暗号局長の秘密文書
※本作における言語・文字表記について
本作は推理小説の形式を採用しており、物語の進行上、暗号解読などで文字や単語の仕組みを利用する場面があります。
そのため、本作に登場する異世界の文字・文法・単語については、現実の英語およびアルファベットに酷似した体系として扱います。
異世界独自の言語体系を設定することも検討しましたが、読者の皆様が登場人物と同じ条件で謎解きに参加できることを優先し、この形式を採用しました。
物語上の表現として、ご理解いただけますと幸いです。
農園には、今日ものどかな風が吹いていた。
畑に並ぶ青々とした野菜の間で、収穫したばかりの作物を籠に詰めていた老人が、聞き慣れた声に顔を上げた。
「おじいちゃーん!」
「おお、メリアちゃんか! ほっほっほっ! よう来たのう!」
「こんにちは! 今日は野菜をもらいに来たの!」
「うむうむ。ちょうど今朝採れたばかりのものがあるぞい。ほれ、見てみい」
「わあ、おいしそう! これ、もらっていいの?」
「もちろんじゃとも。こっちの野菜も持っていくがよい」
「ありがと、おじいちゃん! パパも喜ぶわ!」
コメリアが嬉しそうに野菜を籠へ詰めていると、老人は何かを思い出したように手を打った。
「おお、そうじゃ! メリアちゃん、ちょっと待っておくれ」
「ん? どうしたの?」
「実はのう、ちょいと妙なものをもらってな。フォールなら、この問題が解けるかのう?」
老人が取り出したのは三枚の紙だった。コメリアは野菜の籠を脇に置いて受け取ると、さっそく一枚目に目を通す。
「……何これ? 何だか怖いことが書いてあるんだけど」
「ほっほっほっ! わしも最初は何事かと思ったわい」
「これ、本当に問題なの?」
「そう聞いておるんじゃがのう」
続けて二枚目を見ると、今度は馬に乗った人物の絵が描かれていた。
「こっちは絵? ……何で馬の絵?」
「さて、どうしてじゃろうのう」
「おじいちゃん、知ってて言ってるでしょ!」
「いやいや、わしにもさっぱりじゃ。ほっほっほっ!」
「もう! 笑ってごまかさないでよ!」
三枚目には短い文と、その下に数字が並んでいた。コメリアは紙を傾けたり、裏返したりしてみたものの、何も変わるはずがない。
「……今度は数字? 何なのよ、これ。さっきから、まともな問題が一つもないじゃない!」
「ほっほっほっ! 実はわしにも、さっぱり分からんのじゃよ」
「えっ、おじいちゃんにも分からないの?」
「うむ。こういう頭をひねる問題は、どうにも苦手でのう。じゃから、フォールに見せてやろうと思ったんじゃ」
「なーんだ! そういうこと! ……で、これって誰からもらったの?」
「隣町の牧場のくそじじいじゃよ。ちょっとした因縁でのう」
「……くそじじいって。おじいちゃん、その人と仲悪いの?」
「ほっほっほっ! まあ、長い付き合いじゃからのう」
「それ、答えになってないわよ!」
コメリアは呆れながらも三枚の紙を重ね、野菜の籠と一緒に抱えた。
「まあいいわ。パパならこういうの好きそうだし、持って帰ってみる!」
「うむうむ。よろしく頼むぞい」
「じゃあ、おじいちゃん、またね!」
「気をつけて帰るんじゃぞー!」
老人に見送られ、コメリアは農園を後にした。
◇ ◇ ◇
「ただいまー!」
探偵事務所の扉が開き、コメリアが大きな籠を抱えて入ってきた。
「おかえりなさい、メリア。野菜はもらえましたか?」
「もちろん! 見て、こんなにたくさん!」
「おお、相変わらず立派な野菜ですねえ」
フォールが籠を覗き込むと、コメリアは得意げに胸を張った。
「それでね、パパ。今日は野菜のほかにも、変なものをもらってきたの」
「変なもの、ですか?」
「そうなの。おじいちゃんが『フォールならこの問題が解けるかのう』って言って、三枚の紙を渡してきたのよ」
