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異世界に転移したので、相棒のAIと謎解きを始めます~AI探偵の異世界迷推理~  作者: 土瓶蒸しの謎
第一幕

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噛み合わない思い


「……そこまでお分かりなのであれば、もう隠しておく意味はありませんね」


 バイロンは静かにそう言うと、フォールから兄弟たちへ視線を移した。


「おっしゃるとおりです。あの日、父の部屋の鍵を落としたのは、偶然ではありません。私がわざと落としました」


「……おい、バイロン。そりゃどういう意味だ?」


 ヴァーノンが低い声で尋ねる。


「兄さんに拾ってもらうためです。あのとき、兄さんが廊下にいるのは分かっていましたから」


「じゃあ、お前……俺が拾うのを見てたってのか?」


「はい。それに、兄さんが父の部屋へ入るところも見ています」


「……!」


 ヴァーノンが勢いよく立ち上がった。


「だったら何で黙ってた! 俺が入ったことを知ってたんなら、最初からそう言えばよかっただろうが!」


「……私が仕向けたことまで知られてしまいますから」


 バイロンは兄の視線を受け止めたまま答えた。ヴァーノンは何か言い返そうとしたようだったが、結局、舌打ちして椅子へ腰を下ろした。


「それで、鍵を探しているふりをしたのですね?」


 フォールが尋ねる。


「ええ。兄さんが部屋に入ったのを確認してから少し時間を置いて、部屋の前で鍵がないと、中に聞こえるように言いました。そうすれば、兄さんが返してくれると思ったので」


「……実際、俺は返したわけだ」


「はい」


 ヴァーノンは苦々しい顔でバイロンを睨んだ。


「しかし、鍵を拾わせたとしても、ヴァーノンさんが部屋へ入るとは限りません。まして、遺言書をどうするかなど、あなたには分からなかったはずです」


「……そうですね。兄さんが何もしない可能性もありました」


「それでも、試したのですか?」


「はい。兄さんと父の仲がよくなかったことは知っていましたから。遺言書が自分に不利なものかもしれないと思えば、何かするのではないかと……」


「……ったく」


 ヴァーノンが吐き捨てるように言い、顔を背けた。


「バイロン兄さん、どうしてそこまでしたの?」


 それまで黙っていたヴィクターが口を開いた。


「遺言書がなくなったって、兄さんに何か得があるわけじゃないだろ?」


「……ヴィクター。父さんが、このホテルを誰に継がせようとしていたか、知っているかい?」


「え? いや、知らないけど……」


「父さんは、お前に継がせるつもりだったんだ」


「……僕に?」


 ヴィクターは目を丸くした。


「ちょっと待ってよ。そんな話、聞いてないよ?」


「私も父さんから直接聞かされただけで、遺言書の中身を見たわけじゃない。けれど、そうするつもりだと言っていた」


「何で僕なんだよ。ホテルの仕事なんて、バイロン兄さんがずっとやってきたじゃないか」


「……それが問題だったんだ」


 バイロンはそこで一度言葉を切り、膝の上で組んだ手を見つめた。


「このホテルには、多額の負債がある」


「負債って……借金?」


「ああ。支配人として経営を見てきたから、どれほど厳しい状況なのかも分かっている」


「そんな……」


「お前には自分の事業がある。父さんがなぜお前に継がせようとしたのか、本当のところは分からないが……負債まで引き受けさせていいとは思えなかったんだ」


「だったら、そう言ってくれれば……」


「言えば、お前はどうした?」


 思わず口をついて出たような問いに、ヴィクターが言葉を止めた。


「負債のことを知っても、ホテルを継ぐと言ってくれたかい?」


「それは……」


 ヴィクターは答えに詰まり、困ったように眉を寄せた。


「……分からないよ。そんなの、急に言われたって」


「……そうだろうね」


 バイロンは小さく頷いた。


「兄さんだって、負債のことを知れば、一人で引き受けようとは思わないだろう。かといって、私一人でこの先もホテルを維持できるかと言われれば……」


 そこまで言って、バイロンは口を閉じた。


「……私には、このホテルを失うなんて考えられなかったんです」


 それまで落ち着いていた声が、わずかに震えた。


「祖父の代から続いてきたホテルです。私も、ずっとここで働いてきました。どうにかして残したかった。ですが……」


 膝の上で組んだ手に力がこもる。


「私一人では、守りきれる自信がなかった」


 バイロンは俯いたまま、しばらく動かなかった。


「……それで遺言書をなくそうってのか?」


 ヴァーノンが口を挟んだ。


「……はい。遺言書がなければ、相続は三人で均等になりますから」


「ふざけんな。だったら最初から俺たちに話せばいいだろうが!」


 ヴァーノンの声が部屋に響いた。


 バイロンは反論せず、しばらく黙っていた。


「……先に話して、二人とも相続を望まなかったらと思うと、怖かったんです。三人で相続することになれば、そこからホテルをどうするか相談できる。負債のことも、全員が相続を引き受けると決めたあとで話すつもりでした」


