魔法大戦
農園の奥へ向かっていたレッドリザードが、こちらへ歩み出したコメリアに気づき、足を止めた。
「ふむ? 今度はそなたが相手かのう?」
「そういうこと。ここから先へ行きたいなら、私を突破してもらわないとね」
「ふはははは! よかろう! この大怪盗レッドリザードに挑もうという、その心意気やよし! 存分に相手をしてやるのじゃ!」
「そっちこそ、簡単に通れると思わないでよね!」
コメリアは軽く笑いながら怪盗と向かい合った。普段と変わらない調子だが、その手元にはすでに水が集まり始めている。
……ん? 水?
「ちょ、ちょっと待て、コメリア! まさか、ここで魔法を使って戦うつもりか!?」
「そうだけど? 何か問題ある?」
「問題しかないだろ! 周り全部畑だぞ!?」
「分かってるわよ。だから、ちゃんと考えてるんじゃない」
いや、何をどう考えてるんだ!?
俺の心配などお構いなしに、コメリアは片手を前へ突き出した。手のひらの前に集まっていた水が丸い球体となり、みるみる大きくなっていく。
「それじゃ、いくわよ! ウォーターボール!」
勢いよく放たれた水球が、レッドリザードめがけて一直線に飛んでいった。
「うおおっ!? いきなり撃ったああっ!」
「ふはははは! なかなか威勢がよいではないか!」
怪盗は逃げようともせず、片腕を大きく振るった。
「ウィンドカッター!」
鋭い風の刃が水球を真正面から切り裂き、弾けた水が無数の飛沫となって宙に広がった。
「うわっ! 畑が――!」
思わず身構えた俺の目の前で、水滴がぱらぱらと降り注ぐ。
……あれ?
畑の葉が雨粒を受けたように揺れている。勢いよく飛び散ったはずの水は、いつの間にか細かな水滴となり、周囲の野菜を濡らしていた。
「……何だ? 普通に水が降ってきただけ?」
「いやあ、見事ですねえ」
隣でフォールさんが感心したように頷いている。
「今の風の刃、水球を切り裂くときに威力をうまく調整していましたねえ。あれなら周りの作物も傷つきません」
「……そんなことまで考えてるんですか?」
「ええ。メリアも怪盗さんも、なかなか器用なことをしますねえ」
俺はもう一度畑を見た。確かに、水が落ちた場所には泥が跳ねた様子もなく、作物も傷ついていない。
「ほっほっほっ! よい雨じゃのう!」
老人まで嬉しそうに葉を眺めている。
「いやいや! 雨じゃないですよ! 今、魔法で撃ち合ってるんですよ!?」
「うむ。見ておるぞい」
見てるならもう少し危機感を持ってください!
そんな俺たちのやり取りなど気にも留めず、コメリアは続けざまに水球を二つ、三つと生み出した。
「まだまだいくわよ! ちゃんと受け止めなさいよね!」
「ふはははは! わらわにそのような心配は無用じゃ!」
次々と放たれるウォーターボールに対し、レッドリザードは風の刃を連続して繰り出した。水球が弾けるたびに白い飛沫が宙を舞い、月明かりを受けてきらきらと輝く。
「おおおっ! すげえ! 完全に魔法の撃ち合いだ!」
『都尊さん。双方の攻撃が衝突していますが、周辺の作物に目立った損傷は確認できません』
「そうなんだよな……。あれだけ派手なのに、何で無事なんだ?」
『攻撃の方向および効果範囲を調整している可能性があります』
「いや、そんなことできるのかよ!?」
「クニタカ君、よく見てください」
俺の声が聞こえたらしく、フォールさんが穏やかに声をかけてきた。
「メリアの水球は、畑の方へ飛ばないように撃たれています。それに、怪盗さんも風の刃を必要以上に広げていませんねえ。二人とも、周りへの影響をずいぶん気にしているようです」
「……そこまで気を使いながら戦ってるんですか?」
「ははは。なかなか簡単にできることではありませんよ。しかも、どちらも相手に一歩も譲る気はなさそうですからねえ」
確かに、コメリアの水球はレッドリザードを正確に狙っているし、怪盗の風の刃も無駄な動きがない。あれだけの魔法を撃ち合いながら、畑には傷一つつけていないというのだから驚きだ。
そのとき、レッドリザードが大きくマントを翻した。
「ふむ! なかなかよい腕前じゃ! ならば、今度はこちらからいくぞ!」
怪盗が両腕を広げると、その周囲で風が渦を巻き始めた。マントが大きく膨らみ、足元の土がわずかに舞い上がる。
「ちょっ、今度は何だ!?」
「ふはははは! 受けてみるがよい! ウィンドカッター!」
今度は一つではない。何本もの風の刃が、異なる角度からコメリアへ向かって飛んでいった。
「うわああっ! 今度は連射かよ!?」
しかし、コメリアは慌てなかった。
「そのくらい、正面から受けてあげるわよ! ウォーターウォール!」
彼女が両手を突き出すと、目の前に水が噴き上がり、分厚い壁となって立ちはだかった。
次の瞬間、風の刃が次々と水壁に突き刺さる。
バシャアアアッ!
