燃えた紙片
【お知らせ】
本話より、地の文を三人称視点から主人公の一人称視点に変更しています。
フォールが扉を開ける。
その先にあったのは、それほど広くない一室だった。
机と椅子、本棚が置かれ、壁にはいくつかの絵が掛けられている。窓から差し込む光は弱く、室内は少し薄暗い。
「一応言っておくけど、勝手に触らないでよ」
後ろからコメリアに釘を刺された。
「分かってるって」
フォールに続いて中へ入り、まずはチャミーが挙げていたものを確認する。
窓はある。扉は今入ってきた一つだけ。ただ、見たところで、それがこの世界でどういう意味を持つのかまでは分からない。
「フォールさん、この部屋は?」
「前の支配人が使っていた部屋だ」
フォールが答えると、ここまで案内してきた男が続けた。
「父の部屋です。父が亡くなったあと、私がこのホテルの支配人を引き継ぎました」
「あ、そういえばまだ名前を聞いてませんでした」
「失礼しました。バイロン・メイソンです」
「環都尊です。よろしくお願いします」
挨拶を返したところで、一つ引っかかった。
「……ホテル?」
「ああ、言ってなかったか。ここはホテルだ」
フォールの答えに、俺は思わず天井を見上げた。
なるほど。
俺は異世界のホテルに落ちてきたらしい。
「それで、なくなった物って何なんです?」
「遺言書だ」
「……遺言書?」
「ああ。本来なら今日、三人の息子が揃ったところで開ける予定だった。俺もその場に立ち会うために呼ばれていたんだが、その肝心の遺言書が見つからない」
さっき聞いた『なくなった物』が、ようやく具体的な形を持った。
俺は改めて室内を見回すが特に荒らされたようには見えない。
「最後にあったのは?」
「それを含めて確認しているところだ」
フォールが答えると、バイロンがその後を引き取った。
「遺言書はこの部屋に保管されていました。鍵は普段、私が管理しています」
「普段は?」
俺が聞き返すと、バイロンは少し間を置いて頷いた。
「誰にも貸していなかったわけではありません」
「じゃあ、入った人がいるんですか?」
「弟のヴィクターです。父に貸していた本が残っていたので、それを取りに来ました。その際に私が鍵を貸しています」
そこまで話してから、バイロンの表情がわずかに曇った。
「そのときは、使用人のヴェルガも一緒でした」
「二人で?」
「ああ。それで、少々面倒なものが見つかってな」
今度はフォールが俺を手招きして、部屋の隅へ向かう。
「これだ」
しゃがんだフォールの先を覗き込むと、床に黒く焦げた紙の破片が残っていた。
「……紙?」
「ああ。ほとんど燃えてるがな」
フォールはそのまま焦げた破片へ視線を落とした。
「それと、この部屋には火の魔法を使った魔力紋の残滓が残ってる」
「魔力紋?」
「魔法を使えば、その痕跡がしばらく残るんだ。調べれば、どんな魔法が使われたかくらいは分かる」
なるほど。こっちにも指紋や足跡みたいなものがあるらしい。
「それで火の魔法が使われたって分かったんですか?」
「ああ。ここに入った人間にも確認した。使用人が自分で使ったと認めてる」
俺がバイロンを見ると、彼も頷いた。
「本人は、部屋が暗かったので明かり代わりに使ったと話しています」
遺言書が消えた部屋に、火の魔法を使った痕跡が残っている。そして、そのすぐそばには何の紙だったのか分からない燃え残り。
そこまで揃えば、嫌でも一つの考えが浮かぶ。
「それって……この紙が遺言書だったんじゃ?」
「俺も最初にそれを考えた」
フォールは否定せず、焦げた破片を眺めている。
「ただ、何の紙だったか分かるほど残ってない。今のところ、ここで紙が燃やされた。それ以上のことは分からん」
「でも、この状況なら……」
「都尊さん」
続けようとしたところで、チャミーに呼ばれた。
「何?」
「現時点で確認できている事実と、推測を分けたほうがよいと思います」
俺はスマートフォンへ目を落とす。
「事実は、遺言書が見つからないこと。ヴェルガさんが室内で火の魔法を使用したこと。そして、焼けた紙が発見されたことです」
「うん」
「焼けた紙が遺言書だったかどうかは確認されていません」
「まあ、そうなんだけどさ……」
考えていると、隣からコメリアの視線を感じた。
「……何?」
「いや。また始まったなと思って」
「ああ……」
そうだった。俺には普通に会話しているつもりでも、コメリアたちには俺がスマートフォンに向かって一人で喋っているようにしか見えない。
