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異世界に転移したので、相棒のAIと謎解きを始めます~AI探偵の異世界迷推理~  作者: 土瓶蒸しの謎
第四幕

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メリー・フェリアの証言


「それでは、今日のところは私の医院まで来ていただけますか?」


 依頼の話がまとまったところで、ジャンがそんなことを言い出した。


「医院ですか?」


「ええ。実は今日、メリーが診察に来る予定なんですよ。もちろん、彼女が話をしてくれるなら、ということになりますがね」


「おや、そうでしたか。それはちょうどよかったですねえ」


「いやあ、診察の前に一度フォールに相談しておきたかったものだから。急な話になってしまって、申し訳ない」


 なるほど。メリーの診察があるから、その前にわざわざ事務所まで来たわけか。


「パパ、どうするの? 今日はまだ仕事が残ってるけど」


「ははは。依頼人のご相談とあれば、そちらを優先しませんとねえ」


「……帰ってきたら、ちゃんと続きやってもらうからね」


「もちろんですよ、メリア」


 フォールはにこやかに答えているが、コメリアの目はまったく笑っていない。


 まあ、俺も帰ってきたら書類仕事の続きだろうし、あまり他人事じゃないんだけどな。


 こうして俺たちは、ジャンの医院へ向かうことになった。


        ◇


 医院に着くと、ジャンは俺たちを待合室に案内し、診察の準備に戻っていった。


 メリーが訪れたのは、それからしばらくしてのことだった。ジャンは一度こちらに顔を見せ、本人に話してみると言って診察室へ戻っていった。


「ねえ、パパ。メリーさん、話してくれるかしら?」


「どうでしょうねえ。ジャン先生からのお願いとはいえ、初めて会う探偵に生活のことを聞かれるわけですから」


「そうよね……。私だったら、ちょっと嫌かも」


「そのときは仕方ありませんねえ。無理にお話を伺うわけにもいきませんから」


 コメリアは「そうね」と頷いたものの、診察室の方を何度も気にしていた。


 やがてジャンが戻ってくると、俺たちを見てほっとしたように笑った。


「お待たせしたね。メリーに話してみたところ、会ってもいいと言ってくれたよ。ただ、あまり長い時間は……」


「ええ、分かっていますよ。ご本人の負担にならないようにしましょう」


「ありがとう。そうしてもらえると助かる」


 ジャンに案内されて診察室へ入ると、若い女性が椅子に腰掛けていた。年齢は俺と同じくらいだろうか。こちらに気づくと少し戸惑った表情を見せたが、ジャンが声をかけると、きちんと姿勢を正した。


「メリー、こちらがフォールだよ。以前から何度か世話になっている探偵さんでね」


「初めまして。フォールと申します。こちらは娘のコメリアと、助手のクニタカ君です」


「初めまして! コメリアよ。よろしくね」


「どうも、クニタカです」


「……メリー・フェリアです。よろしくお願いします」


 メリーは小さく頭を下げた。


「ジャン先生から、少しお話は伺っています。突然で申し訳ありませんが、普段の生活について、いくつかお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「はい。でも……私、何をお話しすればいいのか、よく分からなくて」


「ははは。難しく考えなくても結構ですよ。こちらからお尋ねしますので、答えられることだけお話しください」


 フォールの言葉に、メリーは少し表情を緩めた。


「それにしても、先生。探偵さんにまで相談するなんて……」


「いや、私も君のことが心配でね。もちろん、何か悪いことをしていると思っているわけじゃないんだよ」


「そんなこと、分かってます。先生はいつも心配してくださいますから」


「それならいいんだが……いや、よくはないか。君がもう少し食べられるようになってくれれば、私も安心できるんだけどね」


「……ごめんなさい」


「ああ、違う違う! 謝ってほしいわけじゃないんだよ」


「先生ったら、そんなに慌てなくてもいいじゃない」


 コメリアが思わず口を挟むと、ジャンは困ったように頭をかいた。


「いやあ、どうもいけないね。心配すると、つい余計なことまで言ってしまって」


「ふふっ。いつものことですから」


 メリーも小さく笑い、診察室に漂っていた堅苦しさが少し和らいだ。


 ジャンはどうやら普段からこんな調子らしい。医者として患者を心配するのは当然だろうけど、本人を前にすると少々慌てすぎるところがあるようだ。


「さて、メリーさん。普段はどのようにお過ごしなんでしょう?」


「普段、ですか? そうですね……ほとんど家にいます。あまり出かけることもありませんし」


「お仕事などは?」


「今はしていません。食事もろくに摂れない状態なので、働くのは難しくて……」


「そうでしたか。差し支えなければ、生活の方は大丈夫なんでしょうか?」


「はい。父と母が残してくれた蓄えがあるので、しばらくは大丈夫です。でも、ずっとこのままというわけにもいきませんから……」


 メリーは少し視線を落としたが、すぐに顔を上げた。


「外に出るのも、買い物やこちらの診察に来るくらいで。家にいても、特に何かするわけじゃないんですけどね」


「お一人で暮らしていらっしゃるんですか?」


「はい。叔母が近くに住んでいますけど、普段は一人です」


「ローズさん、でしたね。よくお会いになるんですか?」


「ええ。心配して、いろいろ声をかけてくれるんです。でも……あまり手を煩わせたくなくて」


「どうして? 叔母さんなんでしょう?」


 コメリアが尋ねると、メリーは少し困ったように笑った。


「叔母さんには叔母さんの生活がありますし……。それに、今住んでいる部屋だって、家賃も取らずに貸してくれているんです」


「えっ、そうなの?」


「はい。叔母が今の家の大家なんです。だから、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思って……」


