問題発見?
ひとまず都尊は、日本という場所から突然ここへ飛ばされてきたこと、自分にもその方法は分からないことだけを話した。
神様とゲームについては伏せた。ただでさえ怪しい話を、これ以上怪しくする必要はない。
「……つまり、自分でもどうやってここへ来たのか分からない。なのに、気づいたら私たちの頭の上から落ちてきた、と」
若い女性は確認するように繰り返してから、思い切り眉をひそめた。
「自分で言ってておかしいと思わない?」
「思いますよ。だから困ってるんです。俺だって好きで人の頭上から登場したわけじゃないですから」
「普通は登場しようと思ってもできないのよ」
「そこなんですよねえ……」
「納得しないでよ」
どう答えても怪しくなる気がしてきた。
「まあ、嘘をついてるにしては妙な話だな」
対して、父親だという男性は怒るでもなく、都尊を上から下まで眺めていた。
「俺ならもう少しましな嘘を考える。わざわざ『自分でも何も分かりません』なんて、疑ってくれと言ってるようなもんだ」
「パパ。だからって信用する理由にはならないでしょ? この人が何者なのか、まだ名前しか分かってないのよ」
「だから話を聞いてるんだろう。信用するかどうかは、それから決めればいい」
「……パパ、絶対ちょっと面白がってるでしょ」
「否定はしない」
「しなさいよ」
少女が呆れたように息を吐く。
「それより、あんたさっきから何を見てるの?」
「え?」
「ずっと手元を気にしてるでしょ。そこ、私には何もないように見えるんだけど」
「ああ、これですか」
都尊はスマートフォンを持ち上げ、少女へ見せる。
「これです。スマートフォンっていう……まあ、道具なんですけど」
「……どれ?」
「え?」
「だから、そのスマートフォンってどれよ」
「これですよ。今、持ってるじゃないですか」
「何も持ってないけど」
「…………え?」
都尊は自分の手元を見る。
そこには確かにスマートフォンがある。
「……これ、見えてないんですか?」
「見えてない」
「マジか……」
神様からは、そんな話は聞いていない。
「しかも、この中にチャミーっていう相棒がいるんですけど」
「…………」
少女が黙り、そのままゆっくり父親を見る。
「パパ」
「なんだ、メリア」
「さっきより怪しくなった」
「奇遇だな。俺もそう思った」
「待ってください。俺だって今初めて知ったんですから!」
「何を?」
「これが俺以外には見えないってことです!」
「余計に怪しくなったわよ」
「ですよね!」
少なくとも、メリアと呼ばれた女性からの信用が底を突きかけていることだけは分かった。
都尊は助けを求めるようにスマートフォンへ目を落とす。
「チャミー。これ、どう説明すればいいと思う?」
「現時点では、お二人に私の存在を直接確認してもらう方法がありません。都尊さんの説明を信じてもらう必要があります」
「一番難しい方法しか残ってないじゃん」
「では、都尊さんが信用されるよう努力してください」
「俺に丸投げ?」
「私を認識できない以上、他に方法がありません」
「正論なんだけど、もうちょっと相棒らしく助けてくれてもいいと思うんだよ」
「応援はできます」
「具体的には?」
「頑張ってください」
「雑!」
思わず声が大きくなった。
彼女が半歩後ろへ下がる。
「……パパ、本当に大丈夫、この人?」
「大丈夫です! たぶん!」
父親が答えるより先に、都尊が割り込んだ。
「たぶんって言った!」
「いや、今のは言葉の勢いで!」
「クニタカ君」
今度は父親が妙に真面目な顔で口を挟んだ。
「こういうときの『たぶん』は、かなり印象が悪いぞ」
「分かってますよ!」
なぜ初対面の異世界人から対人関係の助言を受けているのだろう。
父親はそんな都尊をしばらく眺めていたが、やがて楽しそうに口元を緩めた。
「しかしまあ、本当に誰かと話してるつもりらしいな」
「『つもり』じゃなくて、本当に話してるんですって。チャミー」
「はい」
「……って返事してるんですけど、聞こえませんよね?」
「ああ。きみの声しか聞こえない」
「ですよねえ……」
「パパ、そんなに楽しそうにしないで。こういう訳の分からないものを見ると、すぐ首を突っ込むんだから」
「分からないから面白いんだろう」
「そうやって何度面倒事に首を突っ込んだと思ってるの?」
「覚えてないな」
「覚えてないんじゃなくて、数えてないだけでしょ!」
都尊は二人のやり取りを眺めながら、なんとなく関係性が分かってきた気がした。
「……あの、二人って親子なんですよね?」
「そうよ」
「フォール・ディクソン。探偵をやってる。こっちは娘のコメリアだ」
「よろしくするかどうかは、まだ決めてないから」
「そこまで言わなくても……」
「あんたね。空から突然落ちてきて、知らない場所の名前を出して、誰にも見えない相棒と話してる人に言われたくないんだけど」
「並べるとひどいな」
「並べなくてもひどいわよ」
反論できなかった。
「……探偵か」
都尊は思わずフォールを見た。
推理小説の中では見慣れた単語だが、実際にその職業を名乗る人間と会ったのは初めてだった。それが異世界へ来て最初に出会った相手というのも、妙な話である。
「なんだ。探偵が珍しいのか?」
「いや、俺のいたところにもいましたけど……ちょっとタイミングが」
「タイミング?」
「あ、いや。こっちの話です」
都尊は誤魔化すようにスマートフォンへ目を落とした。