フォールは特に気にした様子もなく、焦げた紙を見ていた。
「それで、クニタカ君。どう思う?」
「え?」
「あの焼けた紙が遺言書だったと思うか?」
改めて聞かれ、俺は焦げた紙へ目を落とした。
「……怪しいとは思います。でも、まだ分からないです」
「ほう」
「遺言書がなくなったのと、ここで紙が燃やされたのは分かってる。でも、その紙が遺言書だったって証拠はないんですよね?」
「ああ。その通りだ」
フォールが小さく頷く。
言ってから、自分でも少し変な気分になった。普段なら真っ先に「絶対これだろ」と疑って、そのまま外すところなのに。
「……チャミーがいなかったら、普通に決めつけてたな」
「その可能性は否定できません」
「そこは否定してくれてもいいんだけど」
こういうところで変に気を遣わないのが俺の相棒だった。
「でもなあ……」
もう一度焦げた紙を見る俺に、フォールが首を傾げた。
「まだ何か気になるのか?」
「気になるっていうか、分かりやすすぎるなって」
「分かりやすすぎる?」
「遺言書がなくなって、その部屋で紙が燃やされてたら、普通はその紙が遺言書だと思うじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「こういうとき、推理小説だと大抵そのままじゃないんですよ」
フォールが眉を上げた。
「推理小説?」
「あー……俺のいたところに、こういう事件を題材にした物語があるんです。読むのは好きで」
「へえ。それなら得意なのか?」
「いや、全然」
即答すると、フォールが目を丸くした。
「好きなんだろ?」
「好きなのと解けるのは別です。いつも途中で諦めて、最後に探偵が説明してくれるのを待ってました」
「それでよく読んでたわね」
横から呆れた声を挟んだのはコメリアだった。
「面白いんだからいいだろ」
そう返してから、俺はもう一度部屋を見回した。
机、本棚、壁に掛けられた絵、窓。そして床に残った焼けた紙。
遺言書が消えたことと、この部屋で紙が燃やされたことは分かった。でも、それだけで答えが出るほど単純でもないらしい。
そのとき、廊下から話し声が聞こえてきた。
バイロンが扉の方へ顔を向ける。
「二人が来たようです」
「二人?」
「ええ。先ほど話した弟のヴィクターと、兄のヴァーノンです」
やがて二人の男と、その後ろから一人の女性が姿を見せた。
先頭にいた男は背が高く、部屋へ入るなりフォールたちへ視線を向ける。その隣には、どこか気安そうな雰囲気の男が立っていた。
「まだ見つからないのか?」
背の高い男がバイロンへ尋ねる。
「ええ。今もディクソンさんに調べていただいているところです」
「そうか」
短く答えた男に続いて、もう一人が部屋を覗き込んだ。
「それで、そっちの人は?」
視線が俺に向く。
「あ、俺ですか?」
「他にいないでしょ」
なぜかコメリアに突っ込まれた。
どう説明したものかと迷っていると、バイロンがこちらを見た。
「タマキ・クニタカさんです。先ほどディクソンさんと一緒にこちらへ」
「……まあ、そんな感じです」
間違ってはいない。
たぶん。
「クニタカ君か。俺はヴィクター・メイソン。よろしく」
気安そうな男――ヴィクターが軽く手を上げる。
「よろしくお願いします」
「ヴァーノン・メイソンだ」
背の高い男はそれだけ名乗ると、俺から興味を失ったように部屋の中へ視線を戻した。
これで三兄弟ということらしい。
そして、二人の後ろにいた女性が遠慮がちに部屋へ入ってくる。
その姿を見たフォールが、俺の方へ視線を向けた。
「クニタカ君。さっき話した使用人だ」
「……ということは」
女性が小さく頭を下げる。
「ヴェルガです」
俺も頭を下げながら、さっきまで見ていた焦げた紙へ視線を戻した。
ヴェルガ。
この部屋で、火の魔法を使った人。
「都尊さん」
「何?」
「これで、この件に関係する方々が揃ったのでしょうか」
チャミーの声に、俺は四人を見回す。
長男のヴァーノン。
今の支配人である次男のバイロン。
この部屋へ入った三男のヴィクター。
そして、一緒に入り、火の魔法を使ったというヴェルガ。
「……みたいだな」
小さく答えると、チャミーはすぐには何も言わなかった。
消えた遺言書に、焼けた紙。そして、その周りにいる四人。
誰が何をしたのか。そもそも、何が起きたのか。
まだ何も分からない。
ただ、話を聞く相手だけは――これで揃ったらしい。
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