「そっか……。でも、きっとメリーさんのことが心配なのよね」


「ええ。それは分かっているんですけど……」


 コメリアは何か言いかけたものの、メリーの顔を見て口を閉じた。


 身内に頼ることを遠慮する気持ちは、俺にも何となく分かる。まして、家賃まで免除してもらっているとなれば、なおさらだろう。


「ところでメリーさん。ジャン先生から、夜中に食事を見かけることがあると伺ったのですが」


「ああ……あの話ですか」


 メリーは少し恥ずかしそうに笑った。


「変な話ですよね。先生にも、そんなに気にしなくていいって言ったんですけど」


「いえいえ。変だなんてことはありませんよ。よろしければ、もう少し詳しく聞かせてください」


「ええと……夜中に目が覚めたとき、テーブルの上にスープとパンが置いてあることがあるんです」


「誰かが用意してくれたのかしら?」


 コメリアが尋ねると、メリーは首を横に振った。


「それが、分からないんです。朝になると、なくなっていて……」


「なくなってる?」


「はい。でも、夜中には確かにあったんです。テーブルの上にスープとパンが置いてあって……。見間違いなんかじゃありません」


「うん。分かったわ」


 コメリアは素直に頷いたが、俺にはどうにも不思議な話だった。


 夜中に食事が現れて、朝には消えている。しかも、メリー自身は誰が用意したのか分からないという。


「メリーさん、その食事を見かけるようになったのは、最近なんですか?」


「はい。前はそんなことなかったと思うんですけど、最近になって何度か……」


「毎晩というわけではないんですね?」


「ええ。いつもではありません」


「なるほど。では、もう一つ。もし誰かが食事を用意していたとしたら、その方はお部屋に入ったことになりますよねえ。普段、玄関の鍵は掛けていらっしゃいますか?」


「はい。基本的に、家にいるときも鍵は掛けるようにしています」


「そうでしたか。では、食事を見かけた夜はどうだったか、覚えていらっしゃいますか?」


 メリーは少し考えてから、首を横に振った。


「ごめんなさい。夜中のことなので、そこまでは……」


「いえいえ。分からないことを無理に思い出していただく必要はありませんよ」


 フォールは穏やかに答え、それ以上は尋ねなかった。


「メリーさん、今日はお話ししていただいてありがとうございました」


「えっ、もういいんですか?」


「ええ。ひとまず、今日のところは。ただ、もしよろしければ、明日にでもご自宅へお伺いしてみたいのですが、いかがでしょう?」


「明日、ですか? ええ、大丈夫です。あまり片付いていないかもしれませんけど……」


「ははは。お気になさらず。普段のご様子を少し拝見できればと思っているだけですからねえ」


「それでしたら、明日は家にいますので、いつでもどうぞ」


「ありがとうございます。それでは、明日お伺いしますね」


 翌日の訪問を約束したところで聞き取りは終わり、俺たちはジャンとメリーに礼を言って診察室を後にした。


        ◇


「……何だか、気になるわね」


 医院を出たところで、コメリアがぽつりと言った。


「スープとパンのこと?」


「それもだけど……メリーさん、ずいぶん叔母さんに遠慮してたじゃない」


「まあ、いろいろ事情があるみたいだからな」


「分かってるわよ。でも、心配してくれる人にまで、あんなに遠慮しなくてもいいのに……」


「メリーさんなりに、考えてるんだろ」


「そうなんだろうけどさ……」


 コメリアは少し納得のいかない顔をしていたが、それ以上は言わなかった。


「フォールさん、どう思います?」


「そうですねえ。メリーさんのお話だけでは、まだ分からないことが多いですねえ。明日、お部屋を拝見してから考えましょうか」


「やっぱり、夜中の食事が気になりますか?」


「もちろん、それも気になりますが……ジャン先生が心配されているのは、メリーさんの普段の暮らしぶりですからねえ。そちらも忘れてはいけませんよ」


「そうですね」


「それに、叔母様からもお話を伺えれば、何か分かるかもしれませんしねえ」


『都尊さん。メリーさんの証言には、夜間の状況について不明な点が残されています』


「まあ、そうだよな。本人もはっきり覚えてないみたいだし」


「ん? チャミーが何か言ったの?」


「ああ、夜中のことはまだ分からない部分が多いってさ」


「それはそうよね。……ねえ、チャミー。やっぱり寝ぼけてたってこともあるのかしら?」


『可能性はあります。ただし、現時点で判断するには情報が不足しています』


「そっかあ。まあ、そうよね」


 俺も同じようなことを考えていた。ジャンは幻覚の可能性を心配していたけど、今のところはメリーの話しか聞いていない。実際に食事があったのか、それとも別の理由があるのか、まだ何とも言えないだろう。


「ところでパパ、明日はメリーさんのお部屋に行くのよね?」


「ええ。まずはお住まいの様子を拝見しましょう」


「それなら、そのあとローズさんにも会えたらいいわね。同じアパートに住んでるんでしょう?」


「ははは。メリアは気が早いですねえ。お会いできるかどうかは、行ってみないと分かりませんよ」


「分かってるわよ。会えたらって言ったじゃない!」


「おや、そうでしたか」


 フォールは相変わらずの調子だが、コメリアはすっかり呆れた顔になっている。


「もう! それじゃ、今日は事務所に戻りましょうか」


「え、もう?」


「何よ。まだどこか行きたいところでもあるの?」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


「だったら、早く戻らないと。仕事が残ってるんだから!」


 ……ああ、そうだった。


 せっかく新しい依頼が始まったと思ったのに、結局、書類仕事からは逃げられないらしい。


 俺は小さくため息をつきながら、コメリアの後を追った。


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