第一幕、閉幕
ホテルを出た俺たちは、帰りの辻馬車に乗り込んだ。
窓の外では街並みがゆっくりと後ろへ流れ、石畳を進む車輪の音が規則正しく響いている。向かい側に座ったフォールは、ようやく仕事が一段落したという顔でくつろいでいたが、隣のコメリアは何やら考え込んでいるようだった。
「そういえば、フォールさん。一つ気になってることがあるんですけど」
「おや、何でしょう?」
「あの部屋の燃えカスですよ。どうしてあんなものを残してたんでしょうね?」
「……ああ、確かにそうね」
コメリアも思い出したように頷いた。
「遺言書の開封に使う部屋だったんでしょ? 普通は前もって片付けておくわよね」
「そうなんだよ。あれがなかったら、本当にただの紛失で終わってたかもしれないのに」
「ふむ。そう考えると、なかなか興味深いですね」
「……フォールさん、何か分かってるんですか?」
「さて、どうしてでしょうね」
フォールは楽しそうに笑うばかりで、それ以上は何も言わなかった。
……この人、本当に分かってないのか、それとも分かってて言わないのか、どっちなんだろう。
「それにしても、パパ。最後の額縁の話は、ちょっとカッコつけすぎじゃない?」
「おや。私は、あとから遺言書が見つかった場合のお話をしただけですよ」
「……本当に?」
「ええ、もちろんです」
にこやかに答えるフォールに、コメリアは呆れたようにため息をついた。
いや、絶対に分かってて言ってるだろ、この人。
「まあ、でも……あの三人、最後はちゃんと話し合う気になってましたよね」
「ええ。それが何よりでしょう」
フォールはそう答えると、満足そうに窓の外へ目を向けた。
結局、遺言書そのものは見つからなかったことになっているが、三兄弟は自分たちでこれからのことを決めようとしていた。……何とも変わった事件だったな。
「なあ、チャミー。お前はどう思う?」
俺はスマートフォンを取り出し、小声で尋ねた。
「今回の事件についてでしょうか?」
「ああ。結局、遺言書は紛失したままなのに、解決ってことでいいのかなって」
「遺言書の所在と、三兄弟の相続問題は別の問題です。少なくとも、三兄弟が合意に至ったことは確認できています」
「……まあ、そうだよな」
「ただし、遺言書の内容が確認されていない以上、その内容が三兄弟の希望と一致していたかどうかは不明です」
「そこは結局、分からずじまいか」
俺はスマートフォンをしまい、流れていく街並みを眺めた。馬車はその間も街を進み、やがて見覚えのある通りへ入っていった。
◇
馬車を降り、ディクソン家の前に立ったところで、俺はふと気づいた。
……あれ?
そういえば、俺はこれからどうすればいいんだ?
「どうしました、クニタカ君?」
足を止めた俺に、フォールが振り返る。
「あ、いえ……そういえば、今夜はどこに泊まればいいのかなと思いまして」
事件のことで頭がいっぱいだったが、よく考えれば俺には帰る場所がない。泊まるところを探すにしても、この世界の宿泊事情どころか、手持ちのお金すらないのだ。
「おや、それでしたら、うちに泊まればよろしいでしょう。幸い、空いている部屋もありますし」
「えっ? いや、でも……そこまでお世話になるわけには」
「遠慮はいりませんよ。それに、条件があります。クニタカ君は、こちらに来たばかりで何も分からないのでしょう?」
「それは、そうなんですけど……」
「でしたら、当面は仕事として私の助手をしていただきます。今回の件で、きみがかなりの助けになると分かりましたので。いかがですか?」
「えっ? 助手、ですか?」
思いがけない提案に、俺はフォールの顔を見返した。
「ええ。今回も、きみのおかげで随分と助かりましたからね。もちろん、仕事としてお願いする以上、相応の報酬はお支払いしますよ」
仕事まで紹介してもらえるとは思わなかった。しかも、フォールの助手なら、まったく知らない仕事を一から探すよりは何とかなりそうな気がする。
「……俺なんかでよければ、お願いします」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」
フォールは満足そうに頷いた。
「でも、ご家族の方にも迷惑でしょうし……」
「その点なら、心配はいりませんよ」
「ちょっと待って!」
横からコメリアの声が飛んできた。
「パパ、今、何て言ったの?」
「クニタカ君に、うちへ泊まっていただこうかと思いましてね」
「それは聞こえたわよ! そうじゃなくて、どうして勝手に決めちゃうの?」
「おや。何か問題がありますか?」
「あるに決まってるでしょ!」
コメリアは俺とフォールを交互に見た。
「だって、クニタカは男の人なのよ? いくら知り合いになったからって、いきなり一緒に住むなんて……」
「ですが、クニタカ君には行くところがないようですし、放っておくわけにもいかないでしょう」
「それは……そうだけど」
コメリアが言葉に詰まるのを見て、俺も何だか申し訳なくなってきた。
「あの、無理なら別に……」
「別に駄目だって言ってるわけじゃないの!」
「えっ?」
「だから! そういうことは、ちゃんと相談してから決めてって言ってるの!」
……なるほど。どうやら、俺が泊まることそのものより、フォールが勝手に決めたことが気に入らないらしい。
「これは失礼しました。では、メリア。クニタカ君に空き部屋を使っていただいてもよろしいですか?」
「……何でそうなるのよ」
「いえ、相談するようにとのことでしたので」
「そういう意味じゃなくて!」
フォールは笑っているし、コメリアはますます不機嫌そうな顔になっている。……この親子、普段からこんな感じなのか?
