそうにない。


 結局、俺たちは従業員も連れて、フォールの後についていくことになった。


        ◇


 店を出てしばらく歩いたところで、フォールが足を止めた。


 目の前には木材が立てかけられた建物があり、開いた入口の奥からは何かを削る音が聞こえてくる。近づくにつれて木の香りが強くなり、作業場らしい場所だということは分かった。


「……木工所ですか?」


「ええ。先ほど、こちらのお店と取引があると伺いましてね」


 フォールが従業員へ目を向けると、彼は少し緊張した様子で頷いた。


「は、はい。店主が以前からお世話になっているところです」


「でもパパ、どうしてここなの? あのメモに木工所なんて書いてなかったじゃない」


「そうだね。まずは中で話を聞いてみようか」


「もう! またそれ!」


 コメリアが不満そうに声を上げる中、フォールは構わず入口へ向かった。


 作業場には木材や道具が並び、奥では職人らしい男が何かを削っていた。こちらに気づいた男が手を止め、顔を上げる。


「おや、どうした?」


「少し人を探していましてね。こちらに、あのお店の店主さんがいらしていませんか?」


 フォールが従業員を示すと、男はすぐに頷いた。


「ああ、店主さんなら奥にいるよ」


「…………え?」


 思わず声が漏れた。隣では従業員が驚いたように身を乗り出している。


「ほ、本当ですか!?」


「何だ、知らなかったのか? おーい! 店から人が来てるぞ!」


「ん? 店から?」


 奥から返事が聞こえ、ほどなく一人の男性が姿を現した。その顔を見た途端、従業員が勢いよく駆け寄っていく。


「店主!」


「おお、どうした? 何かあったのか?」


「何かあったのかじゃありませんよ! いったいどこへ行ってたんですか! 何も言わずにいなくなって、どれだけ心配したと思ってるんですか!」


「お、おいおい、ちょっと落ち着け。急ぎの用があったんだよ」


「それなら一言くらい言ってください!」


「頼みごとが終わったらすぐ帰る予定だったんだよ。それがちょっと長引いちまったんだ、すまん」


 店主は困ったように頭をかきながら、従業員をなだめている。どう見ても、事件に巻き込まれた人間の様子じゃない。


「ねえ、クニタカ……店主、いたわね」


「ああ……いたな」


 コメリアと顔を見合わせる。従業員が無事を喜ぶより先に怒り出したのも無理はないが、ひとまず店主が見つかったのは何よりだ。


 ただ、あのチェス盤を見てしまった俺としては、どうにも釈然としない。


 ……いったい何だったんだ、あれは?


        ◇


「それで店主さん、こちらへはどのようなご用件で?」


 従業員がようやく落ち着いたところで、フォールが尋ねた。


「ああ、実はチェスの駒を一つ作り直してもらえないかと思いましてね。店にあったキングが割れてしまっていて……」


「……キング?」


 思わず聞き返した俺に、店主が不思議そうな顔を向けた。


「何だ、知ってるのか?」


「知ってるも何も、店主さんの部屋で見つけたんですよ! 真っ二つに割れてるやつを!」


「ああ、あれか。注文が入ったから、奥から出して数を確認していたんだよ。ほかは全部揃っていたんだが、まさかキングが割れているとは思わなくてな」


「注文って……あのチェスセット、売れたんですか?」


「ああ、そうなんだよ! よりによって、店に一セットしかないやつが売れたと思ったら、キングが割れていてな……。明後日までに欲しいと言われているし、何とか間に合わせないといけなくてね」


 店主はそう言って、傍らの職人へ目を向けた。職人の方は腕を組み、少し難しそうな顔をしている。


「同じ形にできるか、今ちょうど相談してたところだよ。時間もあまりないからな」


 その言葉につられて作業台へ目を向けると、木材や道具の間に、見覚えのある黒い駒が置かれていた。


「……あれ? もしかして、あそこにあるのって黒のキングですか?」


「ああ、そうだよ。見本があった方が作りやすいだろうと思って、持ってきたんだ」


「やっぱり! 黒のキングだけ見当たらなかったんですよ!」


「そりゃあ、ここに持ってきたからな」


 店主は何でもないことのように答えた。


 ……そりゃそうか。


「でも、キングが割れてたのはどうしてなの? それに、ほかの駒まできれいに並んでたじゃない!」


 コメリアが横から口を挟むと、店主は首を傾げた。


「どうしてと言われてもなあ……。割れていた理由までは分からんよ。ほかの駒は数を確かめて、脇に並べておいただけだ。壊れたキングは分けておいたんだが……何かおかしかったか?」


