大怪盗からの予告状
畑仕事を終えた老人が家の前で一息ついていると、見慣れた小柄な少女が訪ねてきた。
「おお、ルセーヌちゃん。今日も来てくれたのかね」
「うむ! 先日渡した薬の具合が気になっての。それと、新しく調合したものも持ってきたぞ。今度のはなかなかの自信作じゃ!」
ルセーヌは得意げに胸を張り、持参した包みを老人に差し出した。
「ほっほっほっ。いつもすまんのう。おかげでずいぶん助かっとるよ」
「なに、薬師として当然のことじゃ。それで、前の薬はどうじゃった? 効き目は十分だったかの?」
「おお、よく効いとるよ。おかげで畑仕事も楽になったわい」
「そうかそうか! それは何よりじゃ!」
満足そうに何度も頷いたルセーヌは、ふと畑の方へ目を向けた。老人が丹精込めて育てている作物は、どれも順調に育っているように見える。
「……ところで、今年の作物の出来はどうなのじゃ?」
「おかげさまで、どれもよく育っとるよ。そろそろ収穫できるものも多いのう」
「ほほう……それは実に結構なことじゃ」
ルセーヌは腕を組み、感心したように頷いたものの、なぜかその場を離れようとしない。時折ちらちらと畑に目を向けているのを見て、老人はにこやかに声をかけた。
「なんじゃ、気になるものでもあるのかね? よかったら持って帰るとええ」
「なっ、何を言うておる! わらわは別に、野菜が欲しくて聞いたわけではないぞ!」
「そうかそうか。まあ、欲しくなったらいつでも言いなされ」
「う、うむ……。その気持ちだけは受け取っておくのじゃ」
老人の笑顔を前に、ルセーヌは何やら居心地が悪そうに視線を逸らした。やがて思い出したように顔を上げると、わざとらしく咳払いをする。
「と、とにかく! 薬の具合はまた見に来るからの! くれぐれも無理はせぬようにな!」
「ありがとうよ。ルセーヌちゃんも気をつけて帰るんじゃぞ」
「うむ! では、さらばじゃ!」
勢いよく手を振って去っていく少女を、老人は穏やかな笑みで見送った。
◇ ◇ ◇
それからしばらくして、老人のもとに一通の手紙が届いた。
封を開け、中に収められていた紙を広げると、そこにはずいぶんと大仰な文章が記されていた。
『予告状
来たるべき夜、汝が所持せし至宝『赤き宝玉』を頂戴する。
いかなる守りも、この我が前には無力と知るがよい。
大怪盗レッドリザード』
老人はしばらく黙って予告状を見つめていたが、やがて低く唸るような声を漏らした。
「……ほう。大怪盗レッドリザードとな」
もう一度、予告状に目を通す。
「このわしの宝を狙うとは……なかなか肝の据わった怪盗じゃのう。しかも、いかなる守りも無力と言い切るとは、ずいぶんと大きく出たものじゃ」
老人は予告状を丁寧に畳むと、椅子の背にもたれた。窓の向こうに広がる畑へ目を向け、その口元にゆっくりと笑みを浮かべる。
「よかろう。そこまで言うなら、こちらも本気で迎え撃たねばなるまい。大怪盗を名乗るからには、それ相応の覚悟もできておるのじゃろうて」
そして、実に愉快そうに笑った。
「ほっほっほっ……久しぶりに腕が鳴るのう」
◇
探偵事務所では、今日もいつも通りの時間が流れていた。
俺は机に積まれた書類を整理しながら、向かいで仕事をしているコメリアを眺めていた。先日の騒動が片付いたとはいえ、事務所の仕事までなくなるわけではない。むしろ、フォールさんが溜め込んだ書類の山は、少し目を離すと増えているような気さえする。
「……クニタカ、さっきから何見てるのよ。手、止まってるわよ?」
「あ、悪い。いや、この書類の山、いつになったら片付くのかと思ってさ」
「そんなの、手を動かさなきゃ片付くわけないでしょ。ほら、そっちの分もお願いね」
ごもっともである。俺が再び書類に向き直ったところで、フォールさんが一通の手紙を手に戻ってきた。
「おや……またですか」
封筒から取り出した紙を読んでいたフォールさんが、わずかに眉を寄せた。
「パパ、どうしたの? 何かあった?」
「ええ。レッドリザードから、予告状が届きましてね」
フォールさんが手にした紙をひらひらと振って見せると、コメリアはぱっと顔を上げた。
「あ、来たんだ! それで? 今度は何を狙ってるの?」
「『赤き宝玉』だそうですよ。相変わらず、ずいぶんと挑発的な文章ですねえ」
「ふうん……赤き宝玉、ねえ」
コメリアは少し考えるような素振りを見せたが、すぐに椅子から立ち上がった。
「ま、いいわ。ちょうどおじいちゃんのところにも行きたかったし、準備してから行ってくる」
「ええ、そうしてください。ただし、今回はどんな仕掛けを用意しているか分かりませんからね。くれぐれも油断しないように」
「分かってるわよ、パパ。私だって、甘く見たりしないわ」
