華麗なる突破劇
有刺鉄線網を突破したレッドリザードは、得意げにマントを翻すと、農園の奥へ向かって歩き始めた。
「ふはははは! どうじゃ! わらわにかかれば、この程度の障害など朝飯前なのじゃ!」
相変わらず声がよく響く。さっきの風魔法をまだ使っているのだろうか。本人はすっかり勝ち誇っているようだが、老人の方は腕を組んだまま、愉快そうにその姿を眺めていた。
「ほっほっほっ。元気があって何よりじゃのう」
「いや、あれだけ派手に突破されたのに、随分余裕ですね……」
「なあに、まだまだこれからじゃて」
老人がそう言ったところで、レッドリザードが不意に足を止めた。
その先には畑の間を通る一本道が続いている。見たところ何の変哲もない土の道だが、怪盗は何かを警戒するように足元を見つめていた。
「……ふむ」
先ほどまでの勢いはどこへやら、レッドリザードはしゃがみ込んで地面に顔を近づけた。しばらく何かを確かめていたかと思うと、ゆっくりと立ち上がり、腕を組んで考え込んでいる。
「どうしたんだ?」
『都尊さん。あの通路には何らかの仕掛けが存在する可能性があります』
「仕掛け?」
俺が目を凝らしても、ただの土の道にしか見えない。ところが、レッドリザードは足元の小石を拾い上げると、前方へ向かって軽く放り投げた。
ガチンッ!
「うわっ!?」
乾いた金属音とともに、地面に仕掛けられていたトラばさみが勢いよく閉じた。
「……トラばさみ!?」
よく見ると、同じような仕掛けが道のあちこちに隠されているらしい。これでは、うかつに一歩踏み出すこともできない。
「ほっほっほっ。第二の防壁じゃよ」
「防壁っていうか、これ罠ですよね!? しかも、こんなのをいくつも仕掛けてるんですか!?」
「うむ。なかなかの出来じゃろう?」
いや、褒めてないんですけど!?
俺が思わず老人の顔を見返していると、レッドリザードは再び罠の並ぶ道へ目を向けた。
「ふむ、なるほどのう。では、こんな手はどうじゃ!?」
不敵に笑った怪盗は、その場にしゃがみ込み、地面へ片手をついた。次の瞬間、その手元から白い霜が一気に広がり始めた。
「……え?」
凍結は瞬く間に道の奥へと進み、土も草も、そこに隠されたトラばさみも、まとめて分厚い氷の下へと閉じ込めていく。
「ちょ、ちょっと待て! 道が全部凍ったぞ!?」
『氷結魔法によって、罠の設置された区域全体を凍結させたようです』
「ふはははは! この程度の罠、わらわにかかれば舞台の飾りにすぎぬわ!」
そう言うなり、レッドリザードは氷の上へ滑り出した。
怪盗は片足で氷を蹴り、マントをなびかせながら軽やかに加速していく。途中で優雅に身体をひねり、くるりと一回転。そのまま勢いを落とすことなく、氷の道を駆け抜けていった。
「お、おおおっ!?」
そして、凍りついた区域の終わりが近づいたところで、レッドリザードは大きく踏み切った。
宙に舞い上がった身体が、くるくると回転する。
一回、二回、三回――さらに半回転!
最後は片足で華麗に着地し、両腕を大きく広げてフィニッシュ!
その瞬間、氷結魔法が解除され、凍りついていたトラばさみが一斉に閉じた。
ガガガガガチンッ!!
「ふはははは! どうじゃ! これぞ大怪盗レッドリザードの華麗なる氷上演舞じゃ!」
「トリプルアクセル決めやがったあああっ!?」
思わず叫んでしまった。
いや、確かにすごい! ものすごいんだけど! なんでトラばさみ地獄を突破するのに、フィギュアスケートの演技を見せられてるんだ、俺は!?
『都尊さん。氷結魔法を解除しただけで罠が作動するのは、仕組みを考えても不自然です。凍結によって罠が破損していたのでしょうか?』
「そこは突っ込まずに演出を認めてあげて!」
「いやあ、これはまた見事なものですねえ」
フォールさんが感心したように拍手を送ると、老人も負けじと手を叩いた。
「ほっほっほっ! まさか道ごと凍らせるとはのう! しかも、あのような技まで披露するとは!」
「おじいちゃん、罠を突破されたのに嬉しそうね……」
「うむ! あれくらいやってもらわねば、仕掛けた甲斐がないというものじゃて!」
……この人、本当に怪盗を捕まえるつもりがあるんだろうか。
レッドリザードはもう一度マントを翻すと、何事もなかったように農園の奥へ歩き始めた。ところが、少し進んだところで再び足を止め、道端に落ちていた石を拾い上げる。それを前方へ放り投げた途端、地面が崩れ、ぽっかりと穴が開いた。
「……今度は落とし穴かよ!」
レッドリザードは愉快そうに笑うと、軽々と穴を飛び越えた。その先でも足元に仕掛けられた罠を見抜いては、ひょいひょいとかわして進んでいく。
……ん?
畑の間にはほかにも通れそうな場所があるし、あれだけの身体能力があるなら、わざわざ罠のある道を進む必要なんてないはずだ。そう考えると、どうにも怪盗の行動が不思議に思えてきた。
「というか、どう見てもわざわざ罠がある所を通ってるように見えるんですけど……」
「ああ……それですか」
フォールさんは納得したように頷いた。
「おそらく、畑を荒らしたくないんでしょうねえ」
「……畑を?」
「ええ。これまでの様子を見ていても、あの怪盗さん、作物をむやみに傷つけるようなことはしないんですよ。罠を避けようと思えば、畑の中を突っ切ることもできるでしょうけど、それでは野菜を傷めてしまいますからねえ」
「……ああ、なるほど」
言われてみれば、確かにそうだ。あれだけ派手なことをしているのに、レッドリザードが進んでいるのはずっと畑の間の通路ばかりだった。
「それに、どうも人に本気で迷惑をかけるようなことは好まないみたいですねえ。もっとも、あれだけ騒がしく登場するのは、本人としては別の話なんでしょうけど」
「……そこは別なんですね」
「ははは。怪盗さんなりのこだわりがあるんでしょうねえ」
俺は改めてレッドリザードの後ろ姿を眺めた。なるほど、畑を踏み荒らすくらいなら、わざわざ罠のある道を進むのか。
……いや、それは分かったけど……いや、やっぱり意味は分からない。
そんなことを考えていると、隣にいたコメリアが小さく息を吐いた。
「……さて、と」
「ん? どうした?」
「そろそろ私の出番みたいね」
そう言って、コメリアはゆっくりと腕を回した。
「……え?」
思わず彼女の顔を見返す。まさか、まだ何かあるのか?
俺の疑問をよそに、老人は満足そうに頷いていた。
「ほっほっほっ。頼んだぞい、メリアちゃん」
「任せて、おじいちゃん」
コメリアは軽く笑うと、農園の奥へ進む怪盗に視線を向けた。
……いや、ちょっと待って。
今度は一体、何が始まるんだ?




