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異世界に転移したので、相棒のAIと謎解きを始めます~AI探偵の異世界迷推理~  作者: 土瓶蒸しの謎
第四幕

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わずかな勘違い


 ローズの家を後にした俺たちは、ジャンの医院を訪れた。


「おお、皆さん。お越しになりましたか。それで、メリーさんの様子はどうでした?」


 診察室へ通されるなり、ジャンが待ちかねたように尋ねてきた。フォールは椅子に腰を下ろしながら、穏やかに答えた。


「メリーさんにもローズさんにもお会いできましたよ。少し気になるお話も聞けましてね」


「気になる話、ですか?」


「ええ。クニタカ君が、何か思い当たることがあるようなんです」


 そう言って、フォールがこちらへ顔を向けた。


 ……やっぱり俺に振るのか。


「ええと、まず確認したいんですけど、先生はメリーさんが夜中に部屋を出ていることをご存じでしたか?」


「夜中に? いえ、初めて聞きました。あの子が一人で出歩いているんですか?」


 ジャンの表情が変わった。


「ローズさんが何度か見かけているそうです。ただ、普通に起きて歩いている感じじゃなかったらしくて……」


 俺はローズから聞いた話を説明した。メリーが夜中にぼんやりした様子で部屋を出ること、声を掛ければ返事はするものの、はっきり目覚めているようには見えないこと。そして、二、三時間ほどすると再び外へ出ること。


 ジャンは途中で何度か質問を挟み、最後には腕を組んで考え込んでしまった。


「それは……心配ですね。夜中にそんな状態で出歩いていたとは」


「はい。それで俺、もしかしたら睡眠中の行動なんじゃないかと思ったんです」


「睡眠中、ですか?」


「俺のいた世界には、眠っている途中で起き上がって歩いたり、声を掛けられても意識がはっきりしなかったりする症状が知られています。睡眠時遊行症っていうんですけど……」


 そこまで話して、俺は言葉を止めた。大学で学んだ知識はあるものの、メリーを診察したわけでもない俺が、病名を決めつけるわけにはいかない。


「もちろん、そうだと断定はできません。ただ、本人が夜中の行動を覚えていない可能性はあると思うんです」


「なるほど……。それなら、メリーさん自身に尋ねても分からないかもしれませんね」


「はい。チャミー、ローズさんの証言を確認してくれるか?」


『はい、都尊さん。ローズさんは、メリーさんが夜間にぼんやりした様子で出歩き、声を掛けると反応はあるものの、普段とは様子が異なると話しています』


「ありがとう。やっぱり、そこが気になるんだよな」


『ただし、睡眠に関連する行動かどうかは、現在の情報だけでは判断できません』


「分かってるって。だから先生に相談してるんだろ」


「ふふっ。クニタカ、チャミーに注意されてるみたい」


 隣でコメリアが笑うと、フォールも口元を緩めた。ジャンだけが不思議そうに俺たちを見ている。


「……クニタカ君?」


「あっ、すみません。とにかく、夜中のことは先生にも確認していただきたいんです」


「ええ。ローズさんからも詳しくお話を伺いましょう」


 ジャンはそう答えたあと、ふと顔を上げた。


「ところで、その話は例の食事とも関係があるんでしょうか?」


「そこなんですよ、先生」


 フォールが口を開いた。


「ローズさんは、今もメリーさんのために食事を用意していらっしゃるそうです。ただし、メリーさんのお宅ではなく、ご自分のお宅で、ですが」


「ローズさんのお宅で?」


「ええ。以前は届けようとしたこともあったそうですが、メリーさんに遠慮されてしまったようでして。それでも、いつ来ても食べられるようにと、用意していらっしゃるんです」


 ジャンは少し目を伏せた。


「そうですか……。あの子は昔から、人に迷惑を掛けることを気にするところがありましたからね」


「それと、もう一つ。メリーさんのお部屋とローズさんのお部屋は、驚くほどよく似ているんですよ。同じ建物で間取りも同じですし、家具の配置まで似ていましてね」


「そうなんですか。しかし、それが食事と……」


 ジャンはそこで言葉を止めた。何か思い当たったらしい。


「先生、もしメリーさんが夜中に見た食事が、ローズさんの家にあったものだとしたらどうでしょう?」


 俺が尋ねると、ジャンは目を見開いた。


「……つまり、あの子は夜中にローズさんの家にいた?」


「その可能性があると思います」


「ですが、なぜそんなところに? それに、いくら似ていても自分の家ではないと気づきそうなものですが……」


 当然の疑問だ。俺も最初はそこが引っかかっていた。


「チャミー、今分かっていることを整理してくれないか?」


『はい。メリーさんは夜間、意識がはっきりしない様子で自室を出ています。一方、ローズさんはその際、メリーさんに声を掛けて部屋へ入るよう促していると証言しています』


「そう。メリーさんが自分からローズさんを訪ねたんじゃなくて、ローズさんが心配して声を掛けたんだよな」


『その解釈であれば、メリーさんがローズさんの住居にいた理由を説明できる可能性があります』


 ジャンにはチャミーの声が聞こえない。俺は話を引き取った。


「ローズさんは、夜中に出歩くメリーさんを心配して、部屋へ入るよう声を掛けていたそうです。だから、本人がどこかへ行こうと思っていたとは限らないんです」


「なるほど……。それなら、ローズさんがご自分の家へ招き入れたということも考えられますね」


「ええ。それに、はっきり目が覚めていない状態なら、似た部屋を自分の家だと思い込むこともあるんじゃないかと」


 ジャンはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく頷いた。


「確かに、それなら夜中に食事を見たという話も説明できますね。ただ、翌朝には自分の家にいたんでしょう?」


「そこなんですが、ローズさんのお話に気になる言葉がありましてね」


 フォールが口を挟んだ。


「最初にメリーさんを見かけたときは『あの子の部屋』へ入ってもらう。そして、二、三時間ほどして再び出てきたときは『あの子の家』へ入ってもらう、とおっしゃっていたんです」