コメリアは籠を置くと、取り出した紙を机の上に並べた。
「ほら、見て。何だか変な問題ばっかりなのよ」
「ほう……。問題ですか。それは面白そうですねえ」
「なぞなぞみたいなものですか?」
「さあ? 読んでみたけど、何だか変なのよ。ほら、クニタカも見てみなさいよ」
促されるまま三枚の紙に目を通してみたが、一枚目は監獄か何かを思わせる物騒な文章。二枚目には、なぜか馬に乗った人物の絵が描かれている。しかも三枚目は英文と数字の羅列だ。
……何だこれ。問題の形式すら統一されてないぞ。
「……何ですか、これ。三枚とも全然違う問題じゃないですか」
「だから変だって言ったでしょ? おじいちゃんも分からないから、パパに見せてほしいんだって」
「ははは。それは光栄ですねえ。なかなか面白そうな問題じゃありませんか」
「フォールさん、まだ何も分かってないのに楽しそうですね……」
「ははは。こういうものは、考えるところから楽しいんですよ」
フォールは三枚の紙を改めて手元に引き寄せ、興味深そうに眺め始めた。俺にはさっぱりだが、どうやらフォールにとっては格好の暇つぶしらしい。
「あっ、そうだ、パパ。おじいちゃんに誰からもらったのか聞いたんだけど、隣町の牧場のおじいちゃんからだって」
「うわ……あの人ですか……。これはまた……」
フォールが珍しく、何とも言えない顔をした。
「えっ、パパ知ってるの?」
「ええ……。これがねえ、農園のおじいさんと同じく元軍の方でして。なんでも、諜報機関の暗号局局長だったとか……」
「ぶっ!! ちょっ、待ってください!!」
思わず吹き出した俺に、コメリアがびくっと肩を揺らした。
「何よ、急に! びっくりするじゃない!」
「いやいやいや! ちょっと待って! 農園のおじいちゃんが元特殊工作部隊の部隊長で、今度は牧場のおじいちゃんが元暗号局局長!? 何なんですか、この辺の農業従事者は!!」
「ははは。皆さん、引退後はのんびり暮らしたいのでしょうねえ」
「経歴が全然のんびりしてないんですよ!!」
『元軍関係者が引退後に農業へ従事すること自体は、不自然ではありません』
「チャミー! そういう話じゃない!!」
「もう、クニタカったら。おじいちゃんたちに失礼でしょ!」
「いや、別に悪く言ってるわけじゃなくてですね!? 何でそんな人たちが揃いも揃って畑や牧場をやってるのかって話で!」
「だから、引退したからでしょ?」
「そうなんだけど! そうなんだけどさあ!」
コメリアは俺の反応がよほどおかしかったのか、くすくす笑い始めた。フォールまで口元を緩めている。
「しかし……あの方の問題となると、なかなか手強そうですねえ」
フォールは改めて机の上の三枚へ視線を落とした。
「パパでも?」
「ははは。さて、どうでしょうねえ。暗号局の局長を務めた方ですから、そう簡単にはいかないかもしれませんね」
「えーっ! パパならすぐ解けると思ったのに!」
「メリア、まだ何も始めていませんよ」
「だったら、早く始めましょ! せっかく持ってきたんだし!」
「そうですねえ。まずは一枚ずつ、何が書かれているのか整理してみましょうか」
「……やっぱり、そこからですよね」
「ええ。急いで答えを出そうとしても、見落としがあってはいけませんからねえ」
「よーし! じゃあ、みんなで考えましょ!」
コメリアが勢いよく椅子を引き、フォールの隣に腰を下ろした。俺も机の上に視線を戻したものの、三枚の紙は相変わらず何を言いたいのか分からない。
野菜をもらいに行っただけのはずが、どうして元暗号局局長の問題を解くことになっているんだろう。
しかも、持ってきたのは元特殊工作部隊の部隊長を務めたおじいちゃんだ。
……この辺の農家、一体どうなってるんだよ。