「それなら結構です。何しろ、一度やると決めたら徹底する方ですからねえ」
「そうなのよねえ。もう、毎回毎回……」
コメリアは呆れたようにため息をついたが、その口元にはどこか楽しそうな笑みも浮かんでいた。
さっきから二人の会話を聞いているものの、どうにも話が見えてこない。レッドリザードという名前も初耳だし、予告状が届いたという割には、二人とも以前から知っている相手の話をしているようだ。
「あの、すみません。さっきから話が全然見えないんですけど……そのレッドリザードって、何者なんですか?」
「怪盗ですよ。以前にも何度か予告状を送りつけてきたことがありましてね」
「怪盗!? しかも何度も!? じゃあ、フォールさんたちとは何度も対決してるんですか?」
「ええ、まあ……いろいろありましたねえ。なかなか厄介な相手ですよ」
フォールさんは困ったように笑っているが、その表情を見る限り、単なる冗談ではなさそうだ。
「そんな相手なら、ちゃんと対策しないとまずいんじゃないですか?」
「いやまあ……その、だからメリアにも準備をお願いしているんですよ」
「そういうこと。適当だといろいろとまずいからね。とにかく、私は先に行って様子を見てくるわね」
コメリアはそう言ってフォールさんへ向き直った。
「パパ、何かあったらすぐに知らせるから」
「ええ、お願いします。くれぐれも気をつけてくださいね」
「分かってるってば!」
コメリアは席を立ち、扉に向かいかけたところでふと思い出したように振り返った。
「あ、そうだ。パパ、おじいちゃんに野菜、少し分けてもらえるか聞いておいてくれる? この前もらったの、おいしかったのよね」
「ええ、聞いておきましょう」
「やった! じゃあ、行ってくる!」
先ほどまでの真剣な表情はどこへやら、コメリアは上機嫌で部屋を出ていった。
……いや、待て待て待て。
怪盗が宝を狙っているという話をしていたはずなのに、最後は野菜の話になっていたぞ。しかも、準備を手伝うって何の準備なんだ? 怪盗を捕まえるためのものだと思っていたが、どうにも引っかかる。
「フォールさん。今の話だと、怪盗が狙ってるのは、そのおじいちゃんの宝ってことですよね?」
「ええ、そういうことになりますねえ」
「それなら、俺も現場に行っていいですか? 何が起きるのか気になりますし」
「もちろんですよ。ただし、勝手な行動は控えてくださいね。準備が始まっているとなると、思わぬことに巻き込まれるかもしれませんから」
「……え? そんなに危険なんですか?」
「少なくとも、油断は禁物ですよ。何しろ、今回はどこまで本気なのか、私にもまだ分かりませんからねえ」
フォールさんはそう言って、手にしていた予告状を俺に差し出した。
「まずは、こちらを読んでおいてください」
受け取った紙には、こんなことが書かれていた。
『予告状
来たるべき夜、汝が所持せし至宝『赤き宝玉』を頂戴する。
いかなる守りも、この我が前には無力と知るがよい。
大怪盗レッドリザード』
大怪盗レッドリザード。赤き宝玉。そして、いかなる守りも無力と断言する挑戦状。
文章だけを見れば、いかにも大物の怪盗が送りつけてきた予告状だ。少なくとも、俺が想像する怪盗事件の始まりとしては、十分すぎるほどそれらしい。
『都尊さん。現時点では、予告状に記載された「赤き宝玉」が何を指すのか判断できません』
スマートフォンからチャミーの声が聞こえてきた。
「だよな。宝石か何かだとは思うけど、名前だけじゃ分からないよな」
『はい。また、フォールさんとコメリアさんは、レッドリザードについて以前から知っているようですが、具体的な人物像や今回の目的については、まだ十分な情報がありません』
「まあ、そうだよなあ……」
フォールさんとコメリアが知っている怪盗ということは、以前にも何かあったのだろう。だが、二人の反応を見る限り、単に顔見知りというだけではなさそうだ。
それにしても、怪盗から予告状が届いたというのに、フォールさんは「またですか」で、コメリアは「あ、来たんだ!」だ。おまけに、最後は野菜をもらう相談までしていた。
何度も相手にしてきた怪盗だから、もう慣れているということなんだろうか。だとしても、二人が妙に警戒していたのが気になる。
「……何だか、嫌な予感がするな」
『現時点では、危険の程度を判断するだけの情報が不足しています。現場で状況を確認する必要があると思われます』
「だよな。とりあえず、行ってみるしかないか」
俺は予告状をフォールさんに返すと、机の上に広げていた書類を片付け始めた。
大怪盗レッドリザード。
いったい、どんな人物なんだろうか。フォールさんとコメリアが揃って警戒するような相手なのだから、相当な実力者なのかもしれない。




