警部からの相談
フォールさんの後について応接室へ向かうと、先に案内されていた来客が椅子から立ち上がった。
「久しぶりだな、フォール」
「これはレードス。お元気そうで何よりです」
「お前も相変わらずのようだな。突然押しかけて悪かった」
「いえいえ。あなたがわざわざ訪ねてくるなんて、何か面白い話でもあるのでしょう?」
「……面白いかどうかは、お前次第だな」
レードス警部はそう言って苦笑した。
年齢はフォールさんと同じくらいだろうか。落ち着いた雰囲気の男性で、俺の姿に気づくと、少し不思議そうにこちらへ目を向けた。
「ところで、そちらは?」
「ああ、紹介がまだでしたね。こちらはクニタカ君。最近、私の助手になってくれたんですよ」
「助手? お前が?」
「おや、そんなに意外ですか?」
「いや、まあ……少しな」
警部は何やら言いたそうだったが、それ以上は追及せず、俺に向き直った。
「レードスだ。警部をやっている。よろしく頼む」
「あ、はい。クニタカです。よろしくお願いします」
差し出された手を握りながら、俺は改めて二人を見比べた。
フォールさんと警部という組み合わせから、もっと堅苦しいやり取りを想像していたのだが、どうやら昔から気心の知れた仲らしい。もっとも、警部の方は少々呆れているようにも見えるけれど。
席に着くと、フォールさんは早速、訪問の理由を尋ねた。
「それで、今日はどういったご用件ですか?」
「実は、少し厄介な事件を抱えていてな。お前の意見を聞きたいと思ったんだ」
「ほう。それはまた珍しい」
「警察でも調べているんだが、どうにも腑に落ちないことがある。現場を見れば、お前なら何か気づくかもしれん」
それまで穏やかだった警部の表情が、少し険しくなった。
フォールさんもその様子を見て、すぐには冗談を返さなかった。
「なるほど。では、詳しく伺いましょうか」
ちょうどそのとき、飲み物を載せた盆を持ってコメリアが戻ってきた。
「お待たせしました。警部さんも、どうぞ」
「ありがとう、メリア。すっかり大きくなったな」
「もう、警部さん。会うたびにそれ言ってるわよ」
「ははは、そうだったか」
コメリアは笑いながら人数分の器を並べていった。警部も彼女とは以前から顔見知りらしい。
俺も礼を言って飲み物を受け取ったところで、フォールさんが自分の器を手に取り、ふと思いついたようにコメリアへ声をかけた。
「メリア、これを少し冷やしてもらえませんか?」
「え? 今?」
「ええ。少々温かいものですから」
「……もう、しょうがないわね」
コメリアは盆を脇へ置くと、フォールさんの器に手をかざした。
次の瞬間、器の中に白いものが広がり、表面がみるみる固まっていく。何が起きたのか理解する間もなく、飲み物はすっかり凍りついてしまった。
……え?
冷やすって、そういうこと?
フォールさんも器の中を覗き込み、困ったように眉を下げた。
「メリア。これでは飲めませんね」
「冷やしてって言ったじゃない」
「ええ、確かに。ですが、もう少し加減というものを……」
「だったら自分でやればよかったでしょ?」
「それはごもっともです」
フォールさんがあっさり引き下がると、コメリアは小さくため息をついた。
「まったく、もう」
コメリアがパチンと指を鳴らすと、凍っていた中身が元の液体へと戻っていった。先ほどまで固まっていたのが嘘のようだ。
「はい。これでいいでしょ?」
「ええ、ありがとう」
「次からは自分でやってね」
そんな親子のやり取りを、警部は特に驚いた様子もなく眺めていた。
……いや、ちょっと待って。
凍らせるのはまだ分かる。氷の魔法があるのなら、そういうこともできるんだろう。
でも、凍ったものがあんなに簡単に元へ戻るのか?