「まあ、助手として働かせてもらうことにもなりましたし。ご迷惑にならないようにしますから、しばらくの間だけでも泊めてもらえれば……」
「……別に、追い出そうとしてるわけじゃないわよ」
コメリアは少しだけ顔を背けた。
「ただ、急に言われても困るってだけ。部屋だって、すぐ使えるか分からないんだから」
「ああ、そっか。確かにそうだよな」
「……分かればいいのよ。とにかく、部屋を見てくるから、ちょっと待ってて」
そう言うと、コメリアはさっさと家の中へ入っていった。俺はその背中を見送りながら、フォールに向き直った。
「……本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ええ。メリアも、きみを困らせたいわけではありませんから」
フォールは穏やかに笑った。
「それに、助手として働いていただくなら、こちらとしても近くにいてもらった方が助かります。遠慮なさらず、しばらくはうちでお過ごしください」
「……ありがとうございます」
俺は改めて頭を下げた。異世界に来て、右も左も分からないまま事件に巻き込まれたけれど、こうして仕事と泊まる場所の両方を世話してもらえるとは思っていなかった。
しばらくすると、玄関からコメリアが顔を出した。
「部屋、使えそうよ。……ほら、いつまでそこにいるの? 入れば?」
「あ、ああ。ありがとう」
「別に。お礼ならパパに言って」
そう言って先に戻っていくコメリアを見て、俺は少しだけ肩の力が抜けた。
どうやら、今夜はここに泊めてもらえそうだ。
フォールに促されて玄関へ向かおうとした、そのときだった。
ポン。
聞き覚えのある通知音が鳴った。
「……ん?」
スマートフォンを取り出すと、画面には見慣れないメッセージが表示されていた。
『ファーストゲーム:チュートリアル「家を探そう」クリア』
「…………」
……家を探そう?
俺は思わず、目の前のディクソン家を見上げた。
「……チャミー」
「はい、都尊さん」
「これ、どういうことだと思う?」
「表示内容から判断すると、最初のゲームの目的は住居の確保だったと考えられます」
「……つまり、遺言書の事件は?」
「少なくとも、今回の通知には遺言書に関する記載はありません」
「…………」
いや、ちょっと待て。
あれだけ苦労して事件を解決したのに、ゲームの目的は家探しだったってことか?
「……じゃあ、俺がフォールさんの家に泊めてもらうことになったから、クリア?」
「その可能性は高いと思われます。ただし、具体的な達成条件までは判断できません」
俺はもう一度、画面に目を落とした。異世界に来て、いきなり探偵と知り合って、遺言書の紛失事件に巻き込まれて、ようやく解決したと思ったら……。
ゲームの目的は、家探し。
「……だったら最初から言ってくれよ!」
思わず口から出た言葉に、先を歩いていたフォールが振り返った。
「おや、どうしました?」
「あ、いえ! 何でもないです!」
慌ててスマートフォンをしまい、俺はフォールの後を追った。
……このゲーム、先が思いやられるな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回で第一幕は終了となります。
次回は10月15日22時台に、幕間を1話投稿予定です。
第二幕の投稿準備のため、
少しだけ間を空けて10月18日22時台より投稿を開始する予定です。
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