紛失事件、解決
「遺言書の話って……まだ何かあるんですか?」
バイロンが尋ねると、フォールは静かに頷いた。
「ええ。ですが、その前に一つ、皆様にお聞きしておきたいことがございます」
「……何だよ。まだ聞くことがあるのか?」
ヴァーノンが少しうんざりしたように答えたが、フォールは気にした様子もなく三兄弟を見渡した。
「先ほどのお話で、皆様がそれぞれ何を考え、どうしてそのような行動を取られたのかは、互いにご理解いただけたかと思います。そこでお尋ねしたいのですが……今後の相続については、どのようにお考えでしょうか?」
「相続について、ですか?」
「はい。亡くなられたお父様の遺言に従うのか。それとも、遺言書の内容とは別に、皆様ご自身で話し合って分割方法をお決めになるのか。どちらをお望みですか?」
三兄弟は顔を見合わせた。
つい先ほどまで、遺言書を隠した理由や、それぞれが抱えていた思いをぶつけ合っていたばかりだ。今度は、その先をどうするのかと聞かれている。
「……俺は、三人で決めりゃいいと思ってる」
最初に答えたのはヴァーノンだった。
「親父が何を書いてたかは知らねえが、俺たちのことは俺たちで話し合えばいいだろ。今さら遺言書に振り回されるのも御免だ」
「私も、兄さんと同じ考えです」
バイロンが続けた。
「もともと私は、三人でホテルを相続できればと考えていました。ただ……そのための方法を、間違えてしまいましたから。今度こそ、きちんと兄さんたちと相談して決めたいと思います」
「俺もそれでいいよ」
ヴィクターはあっさりと頷いた。
「というか、最初からそうしてくれればよかったんじゃん? 父さんが何を書いたか知らないけどさ、俺たち三人のことなんだから、三人で決めようよ」
「……お前は本当に簡単に言うな」
「難しく考えすぎた結果がこれでしょ、ヴァーノン兄さん」
「うるせえ」
ヴァーノンは顔をしかめたが、それ以上は言い返さなかった。
「なるほど。では、皆様は遺言書がなかったものとして、三人で話し合い、相続についてお決めになりたい。そういうことでよろしいですね?」
三人が揃って頷くと、フォールは満足そうに微笑んだ。
「承知いたしました。ですが……それですと、一つ問題がございますね」
「問題?」
バイロンが首を傾げた。
「ええ。遺言書が存在している場合、亡くなられたお父様のご意思を無視することになってしまいますが、それでもよろしいのでしょうか?」
その言葉に、三兄弟の表情が変わった。
「……ちょっと待て。そりゃどういう意味だ?」
ヴァーノンが眉をひそめる。
「遺言書があるなら、そっちに従わなきゃならねえんじゃないのか?」
「ええと……私も、そのように思っていましたが」
バイロンも戸惑っているようだった。
「もしかして、遺言書があっても、私たちだけで相続方法を決めることができるのですか?」
「ええ、できますよ」
フォールは、何でもないことのように答えた。
「遺言書は、亡くなられた方のご意思を示す大切なものです。ですが、相続される皆様が話し合いによって合意できるのであれば、必ずしもその内容どおりに分割しなければならないわけではありません。意見がまとまらず争いになった際には、もともとの所有者のご意思が重要な判断基準となりますが、皆様が納得して決められるのであれば、そちらを尊重することもできるのです」
「…………」
三兄弟は揃って黙り込んだ。
いや、気持ちは分かる。
ここまで散々、遺言書があるだのないだの、誰が隠しただのと大騒ぎしてきたのだ。それが今になって、三人で話し合えば別の方法も取れると言われたのだから。
「……おい」
しばらくして、ヴァーノンが口を開いた。
「それ、最初からできたってことか?」
「ええ。皆様のご意見が一致していれば、ですが」
「…………」
ヴァーノンは何か言いかけたものの、結局、口を閉じた。
バイロンは額に手を当て、深く息を吐いている。ヴィクターに至っては、二人の兄を交互に見ながら、何とも言えない顔をしていた。
「……兄さんたちさあ」
「言うな、ヴィクター」
「まだ何も言ってないじゃん」
「どうせろくなことじゃねえだろ」
「いや、まあ……うん。今回は言わないでおくよ」
ヴィクターが苦笑すると、バイロンも力なく笑った。
何とも締まらない話だが、少なくとも三人とも、今度は同じ方向を向いているようだった。
「さて、それでは」
フォールが、場の空気を切り替えるように口を開いた。
「今回の遺言書につきましては、紛失したものとして手続きを進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……ああ。俺は構わねえ」
「私も異存ありません」
「俺もいいよ」
三人の返事を聞いたフォールは、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。では、あとは紛失に関する事務手続きを済ませれば、私の仕事も終了となります。この度はご協力いただき、ありがとうございました」
そう言って、フォールは席を立った。
「あ、あの……フォールさん」
バイロンが慌てて呼び止めた。
「はい、何でしょう?」
「結局、遺言書はどうなったのでしょうか?」
「遺言書、ですか?」
フォールは不思議そうに首を傾げた。
「紛失したのでしょう?」
「えっ?」
「紛失したものが、ここにあるはずもございませんよ」
「いえ、ですが……」
バイロンが困惑している横で、ヴァーノンは黙ったままフォールを見ていた。
俺も何となく、フォールの次の言葉を待ってしまった。
遺言書がどこにあるのかは、俺たちも知っている。もちろん、フォールだって知っているはずだ。
それなのに、紛失したと言い切ってしまった。
「もっとも……」
フォールは思い出したように言葉を続けた。
「あとになって、たとえばお部屋の高いところに掛けられた額縁の裏から遺言書が出てきたと言われましても、すでに紛失として手続きを終えたあとでは、私としてもどうしようもございませんね」
「……額縁の裏、ですか?」
バイロンが聞き返した。
ヴィクターも不思議そうな顔をしているが、ヴァーノンだけは違った。
さっきまでフォールを見ていた目が、明らかに見開かれている。
そりゃそうだろう。自分で隠した場所を、こんな形で言い当てられたのだから。
「……おい、あんた」
ヴァーノンが何か言おうとしたが、フォールは穏やかな笑みを浮かべたまま、もう一度頭を下げた。
「今後の相続につきましては、どうぞご兄弟で十分にお話し合いください。この度はディクソン探偵事務所をご利用いただき誠にありがとうございました。それでは、失礼いたします」
それだけ言い残し、フォールは扉へと向かった。
……いやいや。
ちょっと待て。
今の、ほとんど答えを教えたようなものじゃないか?
俺はフォールの背中を見ながら、思わず苦笑いした。
遺言書は紛失した。
フォールの仕事は、それで終わり。
そのあと額縁の裏を調べるかどうかは、三兄弟が決めること。
なるほど。そういうことか。
ヴァーノンはまだ何か言いたそうにしていたが、結局、フォールを呼び止めることはなかった。
バイロンとヴィクターは、そんな長兄の様子を不思議そうに見ている。
あとは、三人で話し合えばいい。
……それにしても。
遺言書の紛失事件を調べていたはずが、結局、遺言書は紛失したまま事件解決とは。
こんな事件の終わらせ方もあるんだな。