「部屋と……家?」


「ええ。最初は同じ場所を指していると思ったんですが、そうとは限りませんよね」


 ジャンは腕を組み、しばらく視線を落としていた。


「……もしかして、ローズさんのお宅にもメリーさんの部屋があるんでしょうか?」


「それは、まだ確認できていません。ただ、ローズさんはメリーさんを養子に迎えたいと考えていらっしゃるそうですから、部屋を用意されていても不思議ではありませんね」


「そうでしたか……。だとすると、最初はローズさんの家で休ませて、その後、自分の家へ戻るよう促していた……」


「ええ。そう考えれば、食事が消えた理由にも説明がつきます」


 俺が答えると、ジャンはゆっくりと息を吐いた。


「食事が消えたのではなく、メリーさんがいた場所が違っていた……。なるほど、そういうことでしたか」


「ただ、まだ分からないこともあります」


 俺は続けた。


「ローズさんが実際にどの部屋へ案内していたのか。それに、メリーさんがいつ、どうやって自分の家へ戻ったのかも、確かめないと」


「ええ。そこはローズさんに直接伺いましょう」


 ジャンは頷いたものの、その表情は晴れなかった。


「しかし……仮に謎が解けたとしても、あの子が食事を取れないことに変わりはありませんね」


 その言葉に、俺も頷いた。食事が消えた理由を説明できても、メリーが母親を亡くして以来、食事を避けるようになったことまで解決したわけじゃない。


「そこは先生にお願いしたいんです。夜中のこともありますし、今の身体の状態を改めて診ていただければ……」


「もちろんです。ただ、食事のことは慎重に進めなくてはいけませんし、私が毎日あの子に付き添うわけにもいきませんからね……」


「だったら、ローズさんにお願いすればいいじゃないですか!」


 コメリアが勢いよく口を開いた。


「ローズさんに、ですか?」


「ええ! あの人、メリーさんのことを本当に大切に思ってるんですよ。食事だって、来てくれるかもしれないって用意してるんですから」


 ジャンが何か言おうとしたが、コメリアはそのまま続けた。


「それに、養子に迎えて本当の家族になれたらって、そこまで考えてるんです。でも、メリーさんが遠慮するから、あまり強く言えないみたいで……」


 そこで少し声を落とした。


「私、ローズさんの話を聞いてて、何だかもどかしくなっちゃいました。あんなに心配してるのに、うまく伝わらないなんて」


 ジャンは黙って聞いていたが、やがて小さく頷いた。


「……そうでしたか。ローズさんが、そこまで考えていらっしゃったとは」


「だから、先生から相談してあげたらどうですか? ローズさんなら、きっと力になってくれると思います」


「メリアの言うとおりですね」


 フォールも穏やかに頷いた。


「ローズさんには、先生にも一度お越しいただいてはどうかとお話ししてあります。ぜひお願いしたいとのことでしたよ」


「それなら、なおさらお会いしなくてはいけませんね」


 ジャンは少し考えてから、顔を上げた。


「私も、あの子に無理をさせたくない一心で、慎重になりすぎていたのかもしれません。ローズさんと協力できれば、できることも増えるでしょう」


「そうですよ!」


 コメリアが嬉しそうに頷いたあと、ふと思い出したように付け加えた。


「でも、メリーさんの気持ちも、ちゃんと聞いてあげてくださいね」


「ええ。もちろんです。まずはローズさんにお会いして、夜中のことを確かめましょう。そのうえで、今後のことも相談したいと思います」


 ジャンが立ち上がると、フォールも席を立った。


「皆さん、ありがとうございました。おかげで、私の知らなかったメリーさんの様子を知ることができました」


「いえいえ。まだ分からないこともありますからね。私たちも最後までお付き合いしますよ」


 フォールがそう答えると、コメリアも勢いよく立ち上がった。


「さあ、クニタカ! 私たちも行くわよ!」


「……えっ、俺たちも?」


「当たり前でしょ! ここまで調べたんだから、最後まで確かめないと!」


 いや、まあ、それはそうなんだけど。


 フォールに目を向けると、案の定、楽しそうに笑っている。


「ははは。メリアの言うとおりですよ、クニタカ君。私も、あの言葉の意味を確かめておきたいですからね」


『都尊さん。現時点では、ローズさんの発言について複数の解釈が可能です。直接確認することを推奨します』


「……分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」


「もう、最初からそう言えばいいのに!」


 コメリアは満足そうに笑うと、フォールの後を追って診察室を出ていった。


 まったく、親子そろって行動が早いんだから。


 俺は小さく息を吐き、ジャンと一緒に二人の後を追った。


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