騒動のあとで
屋敷から戻った俺は、事務所で書類の整理をしていた。
依頼の記録を日付ごとに分け、確認済みのものをフォールさんへ渡していく。こういう仕事なら魔法の知識も推理力も必要ないし、俺にも十分できる。
……ただ、目の前の書類より、さっき見た氷の橋の方が気になって仕方がない。
「クニタカ、これもお願い」
コメリアが机の上に書類を置いた。どうやら向こうで整理していた分らしい。
「ありがとう。……って、これも?」
「何よ、その顔。私だって手伝ってるんだから、文句言わないでよね」
「いや、文句じゃないけど……結構あるなあ」
「パパが溜め込んでたんだから仕方ないでしょ」
「おや、メリア。私ばかりが悪いように聞こえますねえ」
「実際そうでしょ?」
フォールさんは返事の代わりに、にこやかに笑った。
……否定しないんだな。
コメリアは呆れたように肩をすくめると、自分の席へ戻っていった。俺も書類を手に取ったものの、どうしても気になることがあって、フォールさんに声をかけた。
「そういえばフォールさん、さっきの事件なんですけど」
「ええ、何でしょう?」
「氷の橋で侵入できるなら、どうしてわざわざ堀の水を凍らせたんでしょう?」
フォールさんが書類から顔を上げた。
「おや、いいところに気づきましたねえ」
「だって、橋があれば堀を渡る必要なんてないですよね? なのに、容疑者は堀を凍らせたことを認めてるんでしょう?」
「ええ。氷結魔法を使ったこと自体は否定していませんね」
「……あれ? そうか。隠してないのか」
俺が首を傾げていると、コメリアが書類をめくる手を止めた。
「堀を凍らせたのは本当でも、それが侵入しようとした方法だったとは限らないってことでしょ?」
「ええ、その通りです。事実の中に少し違う話を混ぜるだけでも、随分と印象は変わるものですからね」
「なるほど……。じゃあ、わざと堀を凍らせて、そっちを調べさせようとした可能性もあるのか」
「そう考えることもできます。ただ、最初からそのつもりだったのかは、まだ分かりませんが」
俺は書類を机に置き、さっきの屋敷を思い返した。
堀の水が凍っていたと聞けば、まずはそこから侵入しようとしたと考える。俺もそうだった。まさか、その上に氷の橋を架けるなんて思いもしなかったし。
「……なんか、ずるいですね」
「おや。犯人が正直に手口を教えてくれるなら、探偵も警察も苦労しませんよ?」
「まあ、そうですけど……」
「それに、実際にあの方法で侵入したという証拠は、まだありませんからね。あとはレードスたちの仕事でしょう」
フォールさんはそう言って、再び書類に目を落とした。
氷の橋で侵入できることは分かった。でも、それが本当に事件の答えなのかは、まだ分からない。
それなのに、俺のスマートフォンにはゲームクリアの通知が来ていた。
……そっちも大概おかしいよな。
しばらく書類を整理していたものの、やっぱり気になってしまい、俺はスマートフォンを取り出した。
「チャミー、さっきのゲームなんだけどさ」
「はい。セカンドゲームについてですね」
「『道を切り拓け』って、あれ結局どういう意味だったんだろうな?」
「今回の氷の橋を指している可能性はあります。また、捜査の行き詰まりを打開したという比喩的な解釈も成立します」
「うーん……どっちもありそうなんだよなあ。でもさ、俺、ほとんど何もしてないぞ?」
「都尊さんも現場での確認に参加されています」
「いやいや、橋を考えたのはフォールさんたちで、作ったのはコメリアだろ? 俺なんて見てただけみたいなもんじゃん」
「それでも、ゲームはクリアと判定されています」
「そこが納得いかないんだよ!」
思わず声が大きくなり、コメリアがこちらを振り向いた。
「ちょっと、クニタカ。さっきから何ぶつぶつ言ってるの?」
「あ、いや、ちょっと考え事を……」
「考え事はいいけど、手が止まってるわよ」
コメリアの視線が、俺の前に積まれた書類へ向いた。
「……はい、すみません」
「まったく。パパだけでも大変なのに、クニタカまで仕事を溜め込まないでよね」
そう言って自分の作業に戻るコメリアを見送り、俺はスマートフォンへ目を戻した。
「……なあ、チャミー。最初のゲームも変だったよな。遺言書の事件を解決したと思ったら、目的は家探しだったし」
「はい。今回も、事件の解決そのものがクリア条件だったとは限りません」
「じゃあ、何を基準にしてるんだ?」
「不明です」
「……即答かよ」
「判断できる情報がありませんので」
まあ、そうだよな。最初からまともな説明なんてなかったし、今回だってクリアしたことを教えてくれただけだ。
「……説明書くらい欲しいよな、このゲーム」
「そうですね。達成条件が明示されていれば、行動方針も立てやすくなると思われます」
「だろ? しかも、俺が何もしなくてもクリアになるんだったら、もう見てるだけでいいんじゃないか?」
「その方法で今後もクリアできる保証はありません」
「……分かってるよ。ちょっと言ってみただけだって」
チャミーはこういうところが妙に真面目なんだよなあ。
俺がため息をついてスマートフォンを置くと、今度はフォールさんが顔を上げた。
「クニタカ君、考え事は終わりましたか?」
「あ、はい。すみません、仕事の途中で」
「いえいえ。では、こちらもお願いできますか?」
にこやかに差し出されたのは、新しい書類の束だった。
「……まだあるんですか?」
「ええ。おかげさまで、ずいぶん片づいてきましたよ」
「いや、これ増えてません?」
「おや、そう見えますか?」
「パパ! だから、片づけるそばから新しいのを出さないでって言ってるでしょ!」
コメリアがたまらず声を上げると、フォールさんは少し困ったように笑った。
「ですが、せっかくクニタカ君が手伝ってくれていますし……」
「そういう問題じゃないの!」
……うん。やっぱり分かっててやってるな、この人。
俺はコメリアがフォールさんに説教を始めるのを横目に、目の前の書類を一枚手に取った。
「チャミー……次のゲームは、もうちょっと分かりやすいやつだといいな」
「そうですね、都尊さん」
事件の謎も、ゲームの謎も、まだ分からないことばかりだ。
まあ、とりあえず今は目の前の仕事を片づけるか。
……こっちにもクリア通知が来ればいいのになあ。
第二幕終了です。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら、評価や感想をいただけると励みになります。