「おおおおっ!?」
水壁が激しく波打ち、表面から大量の水飛沫が舞い上がった。それでも壁は崩れず、飛び込んできた風の刃を次々と受け止めていく。飛び散った水は風に乗って左右へ広がり、畑の上に細かな雨となって降り注いだ。
「す、すげえ! 全部防いでる!」
「ふはははは! なかなかやるではないか!」
「当然でしょ! このくらいで驚いてもらっちゃ困るわ!」
コメリアはそう言い返すと、両手を横へ広げた。風の刃を受け止めていた水壁が左右に分かれ、その一部が丸い水球となって怪盗へ向かって飛び出していく。
「うおっ!? 防御から反撃!?」
レッドリザードは身体をひねって最初の水球をかわし、続く一発を風の刃で切り裂いた。最後の一発には片手を突き出し、風をぶつけて軌道を変える。
弾かれた水球が宙で弾け、またしても細かな水滴となって畑に降り注いだ。
……ん?
そこで、俺は妙なことに気づいた。コメリアの水球が弾けるたび、飛び散った水が畑に降っているのはさっきから見ていた。だが、よく見ると、水滴が落ちる場所が少しずつ変わっている。
しかも、一度濡れた場所にはあまり重ならず、まだ乾いている辺りへと広がっていた。
「フォールさん……あの、ちょっといいですか?」
「はい、何でしょう?」
「さっきから、魔法がぶつかるたびに畑へ水が降ってますよね?」
「ええ、そうですねえ」
「……これ、もしかして水やりになってません?」
「ははは。よく気づきましたねえ。あの二人、最初からそのつもりでやっているようですよ」
「……ええっ!? 最初から!?」
「ええ。メリアが水を出して、怪盗さんが風で散らす。水の落ちる場所も、うまく調整していますねえ」
俺は思わず畑を見渡した。怪盗が進んできた通路の両側では、葉の上に水滴が光っている。何度も魔法がぶつかっているというのに、作物が倒れたり、土が大きくえぐれたりした様子はない。
つまり、あの二人は本気で戦いながら、同時に畑の水やりまで済ませているらしい。
……何だ、その器用すぎる戦い方。
「ほっほっほっ! これはありがたいのう。今日は水やりの手間が省けそうじゃわい!」
「おじいちゃんまで何言ってるんですか!?」
「なあに、せっかくじゃからのう。あちらの隅の方まで頼みたいところじゃが……」
「注文しないでください!」
思わず突っ込んでしまったが、老人は楽しそうに笑うばかりだった。
その間にも、コメリアとレッドリザードの攻防は続いている。
「どうしたの? さっきから防いでばかりじゃない!」
「ふはははは! 言うではないか! ならば、そなたの守りがどこまで通じるか試してやろうぞ!」
レッドリザードが大きく腕を振ると、鋭い風の刃がコメリアの右側から回り込むように迫った。
「危ない! 横から来たぞ!」
しかし、コメリアは振り向きざまに小さな水壁を作り、その一撃を受け止めた。続いて正面から飛んできた風の刃には、別の水球をぶつけて打ち消してしまう。
「おおっ! 今の、同時に二つ使ったぞ!?」
「いやあ、メリアも上手くなりましたねえ」
フォールさんが目を細めた。
「相手の動きをよく見ていますねえ。大きな水壁を出しっぱなしにするのではなく、必要なところに必要なだけ水を使っている。あれなら、周りの畑にも余計な影響を与えずに済みます」
「……そんなに細かく考えて戦ってるんですか?」
「ええ。もっとも、あの子にしてみれば、当然のことなのかもしれませんねえ」
フォールさんは穏やかに笑っていたが、その目は娘の動きをしっかり追っていた。
俺には飛んでくる風の刃を防ぐだけで精いっぱいに見える。それなのにコメリアは、余裕すら感じさせる表情で次の水球を作り始めていた。
「今度はこっちからいくわよ! しっかりついてきなさい!」
コメリアが腕を振り抜くと、水球が一つ、続けてもう一つ。最初の一発をレッドリザードが切り裂いたところへ、二発目が間髪入れずに迫る。
「ふむっ!」
怪盗は素早く身をかわしたが、コメリアはその動きを見て、さらに水球を放った。
「おおおっ! 今度はコメリアが押してる!」
『都尊さん。現時点では、双方とも有効な攻撃を受けていません。優劣を判断するには情報が不足しています』
「分かってるよ! 実況なんだから少しくらい盛り上げさせてくれ!」
『事実と異なる実況は、状況の誤認につながる可能性があります』
「スポーツ中継に向いてないな、お前!」
そう言い返したところで、再び大きな水音が響いた。
レッドリザードが風の刃で水球を切り裂き、コメリアが飛び散った水の向こうから新たなウォーターボールを放っている。
だが、今度の怪盗は迎え撃たなかった。
「ふはははは! よいぞ、よいぞ! なかなか楽しませてくれるではないか!」
大きく跳び退いて水球をかわすと、レッドリザードは着地と同時にマントを広げた。コメリアも追撃を止め、相手の出方をうかがっている。
「なかなかやるじゃない。ちょっと見直したわ」
「ふはははは! そなたも見事な腕前じゃ! わらわも久方ぶりに楽しませてもらっておるぞ!」
「だったら、もう少し付き合ってもらおうかしら?」
「望むところじゃ!」
二人は楽しそうに笑い合うと、再び魔法を構えた。
……あの、そろそろ終わりにしません?
俺がそんなことを考えている間にも、水球と風の刃が再び飛び交い始める。コメリアが放った水球をレッドリザードが切り裂き、舞い散る水滴が野菜の葉を濡らしていく。
そして、畑にはまたしても、優しい雨が降り注いだ。
……これ、いつまで水やりするつもりなんだ?




