答え合わせ
ジャンを伴って再びローズの家を訪ねると、扉を開けた彼女は俺たちの顔を見回し、最後にジャンのところで視線を止めた。
「あら、皆さん。ジャン先生まで……。もしかして、メリーに何か?」
「いえ、何かあったわけではないんです。ですが、少し気になることを聞きましてね。突然で申し訳ありませんが、お時間をいただけますか?」
「もちろんです。さあ、どうぞ」
ローズは俺たちを居間へ通したものの、ジャンが椅子に腰を下ろすまで、落ち着かない様子でその顔を見ていた。
「先生、気になることというのは……やっぱり、夜中のことでしょうか?」
「ええ。ローズさん、メリーさんが夜中に出歩いているとき、いつもどうされているんですか?」
「どう、と言われましても……。あんな様子で歩かせておくのは心配ですから、声を掛けて休ませていますけど……」
ローズは困ったように答えた。ジャンがさらに尋ねようとしたところで、フォールがそっと口を挟む。
「ローズさん。先ほどのお話で、一つだけ確かめたいことがあるんです。メリーさんを『あの子の部屋』へ入れてあげるとおっしゃっていましたよね?」
「ええ」
「あれは、どちらのお部屋でしょう?」
「どちらって……うちに用意してある部屋ですけど?」
ローズはきょとんとした顔をした。
やっぱり。
フォールは俺と目を合わせると、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「なるほど。もしよろしければ、そのお部屋を見せていただけませんか?」
「ええ、構いませんよ。……でも、どうして?」
「それは、お部屋を拝見してからお話ししましょう」
案内されたのは、居間から廊下を進んだ先の一室だった。
扉が開いた途端、思わず足が止まる。寝台に小さな棚、その置かれた位置まで、先ほど訪ねたメリーの部屋によく似ていた。
「……本当にそっくりだな」
「でしょう?」
ローズは少し照れたように笑い、寝台の端に手を添えた。
「いつか、あの子が一緒に暮らしてくれたらと思って。知らない部屋では落ち着かないでしょうから、できるだけ同じようにしたんです」
「ここまで揃えられたんですか。メリーさんには、もう見せていらっしゃるんでしょうか?」
ジャンが尋ねると、ローズは首を横に振った。
「いいえ。勝手に用意したなんて知ったら、あの子、きっと気を遣ってしまいますから……」
そう言って、きれいに整えられた寝台を見つめた。
「夜中に見かけたときも、ここで休むように言うだけなんです。変に話しかけて、驚かせてもいけないと思って」
「それで、二、三時間ほどすると、また外へ出てくるんですね?」
「ええ。そうしたら今度は、あの子の家に戻るように言っています。心配なときは、家の前まで一緒に行きますけど……先生、私のしていること、何かいけなかったでしょうか?」
ローズの声が小さくなった。
「いえ。むしろ、夜中に一人で歩かせずにいてくださったことは、ありがたいと思っています。ただ、そのときのメリーさんの状態は、一度きちんと確認しなくてはいけませんね」
ジャンの返事を聞いて、ローズは少しだけ肩の力を抜いた。
これで「あの子の部屋」と「あの子の家」の違いは確かめられた。あとは、食事を見た場所だ。
「ローズさん、夜中にメリーさんがこちらにいる間、キッチンへ行くことはありますか?」
「キッチン? ええ、ありますよ。部屋から出てきたときに、そちらへ歩いていくこともありますけど……」
「そのとき、テーブルにはスープとパンが?」
「ええ、いつも用意していますけど……それが何か?」
ローズは不思議そうに首を傾げた。
「実は、メリーさんから少し変わったお話を聞いていましてね」
フォールが口を開いた。
「夜中に目を覚ますと、家のテーブルに食事が用意されている。ところが、翌朝になると跡形もなく消えているそうなんです」
「まあ……そんなことが?」
ローズは驚いた様子で目を見開いた。
「それで、私たちも不思議に思って調べていたんですが……」
フォールが俺に目を向けたので、その先を引き取った。
「たぶん、メリーさんが見たのは、ローズさんの家にあった食事なんです」
「うちの……?」
「はい。夜中は意識がはっきりしていなかった可能性がありますし、お互いの家もよく似ていますから。自分の家にいると思い込んでいたのかもしれません」
ローズはしばらく俺たちの顔を見回していたが、やがて小さく息を吐いた。
「そうだったんですね……。私、あの子がそんなふうに思っていたなんて、全然……」
「でも、ローズさん!」
コメリアが身を乗り出した。
「メリーさんが心配だったから、お部屋に入れてあげてたんでしょう? それに、食事だって、いつ来てもいいように用意してたんですよね?」
「ええ。それは、もちろん……」