「……順番が逆だろ、それ」


 ヴィクターがぽつりと言った。


「そんな大事なこと、決めてから話されても困るよ」


「……」


 バイロンは何か言いかけたが、言葉が続かなかった。


「……そうだね。お前の言うとおりだ」


 ヴィクターから目を逸らし、俯く。


「私は……三人で話し合うところまで持っていければ、何か方法が見つかると思っていたんだ。でも、その前にお前たちがどうしたいのか、聞こうともしなかった」


「……兄さん」


 ヴィクターが小さく呼びかけたが、バイロンは顔を上げなかった。


「では、私を呼んだ理由についても、お聞かせいただけますか?」


 フォールが尋ねると、バイロンはゆっくりと顔を上げた。


「……遺言書が見つからなくても、誰かが故意に失わせたと分かれば、私の考えたようにはなりません。だから、あなたに調べてもらう必要があったんです」


「私が調査しても見つからず、原因も分からなければ、紛失したという判断に信用が生まれる。そう考えたのですね?」


「はい。私たちだけでそう主張するよりも、ずっと信用してもらえると思いました」


「ですが、私が真相を突き止める可能性もあった」


「……ええ。賭けでした」


 バイロンは苦笑した。


「それでも、あなたにお願いするしかないと思ったんです。失敗したら、その結果は受け入れるつもりでした」


 フォールはすぐには答えず、バイロンを見つめていた。


「……なるほど。お話は分かりました」


「申し訳ありません。あなたまで巻き込むつもりで依頼したことは、謝らなければなりませんね」


「謝罪については、後ほど改めて伺いましょう。まだ確認したいことがありますので」


 バイロンが頷く。


「あなたは、ヴァーノンさんがこの部屋へ入るところを見たとおっしゃいましたね。その後、部屋の中で何をしたかについては?」


「……分かりません。私は中まで見ていませんから。遺言書をどうしたのかまでは……」


 バイロンは言いかけて口を閉じ、ヴァーノンへ目を向けた。


 その視線を受けたヴァーノンが、不機嫌そうに眉をひそめる。


「……何だよ」


「兄さん。私があんなことをしなければ、兄さんが疑われることもなかったかもしれません。本当に、すみませんでした」


 バイロンは深く頭を下げた。


 ヴァーノンは黙ったまま、その姿を見下ろしていた。怒鳴り返すかと思ったが、しばらくすると大きく息を吐き、椅子の背にもたれた。


「……ったく。勝手なことしやがって」


 バイロンは頭を下げたまま動かなかった。


 やがて、フォールがヴァーノンへ向き直る。


「ヴァーノンさん。先ほどは、この部屋へ入っていないとおっしゃいましたね」


「……ああ」


「ですが、バイロンさんはあなたが入るところを見たと証言されています。もう一度、お尋ねしてもよろしいですか?」


 ヴァーノンは腕を組んだまま、フォールを睨んでいた。


「あなたは、あの日この部屋へ入って、何をしたのですか?」


「……ちっ」


 ヴァーノンが舌打ちする。


「入ったよ。それでいいんだろ」


「では、部屋の中では?」


「……机の上に遺言書が置いてあったんだよ」


 ヴァーノンは面倒くさそうに答えたものの、それ以上は続けようとしなかった。フォールが先を促すように待っていると、やがて諦めたように口を開く。


「隠したんだよ。どうせ親父のことだ。ろくなこと書いてねえと思ったんでな」


「中身は確認されたのですか?」


「してねえよ。読む気もなかった」


 あまりにもあっさりした答えに、俺は思わずヴァーノンの顔を見た。父親が何を書いたのか確かめもせず、遺言書を隠したというのか。


「ちょっと待ってくれよ、兄さん!」


 ヴィクターが身を乗り出した。


「中身も読まずに隠したの? 何が書いてあるか分からないのに?」


「分からなくても、ろくなもんじゃねえってことぐらい想像つくんだよ。あの親父のことだからな」


「いや、でも……え? それだけで?」


 ヴィクターは戸惑ったようにヴァーノンを見つめた。


「……分かってるよ。褒められたことじゃねえってのはな」


 ヴァーノンは椅子の背に深くもたれた。


「ただな、俺にはどうしても、親父がまともなことを書いたとは思えなかったんだよ。生きてる間だって、散々好き勝手やってきたんだ。死んだからって、急に俺たちのことを考えるようになるとは思えねえだろ」


 ヴィクターは言い返しかけたが、結局、何も言わなかった。


「……それで、隠したのですね」


 フォールの言葉に、ヴァーノンは頷いた。


「ああ。もっとも、最初からどうこうするつもりで部屋に入ったわけじゃねえ。机の上に置いてあったのが目に入って、つい手に取っちまったんだ。そしたら外から鍵がねえって声が聞こえてきやがった。遺言書を持ったまま出るわけにもいかねえし、かといって机に戻す気にもならなかった。それで、とっさに隠したんだよ」


 ヴァーノンはそこでバイロンへ視線を向けた。


「俺は親父の遺言書なんざ見たくもなかったってのに、お前は俺が何かするのを期待して、わざわざ鍵を落としたってわけか」


「……はい」


「まったく、何考えてんだか……」


 ヴァーノンは呆れたように言い、片手で額を押さえた。


 バイロンは何も言い返さず、俯いた。ヴィクターも二人の兄を交互に見ていたが、何を言えばいいのか分からないようだった。


 俺も、そんな兄弟の様子を黙って見ているしかなかった。

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