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異世界に転移したので、相棒のAIと謎解きを始めます~AI探偵の異世界迷推理~  作者: 土瓶蒸しの謎
第五幕

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絶望


「……なあ、牛舎ってどっちだ?」


「さあ?」


「さあって……お前、さっきまであんなに自信満々だったじゃないか」


「暗号が解けたんだから、あとは行くだけでしょ!」


 コメリアは当然のように言い切ったが、肝心の牛舎の場所は分かっていないらしい。


 結局、俺たちは厩舎の近くで作業していた従業員に道を尋ね、教えられた方角へ歩き出した。


 牛舎まではそれなりに距離があった。広い放牧地を横目に歩いていると、隣町までの移動もあって、さすがに足が重くなってくる。


「ほら、あそこよ!」


 コメリアが指差した先には、大きな建物が見えていた。周囲には牛たちの姿があり、近づくにつれて鳴き声も聞こえてくる。


「……やっと着いた」


「もう、クニタカったら。そんなに疲れたの?」


「誰のせいで厩舎まで行くことになったと思ってるんだよ」


「それはもう終わった話でしょ!」


 便利な言葉だな、それ。


「ははは。お二人とも、看板を探しましょうか」


 フォールに促されて入口の周囲を見回すと、建物の脇に一枚の看板が立てられていた。


「あった! 今度こそ本物よね!」


「さあな。また説教が書いてあるかもしれないぞ」


「ちょっと! 縁起でもないこと言わないでよ!」


 コメリアが看板を覗き込み、俺とフォールもその横から文字を読んだ。


――――――――――


影の聖堂の託宣


暗き隅にうず高く積まれし『黄金の枯草』を、飢えたる者どもの祭壇へとおのおの分配せよ。さもなくば、夕闇の彼方より『全頭蜂起の咆哮』が世界を切り裂くだろう


――――――――――


「…………」


 看板を読み終えた俺は、思わずもう一度最初から目を通した。


「……何これ?」


 隣でコメリアが眉をひそめている。


「いや、俺に聞かれても……。影の聖堂って、ここは牛舎だよな?」


「そうよ! どう見たって聖堂じゃないじゃない!」


「ふむ……。ずいぶん大仰な託宣ですねえ」


 フォールは面白そうに目を細め、看板の文字を追っていた。元暗号局長の仕掛けとあって、また何か複雑な謎が隠されているのかと思ったが、文章そのものは意外と単純に読めそうだった。