「……別に、おかしくはないけど」


 コメリアは少し不満そうに口を尖らせた。


 ……まあ、確かにおかしくはない。


 そういえば、もう一つ気になっていたことがある。


「店主さん、割れたキングに赤い染みが付いてたんですけど……」


「ああ、あれは私の血だよ。割れたところで指を引っかけちまってな。大した傷じゃないが、少し血が出たんだ」


 店主は片手を上げ、指先を見せてくれた。


 ……血の跡まで、そんな理由だったのか。


 俺が返す言葉を探していると、店主がふと思い出したように従業員へ向き直った。


「そうだ、店の中を散らかしたままにしていたな。あれもすまなかった。チェスセットを探していて、片づける前にこっちへ来ちまったんだ」


「本当ですよ! 店に戻ったら商品は散らばってるし、店主はいないし……。何があったのかと思いました!」


「いやあ、悪かった。代わりの駒のことばかり気になってな」


 店主が頭を下げると、従業員はまだ何か言いたそうにしていたものの、最後には大きなため息をついた。


 どうやら、あの店で起きていた異変には、一通り説明がつくらしい。


 ……いや、まだだ。


 さっき店主が口にした「明後日まで」という言葉が、どうしても引っかかる。


「店主さん。そのチェスセットって、誰から注文されたんですか?」


「薬師さんだよ。明後日までに一セット欲しいって言われていてね」


「…………」


 薬師。


 一セット。


 明後日。


 俺の頭の中で、あのメモの文字がぴたりと重なった。


「……あの、店主さん。部屋に『薬 1セット 明後日』ってメモがあったんですけど……」


「ああ、私が書いたやつだな。薬師さんからの注文を忘れないようにね」


「じゃあ、あの『薬』って……」


「薬師さんのことだよ」


「…………」


 ちょっと待て。


 ということは……。


 薬師さんに、チェスセットを一つ、明後日までに納品する。


 ……それだけ!?


「な、何よそれ! 薬って書いてあったら、普通は薬のことだと思うじゃない!」


 コメリアが思わず声を上げると、店主は目を丸くした。


「は、はあ……。自分で分かればいいと思って書いたもので……」


「それにしたって、もう少しちゃんと書いておいてくれたっていいじゃない!」


「おいおい、コメリア。店主さんに文句言っても仕方ないだろ……」


「だって! あんなメモを残すから、てっきり何かあるんだと思っちゃったじゃない!」


 ……いや、俺も人のことは言えないんだけどさ。


 あれこれ想像を膨らませていた俺たちとは対照的に、店主はすっかり困惑している。本人にしてみれば、仕事の予定を書き留めただけなのだから、こんな反応をされても困るだろう。


『都尊さん。メモの内容と、店主の説明に矛盾はありません』


「……うん。そうだな」


        ◇


「ははは! どうやら、事情は分かったようですね」


 店主と従業員が今後の段取りを話し始めたところで、フォールが声をかけてきた。


「店主さんも無事でしたし、何よりです」


「……はい。それは本当によかったです」


 俺は頷きながらも、どうしてフォールが最初から木工所へ向かおうとしたのか気になっていた。


「ところで、フォールさん。どうしてここに来ようと思ったんですか?」


「壊れたキングが気になりましてね。ほかの駒がきちんと並べられていたので、何かを確認していたのではないかと思ったんです」


「それで、木工所に?」


「ええ。店主さんがいるとは限りませんでしたけど、駒を修理するなら、こちらで何か分かるかもしれませんからね」


 フォールは穏やかに微笑んだ。


 なるほど。俺がダイイングメッセージだの何だのと考えていた一方で、フォールは壊れた駒をどうするつもりだったのかを考えていたわけか。


「……やっぱり、フォールさんはすごいですね」


「ははは! 今回はたまたまですよ。それに、クニタカ君の考え方もなかなか面白かったですからね」


「……え?」


 フォールがにこりと笑った。


「ほら、あの……ダイイングメッセージ、でしたか?」


 ああ、やっぱりその話になるのか!


「そうよ、クニタカ! あんた、殺された人が残した暗号だって言ってたわよね!」


「だから、そういう可能性もあるんじゃないかって話をしただけだろ!」


「でも、死体なんてどこにもなかったじゃない! ふふん、やっぱり私の言った通りね!」


 コメリアは勝ち誇ったように胸を張っている。


「……ちなみに、危ない薬の取引がどうとか言ってたのは誰だったっけ?」


「…………」


 途端にコメリアの表情が固まった。


「ちょ、ちょっと! それは今関係ないでしょ!」


「いやあ、なかなか面白い想像だったよな?」


「もう! あんただって似たようなこと言ってたくせに!」


「ははは! 二人とも、ずいぶん楽しそうだね」


「楽しくないわよ、パパ!」


「俺も別に楽しくないです!」


 珍しくコメリアと声が揃い、フォールはますます楽しそうに笑い始めてしまった。

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