買い物日和
「クニタカ! 準備できた?」
事務所の入口からコメリアの声が聞こえてきた。机の上を片付けて振り返ると、彼女は待ちきれないといった様子でこちらを覗き込んでいる。
「ああ、今行くよ」
「もう! さっきからそればっかり! 今日は買い物に行くんでしょ?」
「分かってるって。そんなに急がなくても店は逃げないぞ?」
「そういう問題じゃないの!」
どうやら、俺が思っていた以上に今日の買い物を楽しみにしていたらしい。
フォールさんから初めて給料をもらって以来、何を買おうかと考えてはいたものの、結局これといったものは思いつかなかった。せっかくだから記念になるものがいいとは思うんだけど、いざ選ぶとなると難しいんだよなあ。
「ねえ、クニタカ。結局、何か欲しいものは決まった?」
「いや、まだなんだよな」
「ええっ!? あれから何も考えてなかったの?」
「考えてはいたんだけどさ。そもそも、お店に行ってから考えればいいって言ったのはコメリアだろ?」
「あっ、そうだったわね! お店に行ってから考えればいいって、私が言ったんだった!」
コメリアは一瞬きょとんとしたあと、何事もなかったように笑った。
「じゃあ、さっそく行きましょ! 今日は私が案内してあげるんだから!」
「はいはい。よろしく頼むよ」
『都尊さん。購入する品物が決まっていないのであれば、事前に予算の上限を設定しておくことを推奨します』
そこへチャミーが口を挟んできた。
「ああ、そうだな。全部使うつもりはないけど……」
「もう、チャミーまで! そんなこと言ってたら、いつまで経っても出発できないじゃない!」
『予算を決めることと、出発することは両立可能です』
「そういうことじゃないの!」
チャミーの返答に、コメリアが頬を膨らませる。
「ほら、クニタカ! 早く!」
「分かった、分かった!」
俺は苦笑しながら立ち上がり、先に外へ出ていくコメリアを追いかけた。
◇
市場に着くと、通りは大勢の買い物客で賑わっていた。
道の両側にはさまざまな店が並び、呼び込みの声や客同士の話し声が入り混じっている。荷物を抱えて行き交う人々の間を縫うように進みながら店先を眺めていると、普段はあまり気に留めなかったものまで目に入ってきた。
これまでにも市場へ来たことはあったけど、こうして自分の買い物のために歩くのは初めてかもしれない。
「さあ、クニタカ! どこから見る?」
「案内してくれるんじゃなかったのか?」
「もちろんするわよ! でも、クニタカが欲しいものを探すんだから、気になるお店があったら言ってね!」
「なるほど。じゃあ、まずはあっちを見てみようかな」
俺が指さしたのは、通りの向こうにある小物を扱っている店だった。
コメリアと一緒に店先を覗くと、木製の箱や飾り物、日用品などが並んでいる。見慣れた形のものもあれば、何に使うのか分からないものもあって、なかなか面白い。
「へえ、これって何に使うんだ?」
気になった小物を指さすと、コメリアが隣から覗き込んできた。
「ああ、それね! すっごく便利なのよ!」
「そうなのか? コメリアも使ってるの?」
「ううん、私は持ってないわよ?」
「……使ったことないのに、便利だって分かるのか?」
「だって、お店の人がそう言ってたもの!」
「……なるほど、受け売りか」
「何よ! お店の人が便利だって言ってるんだから、便利なんでしょ!」
本人はまったく疑問に思っていないらしい。自信満々に言い切るコメリアを前に、俺はそれ以上突っ込むのをやめた。
その後もいくつかの品物を眺めてみたけど、今すぐ欲しいと思うものは見つからなかった。ただ、普段は素通りしていた店にも、こうして覗いてみると面白いものがある。
コメリアも時折気になったものを手に取っては、俺に見せたり店の人と話したりしていた。案内するというより、二人で一緒に買い物を楽しんでいるような感じだけど、それも悪くない。
しばらく歩いていると、少し先を行くコメリアが突然足を止めた。
「あっ!」
「ん? どうした?」
視線の先には、食べ物を売っている店が並んでいた。近づくにつれて、焼きたてらしい甘い香りが漂ってくる。
……なるほど。今度はそっちか。
「ねえ、クニタカ。ちょっとあのお店も見ていかない?」
「別にいいけど……それ、俺の記念品探しと関係あるのか?」
「えっ? だって、おいしそうじゃない!」
「いや、それは分かるけどさ。俺はあとで思い出せるようなものを探してるんだぞ?」
「食べ物だって、おいしかったら覚えてるでしょ?」
「……まあ、確かに」
「でしょ! ほら、行きましょ!」
コメリアは嬉しそうに笑うと、さっそく店先へ向かった。
まったく、うまいこと言いくるめられた気もするけど……。
俺も甘い香りに誘われて、あとを追いかけた。
店先には何種類かの菓子が並んでいて、コメリアはその中から二つを見比べていた。どうやら、どちらにするか迷っているらしい。
「どっちもおいしそうだな」
「そうなのよ! こっちも好きなんだけど、あっちも捨てがたいのよねえ……」
「コメリア、両方食べたことあるのか?」
「もちろん! だから迷ってるんじゃない!」
さっきまで俺にあれこれ勧めていたときとは違って、今度は本当に真剣な顔だ。
「じゃあ、両方買えばいいんじゃないか?」
「えっ?」
「せっかくだし、一つずつ買って一緒に食べようよ」
コメリアは目を丸くしたあと、ぱっと顔を明るくした。
「いいの!?」
「ああ。今日は案内してもらってるし、そのお礼ってことで」
「やった! じゃあ、遠慮なくいただいちゃおうかな!」
さっそく店の人に声をかけ、二つの菓子を買った。
「はい、コメリア」
「ありがとう! それじゃあ、いただきまーす!」
受け取ったコメリアは嬉しそうに菓子を口へ運び、すぐに満足そうな顔になった。
「んー! やっぱりおいしい!」
「……まだ俺、一口も食べてないんだけど」
「何してるのよ! 早く食べてみなさいよ!」
「はいはい」
俺も一口食べてみる。
表面は少し香ばしく、中は柔らかい。甘さもほどよく、なるほど、これはなかなかうまい。
「おっ、確かにおいしいな」
「でしょ! 私のおすすめなんだから、当然よ!」
「さっきまでどっちにするか迷ってたくせに」
「それとこれとは別なの!」
そう言って胸を張るコメリアを見て、思わず笑ってしまった。
初めての給料で買ったものが、まさかお菓子になるとは思わなかったけど、こういう使い方も悪くないかもしれない。
「ねえ、クニタカ。次はどこを見る?」
「そうだなあ……」
俺は残りの菓子を食べながら、市場の通りへ目を向けた。
……おや? あそこにいるのは……。
「ねえ、あそこにいるのってパパじゃない?」




