燃えたもの、消えたもの
「これで全員か」
フォールは集まった四人を見回すと、バイロンへ向き直った。
「悪いが、別に使える部屋はあるか? 一人ずつ話を聞きたい」
「でしたら、隣の部屋をお使いください」
「一人ずつ?」
俺が聞くと、フォールは「ああ」と頷いた。
「まずは、あの部屋で何があったのかを確認したい。特にあの焼けた紙だな」
フォールがヴェルガへ視線を向ける。
「同じ場所にいた人間の話は、別々に聞いた方がいい。先に聞いた話に引っ張られることもあるからな」
「なるほど……」
推理小説で見たことがある気がする。
いや、あれは取り調べだったかもしれない。
「クニタカ君も来るか?」
「俺も?」
「気になってるんだろ?」
そう言われると否定できない。
「じゃあ……お願いします」
「パパ。クニタカ、事件と何の関係もないでしょ」
「今のところはな」
「今のところって何よ」
「俺にも分からん」
「分からないのに連れていくの!?」
コメリアのもっともな指摘を、フォールは笑って流した。
◇
最初に話を聞くことになったのは、ヴェルガだった。
さっきまでいた部屋とは違い、こちらは普通の客室らしい。俺とコメリアは少し離れた場所に座り、フォールとヴェルガが向かい合う。
「まず確認するが、あなたはヴィクターさんと一緒に前支配人の部屋へ入った。それで間違いないな?」
「はい」
「理由は?」
「ヴィクター様が、前の支配人へ貸していた本を取りに行かれるということでしたので。ヴィクター様がこちらで暮らしていた頃は、私が身の回りのお世話をしていましたから……そのままご一緒しました」
ヴィクターとは昔から知り合いだったらしい。
フォールはそれを聞いて軽く頷くと、部屋で火の魔法を使ったことを確認した。
「はい。室内が暗かったものですから、明かりに」
「そのとき、机の上に遺言書はあったか?」
ヴェルガが戸惑ったように顔を上げた。
「……申し訳ありません。見ておりません」
「なかった、ということか?」
「いいえ。そうではなくて……私が見ていなかっただけです。本当に気づかなかったんです。あのときは、別のことばかり考えていて……」
そこまで言って、ヴェルガは口を閉ざした。
別のこと。
何を考えていたのか聞こうとしたところで、フォールが先に口を開いた。
「床に焼けた紙が残っていた」
ヴェルガの指がぴくりと動いた。
返事はない。俺がフォールを見ると、彼は急かすこともなく、ただ黙って待っていた。沈黙が長くなるにつれ、膝の上で重ねられたヴェルガの手に少しずつ力が入っていく。
やがて、観念したように小さく息を吐いた。
「……私です。あの紙を燃やしたのは」
「え?」
思わず声が漏れた。火の魔法を使ったことは分かっていた。でも、紙まで本人が燃やしたとなれば話が違う。
「じゃあ、あれって……」
「遺言書ではありません」
俺の言葉を遮るように、ヴェルガが顔を上げた。さっきまで俯いていたのが嘘みたいに、そこだけははっきりしている。
「私が燃やしたのは、遺言書ではありません。それだけは違います」
「なら、何を燃やした?」
「それは……申し訳ありません。お話しできません」
紙を燃やしたことは認める。でも、何を燃やしたかは言えない。
フォールは少し間を置いてから、その紙がもともと部屋にあったのか、場所も知っていたのかと続けて尋ねた。
「……はい。知っていました」
「それを燃やすために、あの部屋へ入った?」
今度は答えが返ってこなかった。
ヴェルガは俯いたまま、膝の上で手を握っている。フォールもしばらく待ったが、それ以上追及することなく「分かった。今はそれでいい」と話を切った。
「……申し訳ありません」
深く頭を下げるヴェルガを見ながら、俺は余計に分からなくなっていた。
遺言書には気づかなかったというのに、別の紙がどこにあるかは知っていた。そして、その紙を燃やしたことは認めるのに、何だったのかは言おうとしない。
「チャミー。これ、遺言書を燃やしたって考えていいのかな」
「現時点では判断できません。ヴェルガさんが紙を燃やしたことと、その紙が遺言書だったことは別の事実です」
「やっぱ、そこは一緒にしちゃ駄目か」
「はい」
怪しいのは間違いない。でも、怪しいことと犯人であることも、たぶん同じじゃない。
結局、ヴェルガが何を燃やしたのか分からないまま、最初の話は終わった。
◇
入れ替わりでやってきたヴィクターは、椅子を見るなり気軽に腰を下ろした。
「俺が次か。何から話せばいい?」
「まずは部屋へ入った理由からだな」
「ああ、本だよ。親父に貸してたやつ。返してもらう前に死んじまったからさ。バイロンに鍵を借りて取りに行った。それだけ」
「ヴェルガと一緒だったのは?」
「昔から知ってるんだよ。俺がここに住んでた頃は、ずいぶん世話になったしね」
細かい言い方は違うけど、ここまではヴェルガの話と合っている。
なるほど。一人ずつ聞くって、こういうことか。
フォールは特に反応を見せず、続けて部屋に入ったとき遺言書を見たかと尋ねた。
「見たよ。机の上に置いてあった。あれが遺言書なんだろ?」
あまりにもあっさり答えたので、俺の方が驚いた。
「見たんですか?」
「見た見た」
「間違いない?」
フォールが確認すると、ヴィクターは少し考えてから頷いた。
「少なくとも俺が見たのは、親父の遺言書として用意されてたものだよ。場所も机の上。そこは間違いない」
ヴェルガは気づかなかった。でも、一緒に入ったヴィクターは見ている。
つまり二人が部屋へ入った時点では、遺言書はまだ机の上にあったことになる。
