入れそうで入れない屋敷
ディクソン家を出てから、しばらく。
レードス警部の案内でたどり着いた屋敷を前に、俺は思わず足を止めた。
「……思ってたより、ずいぶん立派ですね」
目の前には大きな屋敷が建っていた。だが、最初に目を引いたのは建物そのものではなく、その周囲を取り囲む堀と塀だった。
警部から話を聞いていたので、そういう造りなのは知っていた。それでも、実際に目にすると印象が違う。
堀の向こうに塀があり、そのさらに内側に屋敷が建っている。まるで小さな城みたいだ。
「裕福な家だとは聞いていましたが、これはなかなかですね」
フォールさんも屋敷を見上げながら、感心したように呟いた。
「見た目の話はあとにしてくれ。こっちだ」
レードス警部に促され、俺たちは門へ向かった。
近づいてみると、敷地の周囲が思っていた以上にしっかり囲われているのが分かる。堀と塀を越えずに入ろうとするなら、やはり門を通るしかなさそうだ。
もっとも、そう簡単に結論を出していいのかは分からない。そもそも、俺はこういう建物を調べた経験なんてないんだから。
「警部。門の施錠については、確認されているんですよね?」
「ああ。そこは調べてある。ただ、今はまず周囲を見てほしい。実際の造りを見た方が、話も早いだろう」
「そうですね。では、少し歩きながら伺いましょうか」
フォールさんはそう答えると、堀に沿って歩き始めた。俺とコメリアも、その後に続く。
周囲には何本もの木が生えていて、堀の外側だけでなく、塀の向こうにも木々が見える。高さはまちまちで、外側に生えているものの中にも、塀より高く枝を伸ばしている木が何本かあった。
木々の間から覗く屋敷は、どこか古い城のようにも見えた。
大きな屋敷だけあって、周囲の景色までずいぶん立派なものだ。
「ところで警部、この塀は随分と頑丈そうですね」
フォールさんが塀を眺めながら尋ねた。
「ああ。高さもあるが、魔法への対策も施されている」
「魔法への対策、ですか?」
思わず聞き返すと、警部は俺の方を向いた。
「反魔法処置だ。魔法を使って簡単に乗り越えられないようになっている」
「へえ……そんなこともできるんですね」
確かに、魔法が使える世界なら、ただ高い塀を建てただけでは意味がないのかもしれない。
「この塀の近くでは、氷の階段を作ったりするのも難しいんですか?」
「そういうことだ。少なくとも、塀のそばに氷の足場を作って登るような方法は使えん」
なるほど。そこまで対策してあるのか。
それなら、侵入するのはますます難しそうだ。
俺が改めて塀を見上げている間にも、フォールさんは警部と話しながら歩き続けていた。
堀の水面は穏やかに見えたが、よく観察すると、ゆっくりと一定の方向へ流れている。
「そういえば、この堀の水って、どこから来てるんですか?」
気になって尋ねてみると、警部が足を止めた。
「ああ。この堀には水路がつながっていてな。その水路は屋敷の敷地内にも通じている」
「え? それなら、そこから入れたりしないんですか?」
「当然、警察でも調べた。実は容疑者も、最初はその水路から侵入しようとしたと供述している」
警部によれば、水路は敷地内まで続いているものの、水の流れが強く、泳いで進むのは難しいらしい。
「それで、氷結魔法を使ったんですか?」
「そういうことだ。だが、凍らせたところで今度は氷そのものが邪魔になる。結局、通り抜けられずに諦めたという話だ」
「なるほど……」
「現場も調べたが、水の流れが強くて泳いでは進めない。凍らせれば今度は氷が通路を塞いでしまう。少なくとも、その方法では侵入できそうになかった」
フォールさんは水路の方へ目を向けた。
「つまり、侵入できそうな経路はあるものの、実際には利用するのが難しかったということですね」
「そういうことだ」
俺も改めて水路を眺めた。
入り口があるのに、そこからは入れない。
……となると、ますますどうやって侵入したのか分からなくなるな。
「警部。氷結魔法が使われた痕跡については、確認されているんですよね?」
フォールさんが尋ねると、警部は頷いた。
「ああ。堀の周辺から氷結魔法の魔力紋が検出されている。容疑者の供述とも一致するが、それで実際に何をしたのかまでは分からん」
「なるほど……」
魔法を使った痕跡はある。水路から入ろうとしたという説明も、現場の状況とは矛盾していない。
でも、それで本当に諦めたかどうかまでは分からないわけか。
「チャミー、どう思う?」
少しだけ歩く速度を落とし、小声で尋ねてみた。
「水路からの侵入が難しいことは確認できました。ですが、ほかの侵入経路については、まだ調べている途中です」
「……だよな。まだ屋敷の中も見てないし」
見たところ、堀は簡単に飛び越えられそうな幅ではない。塀も、それなりの高さがあるように見える。
俺がそんなことを考えていると、少し先を歩いていたコメリアが振り返った。
「クニタカ、何か分かった?」
「いや、全然。むしろ、分からないことが増えた気がする」
「ふふっ。まだ来たばかりじゃない」
「そうなんだけどさ。何か一つくらい気づけないかなって」
「そんなに焦らなくてもいいと思うわよ。パパだって、まだ何も言ってないんだし」
そう言ってコメリアは、前を歩くフォールさんの方へ目を向けた。
当の本人は警部と話しながら、堀の周囲をゆっくり見て回っている。
時折足を止めては塀や屋敷の方へ視線を向けているけれど、何を考えているのかは分からない。
……まあ、確かに。
ここで俺だけが焦っても仕方ないか。
しばらく周囲を確認したあと、フォールさんが警部に声をかけた。
「レードス。屋敷の中も拝見できますか?」
「ああ。案内しよう」
「ありがとうございます。その前に、もう一つだけ」
フォールさんは振り返り、堀と塀を改めて見渡した。
「この周囲について、警察ではどの程度調べていますか?」
「侵入できそうな場所は一通り確認している。魔力紋についても調べた。だが、今のところ、容疑者がここを越えたと説明できる証拠は見つかっていない」
「なるほど。では、警察の調査結果も、あとで詳しく見せていただきましょう」
「もちろんだ。そのためにお前を呼んだんだからな」
二人はそんなやり取りを交わし、門の方へ戻り始めた。
俺も後を追いながら、もう一度だけ堀を振り返る。
水路は敷地内へ続いているのに、流れが強くて通れない。周囲には高い塀があり、魔法を使って簡単に越えることもできない。
普通に考えたら、こんなところへわざわざ忍び込もうとする時点で、かなり無茶なんじゃないだろうか。
警部から話を聞いているだけだったときとは違い、今は目の前に現場がある。それなのに、実際に見てみるほど、どうやって侵入したのか分からなくなってくる。
……これ、本当に解けるのか?
俺は門の向こうに見える屋敷を見上げ、フォールさんたちの後に続いた。