「だったら、ちゃんと話してあげましょうよ。メリーさん、きっと知らないんですよ。ローズさんがどれだけ心配してるか」
ローズは困ったように微笑んだ。
「そうできたらいいんですけどね。あの子、私が何かしようとすると、すぐに遠慮してしまうから……」
「だからって、何も言わないままじゃ伝わらないじゃないですか!」
「メリア」
フォールが穏やかに声を掛けると、コメリアは口をつぐんだ。それでも、ローズを見つめる目は真剣なままだ。
「……ごめんなさい。でも、私、もったいないと思うんです」
「いいえ。ありがとう、コメリアさん」
ローズはそう答えたものの、まだ何か言いかけているようだった。
その様子を見て、ジャンが静かに口を開いた。
「ローズさん。私からも、お話ししておきたいことがあります」
「はい……」
「メリーさんのことを、これから一緒に考えていただけませんか?」
ローズが顔を上げた。
「……私で、いいんですか?」
「もちろんです。むしろ、お願いしたいんですよ。私は診察であの子の状態を確認できますが、普段の暮らしまで見てあげることはできませんから」
「そんな……先生にお願いされるようなことじゃありません。あの子のためなら、私……」
勢いよく答えかけたローズは、途中で言葉を飲み込んだ。
「……でも、メリーが嫌がったら、どうしましょう」
「そのときは、無理をしないことです。私も、あの子が何を望んでいるのか、もう少し話を聞いてみようと思っています」
「そう、ですね……」
ローズは何度か頷いたあと、ジャンに向き直った。
「先生。私、あの子に元気になってほしいんです。前みたいに笑って、好きなものを食べて……。でも、何かしてあげようとするたびに、かえって困らせてしまう気がして」
「ええ。私も、どうすればいいのか迷うことがあります。ですから、一人で抱えずに相談してください」
ジャンがそう言うと、ローズはようやく小さく笑った。
「……ありがとうございます。私でできることなら、何でも言ってください」
「よかった!」
コメリアが嬉しそうに声を上げる。
「ほら、パパ! やっぱり来てよかったじゃない!」
「ははは。そうですね、メリア」
フォールは娘の勢いに苦笑しながらも、満足そうだった。
その後、俺たちは居間へ戻り、ジャンとローズが今後のことを相談するのを聞いていた。夜中の行動についてはジャンが改めて確認し、食事のこともメリーの様子を見ながら進める。ローズも、できるだけ力になりたいと何度も頷いていた。
話が一段落したところで、ローズが何かを思い出したように立ち上がった。
「そうだわ、先生。せっかくですから、ちょっと見ていただきたいものがあるんです」
「何でしょう?」
「メリーのために作っているスープなんですけど……。これでいいのか、ずっと気になっていて」
案内されたキッチンでローズが鍋の蓋を開けると、野菜や肉など、いろいろな具がたっぷり入ったスープが現れた。
「少しでも栄養を取ってほしくて、いろいろ入れてみたんです。あの子、昔はこういうものも好きだったんですよ」
ローズは鍋を覗き込み、少し寂しそうに笑った。
確かに、おいしそうだ。これにパンでも添えれば、俺なら喜んで食べるだろう。
……俺なら、だけど。
「クニタカ、どうかしたの?」
「いや、ちょっと気になってさ」
コメリアにそう答えると、ローズが不安そうにこちらを見た。
「何か、よくないものでも入っていましたか?」
「あっ、いえ! そういうことじゃないんです。ただ……」
俺はもう一度、鍋の中を覗き込んだ。
具はどれもしっかり煮込まれているようだが、大きさはまちまちだ。普通に食事ができる人なら問題ないだろうけど、今のメリーには、これを食べるだけでも大変なんじゃないだろうか。
せっかくローズが作ってくれたものだ。何か、もう少し食べやすくできないかな。
「……ローズさん。ちょっと、試してみたいことがあるんですけど」
「試してみたいこと、ですか?」
「はい。このスープ、少し手を加えてもいいですか?」
ローズは目を丸くした。
「ええ、もちろん構いませんけど……」
「クニタカ、何するつもり?」
コメリアが横から覗き込んでくる。
「まあ、ちょっとした料理だよ」
「……料理? クニタカが?」
「なんだよ、その反応」
「だって、料理なんてできるの?」
「少しくらいはできるって!」
俺が言い返すと、コメリアはますます面白そうな顔になった。
「へえー! じゃあ、お手並み拝見ね!」
……完全に見世物扱いだな、これ。
ローズに目を向けると、彼女は鍋と俺を交互に見て、少し笑った。
「それなら、ぜひお願いします。私にもできることがあれば、お手伝いしますから」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと台所をお借りしますね」
俺は袖をまくり、改めて鍋の前に立った。
さて。
久しぶりに、料理でもしてみるか。




