謎の収容施設
フォールは三枚の紙のうち、一枚目を手に取った。
「さて、それでは最初の問題から考えてみましょうか」
「そうね! あたし、これが一番怖いと思うのよ」
「確かに、監獄か何かの説明みたいでしたよね……」
「でしょ!? あんな場所、絶対に近づきたくないわ!」
俺が「まだ実在する場所かどうかも分からないだろ」と返すと、コメリアは不満そうに頬を膨らませた。フォールはそんな俺たちを見て小さく笑い、一枚目の紙を机の中央に置く。
「ははは。では、改めて文章を確認してみましょうか」
そこには、こんな文章が書かれていた。
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『見渡す限りの地平線。そこは高い木製の遮蔽物と、鋭い棘のついた鉄条網で強固に囲まれていた。
侵入者を防ぐためか、それとも中にいる者を閉じ込めるためか。風が吹くたび、木製の柵がギシギシと嫌な音を立てて軋む。
泥と糞尿の匂いが混ざり合った独特の異臭が鼻をつく。ここでは常に何百という視線が蠢いており、時折、耳をつんざくほどの、悲鳴にも似た咆哮が響き渡る。』
――――――――――
改めて読んでも、やっぱり監獄か何かの説明にしか見えない。高い柵に鉄条網、何百もの視線と悲鳴のような咆哮。これだけ物騒な言葉を並べられたら、普通はろくでもない場所を想像するだろう。
「……やっぱり監獄じゃないんですかね、これ。出題者が元暗号局長ってことを考えると、軍の収容施設とか……」
「えっ、軍の施設!? そんな危ない場所の問題を出してきたの!?」
「いや、あくまで予想だけどさ。鉄条網に何百もの視線って、どう考えても普通じゃないだろ」
「ふむ……。確かに、そう考えたくなる文章ですねえ」
フォールは紙を眺めながら、どこか楽しそうに頷いている。軍の暗号を扱っていた人物が仕掛けた問題となれば、こういう物騒な文章もむしろ歓迎なのだろうか。
「ところでフォールさん、これって場所を当てる問題なんですか?」
「おそらくは。もっとも、何を答えればいいのか明記されていませんから、そこも含めて考える必要がありますねえ」
場所の説明だけ渡されても困るんだけど……。そう思っている俺をよそに、フォールはますます楽しそうだ。
「チャミーはどう思う?」
『文章からは、広い敷地を柵で囲い、内部に多数の何かが存在している状況が読み取れます。ただし、現時点で施設の用途は特定できません』
チャミーの分析も、監獄という推測を裏付けるものではなかった。ならば、別の可能性を考えるべきなのだろうが、俺にはそれらしい場所が思い浮かばない。
「うーん……。やっぱり監獄くらいしか思いつかないんだけど……」
「じゃあ、監獄で決まりじゃない!」
「いや、そう簡単に決めていいのか? わざわざ暗号局長が出してきた問題なんだろ?」
「何よ。自分で監獄って言ったくせに!」
「候補として言っただけだって!」
コメリアは納得していない様子だったが、フォールは俺の言葉に興味を示したらしく、机の上の紙を指で軽く叩いた。
「クニタカ君の言うことにも一理ありますねえ。あの方が、ただ見たままの答えを求める問題を出すとも思えませんし」
フォールは冒頭の一文へ視線を戻した。
「まず、『見渡す限りの地平線』とありますねえ。ずいぶん開けた場所のようですが……」
「でも、柵で囲まれてるんでしょ? だったら外は見えないんじゃないの?」
「柵の高さや形にもよるでしょうねえ。それに、広い敷地を囲っているのなら、中から遠くまで見渡せることもあるでしょう」
「……監獄にしては、ずいぶん広そうですね」
俺はもう一度、問題文を目で追った。木製の遮蔽物、鉄条網、泥と糞尿の匂い。監獄という先入観を捨ててみると、妙に気になる箇所がある。
何百という視線。
……そういえば、これって誰の視線なんだ?