俺が器を眺めていると、チャミーが声をかけてきた。
「都尊さん。先ほどの現象について、何か確認されますか?」
「……いや、あとでいい」
小声で答え、俺は顔を上げた。
魔法については、まだまだ知らないことが多い。今はそれより、警部の話を聞く方が先だろう。
警部も飲み物を一口飲んでから、改めてフォールさんへ向き直った。
「さて、そろそろ本題に入らせてもらうぞ」
「ええ、もちろんです」
「ある屋敷で殺人事件が起きた。殺されたのは屋敷の主人で、遺体は二階の寝室で見つかっている。貴重品も盗まれていてな。警察では殺人と窃盗の両方を調べているところだ」
さっきまでの和やかな空気が静まり、俺も自然と姿勢を正した。
殺人事件。
前の遺言書紛失事件とは、ずいぶん事情が違う。
「捜査の結果、有力な容疑者は浮かんでいる。だが、そいつがどうやって屋敷に入ったのか、それが分からん」
「侵入経路ですか?」
「ああ。その屋敷は敷地の周囲を堀と塀で囲まれていてな。門も施錠されていた。簡単に出入りできる造りではないんだ」
警部はそこで一度言葉を切った。
「もちろん、警察でも侵入できそうな場所は調べている。だが、今のところ、容疑者が敷地へ入った方法を説明できるものが見つかっていない」
フォールさんは飲み物を机へ戻し、少し考えるように目を伏せた。
俺も頭の中で屋敷の様子を想像してみる。
堀があって、その向こうに塀。門は閉まっている。
普通なら門から入るか、どこかで堀を越えて塀を乗り越えるか……。
いや、そもそも堀の幅も塀の高さも分からない。今の話だけで、どこから入れそうかなんて判断できるはずがない。
「警部、その容疑者は侵入したこと自体を否定しているんですか?」
気になって尋ねると、警部は俺の方を向いた。
「いや。そこがまた厄介なところでな」
警部によれば、容疑者は屋敷へ入ろうとしたことまで否定しているわけではないらしい。
本人は、堀の水を氷結魔法で凍らせて渡ろうとしたものの、うまくいかなかったため諦めた、と話しているという。
「現場には実際に氷結魔法を使った痕跡が残っている。だから、その供述を頭から否定することもできん」
「なるほど……」
魔法を使ったことは認めている。
でも、屋敷には入っていないと言っているわけか。
「その人が氷結魔法を使ったことは、分かってるんですか?」
「氷結魔法が使われたことは確認できている。だが、それだけで誰が使ったのかまで分かるわけじゃない。本人が認めているからといって、供述のすべてが正しいとも限らん」
警部の答えに、俺は頷いた。
なるほど。そこは警察もちゃんと調べているんだな。
魔法の痕跡があることと、容疑者の説明が正しいことは別の話だ。
「つまり、容疑者はいる。氷結魔法を使ったという話にも裏づけはある。ですが、肝心の侵入方法が分からない、ということですね」
フォールさんが確認すると、警部は大きく頷いた。
「そういうことだ。だから、お前に相談しに来た」
「ふむ……」
フォールさんはしばらく黙り込み、何かを考えている様子だった。
……これって、もしかして。
推理小説でいうところの、不可能犯罪ってやつじゃないか?
いや、ちょっと待て。そんな事件に、いきなり助手として関わることになるのか?
俺が一人で妙な緊張を覚えていると、フォールさんが口を開いた。
「レードス。現場を見せていただくことはできますか?」
「ああ。そのつもりで来た。お前なら何か気づくんじゃないかと思ってな」
「それは光栄ですね。ただ、今の話だけでは何とも言えません。まずは実際に見てみないことには」
「もちろんだ。こちらも、分かっていることはすべて説明する」
「では、伺いましょうか」
話がまとまると、コメリアも出かける準備を始めた。俺も席を立ち、フォールさんたちの後に続こうとした、そのときだった。
不意に、ポケットの中でスマホが震えた。
……ん?
取り出して画面を確認すると、そこには見覚えのある文字が表示されていた。
『ゲームスタート』
……あ。
そういえば、これがあったんだった!
異世界に来て、探偵助手にまでなって、すっかり普通に仕事をするつもりでいたけれど……。
どうやら神様たちは、そう簡単に忘れさせてくれないらしい。