画面には、まだ『ゲームスタート』の文字が残っている。
「チャミー」
「はい」
「異世界に来ました。ゲームが始まりました。目の前に探偵がいます。どう思う?」
「それらに関連性があるとは判断できません」
「少しくらい乗ってくれてもよくない?」
「根拠がありません」
「夢がないなあ」
「判断に夢は必要ですか?」
「いらないけどさ」
「……ねえ、クニタカ」
コメリアが訝しげに都尊を見る。
「さっきから聞いてれば、ゲームだの関係だの、何の話をしてるの?」
「あー……」
神様のことまで話せば、ただでさえ低い信用が今度こそ底を抜ける気がする。
「俺にもよく分かってないんです。ただ、ここに来た直後に、いきなり『ゲームスタート』って出てきて」
「……何の?」
「それが分からないから困ってるんですよ」
「始まったことしか分からないゲームって何よ」
「俺が聞きたいです」
「参加した覚えは?」
「……ないです」
「ないの!?」
「NOを押そうとしたら、事故でYES押しちゃったんですよ!」
「何その参加方法!?」
思わず言い返すと、フォールが吹き出した。
「笑い事じゃないですよ、フォールさん。こっちは何をすればいいのかも分からないんですから」
「いや、すまん。クニタカ君の話が本当なら、ずいぶん雑な相手に捕まったもんだと思ってな」
「そこは全面的に同意します」
神様に聞かせてやりたい。
「それで、そのゲームとやらが始まったのが、ここに来た直後なんだな?」
「そうです。だから何かあるんだとは思うんですけど……何が関係してるのかも、そもそも何をしたらいいのかも分からなくて」
都尊はスマートフォンを見た。
「チャミー。どうしたらいいと思う?」
「現時点では判断材料が不足しています。まずは周囲の情報を収集することを推奨します」
「結局そこからか」
「現在地すら把握していませんので」
「……あ」
言われてみれば、その通りだった。
ゲームどころか、自分が今どこにいるのかすら知らない。
都尊は顔を上げた。
「あの……今さらなんですけど」
「なんだ、クニタカ君?」
「ここ、どこですか?」
コメリアが目を丸くする。
「そこからなの?」
「そこからなんです」
「ゲームがどうとか言う前に、普通そっちを先に聞かない?」
「色々ありすぎて順番がおかしくなってるんですよ」
「まあ、空から落ちてきたばかりだからな。無理もない」
「パパは甘すぎ」
「メリアが厳しすぎるんだよ」
「普通です」
二人の間で普通の基準が食い違っている。
「それで、フォールさん。ここは?」
「ああ、ここは――」
フォールが答えようとした、そのときだった。
「あの、ディクソンさん」
少し離れたところから声がかかった。
そういえば、ここには最初から自分たち以外にも何人かいた。突然天井付近から人間が降ってきたせいで、すっかりこちらへ注目が集まっていたのだ。
「話の途中、申し訳ありません。でも、そちらが落ち着いたのでしたら……」
「ああ、すまん。そうだったな」
フォールの雰囲気が少し変わった。
先ほどまでの面白がるような表情が消え、声をかけてきた人物へ向き直る。
「メリア」
「分かってる。パパがクニタカに夢中になるからでしょ」
「人聞きが悪いな」
「事実でしょ」
どうやら二人は、都尊が落ちてくる前から何かをしていたらしい。
それもそうか。
自分が勝手に途中へ割り込んできただけなのだ。
「あの、俺は?」
「クニタカ君も来るか?」
「パパ!」
「どうせここがどこかも分からないんだ。置いていくわけにもいかんだろう」
「だからって連れていく必要もないでしょ」
「じゃあメリアが見てるか?」
「なんで私が!」
「ですよねえ……」
都尊としても、知らない場所に一人残されるのは困る。
「迷惑じゃなければ、ついていってもいいですか?」
「もう十分迷惑よ」
「コメリア、結構はっきり言いますね」
「今さらでしょ」
否定できない。
フォールは苦笑しながら、先ほど声をかけてきた人物へ向き直った。
「それで、何か変わったか?」
「いいえ。何度確認しても同じです」
その答えに、フォールの表情がわずかに曇った。
「そうか」
「あの……」
都尊は二人の顔を交互に見る。
「何かあったんですか?」
フォールは少し考えてから答えた。
「物が一つ、なくなった」
「なくなった?」
「ああ。ただ、それだけなら俺が呼ばれるような話じゃない」
フォールが視線を向けた先には、一つの扉があった。
「なくなったのは、あの部屋の中にあった物だ」
「……盗まれたってことですか?」
「それを調べてる」
どうにも歯切れが悪い。
都尊は扉を見る。
「部屋にいた人は?」
「いない」
「じゃあ、誰かが入った?」
「その辺りも含めて確認中だ」
「窓は?」
「そこまで気になるなら、自分で見た方が早いな」
フォールが扉へ歩き出す。
都尊もその後を追いかけながら、スマートフォンへ目を落とした。
「チャミー」
「はい」
「物がなくなった。部屋には誰もいなかった。出入りした人は確認中」
「現時点では情報が不足しています。施錠状況、他の出入口、紛失した物品、最後に存在を確認した時刻などの確認が必要です」
「だよな」
まだ何も分からない。
ただ、一つだけ。
都尊は画面に残った『ゲームスタート』の文字を見てから、目の前の扉を見た。
少なくとも、さっきまでよりは。
何を調べればいいのか、少しだけ見えてきた気がした。