「フォールさん、ちょっといいですか?」
「はい、何でしょう?」
「ここに何百もの視線があるって書いてますけど、別に人間がいるとは書いてないですよね?」
「おや……」
フォールが紙へ目を落とすと、コメリアも横から覗き込んだ。
「えっ? でも、視線って……あっ、そうか。人間じゃなくても目はあるわよね!」
『そのとおりです。本文中に、視線の主が人間であるという記述はありません』
「しかも、最後にあるのは悲鳴みたいな咆哮だし……これ、人間じゃなくて動物がいる場所なんじゃ?」
「動物……。あっ、じゃあ猛獣とか!?」
「何でいきなり猛獣なんだよ!」
「だって、怖い声がするんでしょ!? そんなのが何百匹もいたら怖いじゃない!」
「……まあ、それは確かに怖いけどさ」
コメリアの想像に呆れつつも、言われてみれば否定する材料もない。俺が返事に詰まっていると、フォールがくすりと笑った。
「ははは。なかなか賑やかな場所になりそうですねえ」
「いや、笑い事じゃないですよ。そんな場所が本当にあったら、近づきたくもないですって」
フォールはそれ以上何も言わず、楽しそうに紙へ視線を戻した。
俺もつられて問題文を読み直す。何百もの視線。悲鳴のような咆哮。そして、泥と糞尿の匂い。
……そうか。何も人間や猛獣を閉じ込めている必要はない。
柵で囲まれた広い土地に、たくさんの動物がいる場所。しかも、そんな場所の話をついさっき聞いたばかりじゃないか。
「……牧場?」
「えっ! 牧場!?」
コメリアが目を丸くする一方で、フォールは満足そうに頷いた。
「ははは。私も、その可能性が高いと思いますよ」
「いやいや、ちょっと待ってください! これ、牧場の説明なんですか!?」
「そう考えれば、書かれている内容にも無理はなさそうですねえ」
俺は問題文を改めて見直した。木製の柵も鉄条網も、家畜を囲っているものだと考えればおかしくない。何百もの視線は牛や馬、咆哮は鳴き声。泥や糞尿の匂いに至っては、むしろ牧場らしい特徴とも言える。
……確かに全部つながる。つながるんだけどさ。
「何で牧場をこんな恐ろしい場所みたいに書くんですかね!?」
「それが問題だからでしょ?」
「いや、そうなんだけど! もうちょっと書き方ってものがあるだろ!」
「ははは。普通に説明してしまったら、すぐに答えが分かってしまいますからねえ」
何だか釈然としない。最初は監獄にしか見えなかった文章が、牧場だと分かった途端、まるで違う光景に思えてくるのだから不思議なものだ。
「でも、パパ。牧場って分かったところで、どうするの?」
「いや、ちょっと待てよ。そもそも、この問題を出したのって隣町の牧場のおじいちゃんだろ?」
「そうよ? それがどうしたの?」
「だったら、答えはそのおじいちゃんの牧場に来いってことじゃないのか?」
「あっ! そういうこと!?」
コメリアがぱっと顔を上げた。フォールも感心したように頷いている。
「ははは。なるほど。確かに、それなら話がつながりますねえ」
「もう! それなら最初から遊びに来いって言えばいいのに!」
「いや、ほんとそれな!」
「ははは。あの方らしいと言えば、あの方らしいですねえ」
フォールは楽しそうに笑ったが、俺としては少々複雑だ。元暗号局長がわざわざ三枚も問題を用意して、最初の答えが自分の牧場への招待とは……。ずいぶんと回りくどいことをするものだ。
「じゃあ、さっそく行ってみる?」
「いやいや、まだ二枚残ってるだろ。行ったところで何をすればいいのか分からないぞ」
「あっ、そうだった!」
「そうですねえ。まずは残りの問題も解いてからにしましょうか。何か別の指示が隠されているかもしれませんし」
机の上には、馬に乗った人物の絵と、英文に数字が並んだ紙が残っている。出題者がわざわざ三枚用意した以上、残りもただのおまけというわけではないだろう。
フォールは一枚目を机の端に寄せ、今度は馬に乗った人物の絵が描かれた紙を手に取った。
「さて、次はこちらですねえ」
「よーし! 今度こそ、あたしが先に解いてみせるんだから!」
「おっ、やる気だな」
「当たり前でしょ! さっきはクニタカに先を越されたんだから!」
コメリアは勢いよく身を乗り出し、二枚目の紙を覗き込んだ。
「……で、何で馬なのよ?」
「いや、それはこっちが聞きたいよ……」
どうやら、次の問題も一筋縄ではいかなさそうだ。