「ヴェルガは遺言書を見ていたか?」
「さあ? そこまでは分からないな。ずっと見てたわけじゃないし」
ヴィクターは軽く肩をすくめた。
「じゃあ、ヴェルガさんが紙を燃やしたのは?」
俺が聞くと、ヴィクターは少しだけ笑った。
「見たよ」
「止めなかったんですか?」
「止める理由がなかったからね」
「でも、あの部屋にあった紙ですよね?」
「そうだね」
「それを勝手に燃やしてるのに?」
「クニタカ君、意外と細かいな」
「いや、普通気になるでしょ!」
思わず身を乗り出すと、コメリアが横から口を挟んだ。
「クニタカは黙ってて」
「はい」
怒られた。
ヴィクターが楽しそうに笑っている。
「それで?」
フォールが話を戻した。
「ヴェルガが燃やした紙は何だった?」
「さあ?」
「知らない?」
「本人が言いたくないなら、俺から言うことじゃないだろ?」
知らないとは言わなかった。
俺でもそれくらいは分かった。
フォールも同じだったらしく、それ以上そこを追わず、今度は遺言書の話へ移った。
「ヴィクターさんは、遺言書がなくなったことについてどう思ってるんですか?」
「どうって?」
「さっき、机の上にあったのを見たって言いましたよね。でも今はなくなってる。ヴェルガさんが燃やしたのは遺言書じゃないとも言ってる。それに……遺言書には、誰が何を相続するか書いてあるんですよね?」
「まあ、そうだろうね」
「それがなくなったら困らないんですか?」
ヴィクターは一瞬きょとんとしたあと、あまり興味がなさそうに肩をすくめた。
「別に? 俺、自分で商売やってるし、金には困ってないんだよ。親父が何を誰に残そうとしてたのかは知らないけど、俺としては貰えたら貰うし、貰えなくてもそれはそれでって感じかな」
ずいぶん軽い。
相続なんて、もっと揉めるものだと思っていた。少なくとも推理小説では。
「じゃあ、遺言書がなくなって得をしたとか?」
「俺が? さあね。中身を知らないんだから、得したか損したかも分からないだろ?」
「あ……それもそうか」
言われてみればその通りだった。遺言書の内容を知らないなら、それが消えたことで自分が有利になったかどうかも分からない。
「じゃあ、なくなった遺言書がどうなったと思います?」
「それも分からないよ。俺が見たときには机の上にあった。それが今はない。燃やされたのか、持っていかれたのか、それともまだどこかにあるのか。俺に言えるのはそこまでかな」
ヴィクターにとっては、遺言書そのものへの関心があまり強くないらしい。
そこでフォールが口を開いた。
「なら、俺から最後に一つ。あなたは、ヴェルガがその紙を燃やすと事前に知っていたのか?」
空気が変わった。
ヴィクターは答えない。口元にあった笑みも消え、しばらくフォールと見つめ合っていた。
「……さてね」
「知らなかったなら、そう言えばいい」
「そうだね」
「言わないのか?」
今度はすぐに軽口が返ってこなかった。
やがてヴィクターが先に視線を外し、困ったように頭を掻く。
「探偵さん。あんまり俺を困らせないでくれよ」
「分かった。今はそれでいい」
「え、いいんですか?」
思わず俺が口を挟むと、フォールがこちらを見る。
「事前に知ってたかどうかって、結構大事じゃないですか?」
「だから聞いた」
「でも答えてないですよね?」
「答えなかったことは分かった」
「……ああ」
そういうことか。
答えを聞くことだけが、質問する意味じゃないらしい。
ヴィクターも苦笑しながら立ち上がった。
「探偵ってやりにくいねえ」
「仕事なんでな」
「それ便利だな。俺も今度使おうかな」
「好きにしろ」
最後はいつもの調子に戻ったヴィクターが部屋を出ていき、扉が閉まる。
俺はしばらくその扉を眺めていたけど、さっきの質問だけは妙に頭に残っていた。
◇
「チャミー。二人の話、どう?」
「主要な部分は一致しています。二人で部屋へ入ったこと、ヴェルガさんが紙を燃やしたこと、二人ともその紙は遺言書ではないと主張していること。また、ヴィクターさんは入室時、机の上に遺言書があったと証言しています」
「ヴェルガさんは見てない」
「はい。ただし、なかったとは証言していません。本人が気づかなかったと述べています」
「口裏を合わせてる可能性は?」
「否定できません。ただし、現時点でそう判断できる情報もありません」
「どっちもあり得る、か」
相変わらず慎重だ。
でも、二人の話を聞く前とは少しだけ見え方が変わっていた。
ヴェルガは遺言書を見ていない。ヴィクターは机の上にあるのを見た。そして、その部屋でヴェルガは何か別の紙を燃やした。
「なあ、チャミー。俺、最初から一つの話だと思い込んでたかもしれない」
「どういう意味でしょうか」
「遺言書がなくなった。ヴェルガさんが火の魔法を使った。焼けた紙もあった。だから俺、全部繋がってると思ったんだよ」
火を使った人がいる。焼けた紙がある。そして遺言書がない。
並べてしまえば、答えは一つしかないように見える。
「でも、遺言書がなくなったことと、ヴェルガさんが紙を燃やしたことって……本当に同じ話なのか?」
「現時点では、二つの出来事が同一の目的によって行われたと判断できる情報はありません」
「無関係とも決まってない?」
「はい」
「そこは分かってきた」
俺は苦笑して、スマートフォンから顔を上げた。
ヴィクターが部屋へ入ったとき、遺言書は机の上にあった。そのあとヴェルガは、何か別の紙を燃やした。
二人の話が本当なら――。
「じゃあ……遺言書、どこ行ったんだ?」