「黄金の枯草って……枯れてるのに黄金なの?」


「色のことじゃないか? 乾いた草なら黄色っぽいだろ」


「だったら普通に枯草って書けばいいじゃない!」


「それを俺に言われてもな……」


 フォールはそんなやり取りを聞きながら、牛舎の奥へ視線を向けた。


「『暗き隅にうず高く積まれし』……。何かを積んで保管している場所があるのかもしれませんねえ」


「積んであるもの……あっ、あれじゃない?」


 コメリアが指差した先には、建物の奥まった場所に飼い葉が積まれていた。入口からでは全体がよく見えないが、乾いた草の色は確かに黄金と呼べなくもない。


「なるほど、あれか。だったら『飢えたる者どもの祭壇』は……」


「牛の餌場でしょうねえ」


 フォールの言葉に、俺は牛舎の中を見回した。牛たちが餌を食べるための場所なら、確かに祭壇という言い方もできなくはない。


「……つまり、あそこにある飼い葉を牛に配れってことか?」


「そういうことね! だったら、さっそく始めましょう!」


 コメリアが飼い葉の方へ歩き出そうとしたので、俺は慌てて呼び止めた。


「いや待て。そもそも俺たちが勝手に餌をやっていいのか?」


「えっ? でも、看板にはそう書いてあるじゃない」


「書いてあるからって、ここは他人の牧場だぞ。牛の餌だって勝手に決めていいものじゃないだろ」


「むう……。それは、そうだけど……」


「ははは。クニタカ君の言うとおりですねえ。まずは牧場の方に確認しましょうか」


 ちょうど牛舎の奥で作業していた従業員がいたので、俺たちは事情を尋ねることにした。


「すみません。入口の看板のことで聞きたいんですが……」


 声をかけると、従業員は手を止めてこちらを振り返った。俺が看板を指差すと、彼は一瞬きょとんとしたあと、何かを察したように苦笑した。


「ああ……また牧場長の悪戯ですか」


「……悪戯?」


「ええ。あの人、昔からああいう仕掛けが好きなんですよ。皆さんも暗号を解いて、ここまで来たんでしょう?」


「そうなんですけど……。看板の指示って、牛に餌をやれってことで合ってますか?」


「合ってますよ。もちろん、勝手にやってもらうわけにはいきませんけどね」


 従業員は笑いながら、牛たちの方へ目を向けた。


「ちょうど餌をやるところでしたし、私も一緒にやりますよ。やり方はこちらで説明しますから」


「本当!? 助かるわ!」


 コメリアが嬉しそうに顔を輝かせた。俺としても、牧場の人が一緒なら安心だ。フォールも礼を述べ、従業員に案内されて牛舎の奥へ向かった。


「では、まずあちらの飼い葉を運びましょうか」


 そう言って従業員が指差した先には、乾草の束がいくつも積み重ねられていた。高さは俺の胸ほどだが、壁際に沿ってずらりと並んでいる。


 ……いや、ちょっと待て。これ、全部運ぶのか?


 隣にいたコメリアも、山を見上げたまま動かなくなった。


「……ねえ、クニタカ。あれ……全部?」


「……さあな」


 俺たちは揃って従業員を見たが、返ってきたのは実に朗らかな笑顔だった。


「いやあ、今日はちょっと量が多いんですよね。人手が増えて助かります」


 ……おい、今何て言った?


「ははは……これは、なかなか骨が折れそうですねえ」


 フォールまで困ったように笑っている。隣町まで来て、牧場の中を歩き回り、ようやく暗号を解いたと思ったら、最後に待っていたのが牛の餌やりとは。


 しかも、従業員が手伝ってくれるとはいえ、この量だ。


 ……これ、暗号解読じゃなくて、ただの重労働じゃねえか!


 とはいえ、ここまで来て引き返すわけにもいかない。俺たちは従業員に教えられながら、積み上がった飼い葉を牛たちの餌場へ運び始めた。


 最初のうちはコメリアも張り切っていたが、何度も往復するうちに口数が減り、やがて俺と同じように黙々と作業するようになっていた。フォールも額の汗を拭いながら手を動かしており、従業員だけが慣れた様子で次々と飼い葉を運んでいる。


「……クニタカ、あとどれくらい?」


「俺に聞くなよ……。ほら、まだあそこに残ってる」


「うう……。こんなに大変だなんて聞いてないわよ……」


「俺だって聞いてない……」


 何度目かの往復を終えたころには、腕も足もすっかり重くなっていた。それでも四人で作業を続けるうちに飼い葉は少しずつ減っていき、ようやく最後の束を運び終えた。


「……終わった……。もう、しばらく牛は見たくないわ……」


 コメリアはぐったりと肩を落とし、俺もその場で大きく息を吐いた。従業員から礼を言われたものの、すぐに返事をする気力もない。


 牛たちはそんな俺たちの苦労など知る由もなく、のんびりと餌を食べている。


 ……まあ、牛に文句を言っても仕方ないんだけどさ。


「……あれ? ねえ、クニタカ。あそこ、何か書いてない?」


 コメリアが指差したのは、さっきまで飼い葉が積まれていた場所だった。束がなくなって露わになった床に、何やら文字が見える。


「……何だ?」


 俺たちは近づいて、そこに書かれた文字を覗き込んだ。


――――――――――


MISSION COMPLETE


――――――――――


「……ミッション、コンプリート?」


「任務完了……という意味でしょうかねえ」


 フォールが文字を読み取り、楽しそうに笑った。


「ちょっと! 何よこれ! 私たちに餌やりをさせるためだけに、あんな暗号を作ったってこと!?」


「……どうやら、そういうことらしいな」


 俺は床の文字を見つめながら、思わず脱力した。


 最初の謎から始まって、馬の絵に振り回され、牛舎の看板を解読した挙げ句、最後は飼い葉運び。ここまでやらせておいて、出てきた答えが『任務完了』の一言とは。


「……この牧場長、絶対楽しんでるだろ」


「ふふっ。そうですねえ。昔から、こういうことには手を抜かない方でしたから」


 フォールが懐かしそうに笑った、そのときだった。


 パチ、パチ、パチ……。


 背後から、ゆっくりと拍手の音が聞こえてきた。


「……ん?」


 俺たちは揃って振り返った。

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