解錠
「では、なぜ遺言書は本来の場所から消え、別の場所に隠されたのか。ここからは、そのお話をしましょう」
フォールはそう言うと、三兄弟の顔を順に見回した。
「私は当初、遺言書の開封に立ち会うために呼ばれました。しかし、肝心の遺言書は見つからず、調査中には焼けた紙片も発見された。もっとも、それが遺言書ではなかったことは、先ほど確認したとおりです」
「じゃあ、やっぱり親父の遺言書は、どっかに紛れ込んでたってことか?」
ヴァーノンが尋ねると、フォールは首を横に振った。
「いいえ。調べていくうちに、誰かが意図的に隠した可能性も考えるようになりました」
「隠した、ですか?」
バイロンがわずかに眉を寄せる。
「ええ。そして、その考えで調べ直してみると、隠し場所そのものに見当をつけるのは、そう難しいことではありませんでした」
「……どういうことですか?」
「そのことを説明する前に、まずはこの部屋に誰が入ったのか、確認しておく必要があります」
フォールは三兄弟へ向き直った。
「ヴィクターさんとヴェルガさんについては、先ほどのお話で事情が分かりました。お二人がこの部屋へ入ったことも、そこで何をしていたのかも確認できています」
ヴィクターが小さく頷く。その隣でヴェルガは俯いたままだったが、先ほどまでの張り詰めた様子は少し和らいでいるように見えた。
「そこで、改めてお尋ねしたいのはヴァーノンさんです」
「……俺かよ」
ヴァーノンが顔をしかめ、組んでいた腕をほどいた。
「以前、廊下で鍵を拾ったとお話しされましたね。その鍵がどの部屋のものか分からなかったというお話でしたが、間違いありませんか?」
「ああ。そう言っただろ」
「ですが、この部屋の鍵は他の部屋のものより一回り大きい。ヴィクターさんにも確認しましたが、兄弟なら誰でも見慣れているものだそうですね。それなのに、あなたはどこの鍵か分からなかったとおっしゃった」
「……何が言いたい?」
「なぜ、この部屋の鍵だと分からなかったと嘘をついたのですか?」
それまで面倒くさそうに答えていたヴァーノンが、ぴたりと口を閉じた。
「鍵を拾ったこと自体は隠していない。それなのに、どこの鍵か分からなかったとおっしゃった。そこが気になるのです」
「……だから何だよ」
「この部屋の鍵だと知っていたことを、隠す理由があったのではありませんか? 例えば、実際にこの部屋へ入ったことを知られたくなかった、とか」
「……俺が入ったって証拠でもあんのかよ」
ヴァーノンが再び腕を組む。その視線はフォールから外れなかった。
「いいえ。ですから、あなたに直接お尋ねしています。この部屋へ入りましたか?」
フォールが問いかけると、ヴァーノンはしばらく黙り込んだ。バイロンもヴィクターも口を挟まず、その返事を待っている。
「……入ってねえよ」
「そうですか。分かりました」
フォールはそれ以上追及せず、ヴァーノンから視線を外した。
あっさり引き下がったようにも見えるが、ヴァーノンの返事だけで納得したわけではないだろう。俺も気になるところではあったが、フォールはすでに次の相手へ向き直っていた。
「では、バイロンさん。あなたはこの部屋の鍵を落としたと説明されましたが、間違いありませんか?」
「えっ……はい。そのとおりですが」
突然話を振られたバイロンは、少し驚いた様子で顔を上げた。
「では、なぜ落としたときに気づかなかったのでしょう? 見せていただいた鍵の大きさなら、床に落ちればそれなりの音がしそうなものですが」
「それは……考え事でもしていたのかもしれません……」
「ええ、それは考えられますね」
フォールはあっさりと頷いたが、質問はそれで終わらなかった。
「では、なぜ鍵束から、その一本だけが外れて落ちたのでしょうか?」
「……え?」
「他の鍵はそのままで、この部屋の鍵だけが外れていた。部屋の鍵を開けるだけなら、わざわざ鍵束から外す必要はありませんよね。偶然外れたというには、少々不自然ではありませんか?」
バイロンはすぐには答えなかった。何か言おうと口を開きかけたものの、結局そのまま視線を落とした。
鍵を落としたことに気づかなかったという話なら、まだ分からなくもない。だが、鍵束から一本だけ外れていた理由となると、話は別だ。俺たちが考えた可能性はあるものの、それが正しいかどうかはバイロンの答え次第だった。
フォールはしばらく返事を待っていたが、バイロンが口を開かないのを見て、静かに問いかけた。
「ここからは、あくまで私の仮説ですが、お話ししてもよろしいですか?」
「……はい」
バイロンが小さく頷く。
「私は、バイロンさんがヴァーノンさんに拾わせるため、わざと鍵を落としたのではないかと考えています」
「……えっ?」
バイロンが顔を上げた。その隣で、ヴァーノンも眉をひそめる。
「おい、ちょっと待てよ。何で俺が出てくるんだ?」
「あなたがその鍵を拾ったからです。それに、あなたとお父様の関係が良好ではなかったことも、すでに伺っています」
「……それがどうした」
「お父様との関係から、遺言書の内容が自分にとって不利なものになるのではないか。そう考えていたとしても不思議ではありません」
ヴァーノンは不機嫌そうに顔をしかめたが、否定はしなかった。
「バイロンさんは、そんなあなたにこの部屋へ入る機会を与えたかったのではありませんか? 鍵を直接渡すのではなく、偶然拾ったように見せかけることで」
「……何だよ、それ。俺が何かすると思って、わざと鍵を落としたってのか?」
「何をするかまでは分からなかったでしょう。ですが、遺言書に不満を抱いているかもしれない兄が、誰にも知られず部屋へ入れるとしたら……何らかの行動を起こす可能性はある。そう考えたのではありませんか?」
ヴァーノンはバイロンを睨んだが、バイロンは何も答えなかった。
俺は二人の様子を窺ったがヴァーノンの反応は思った以上に険しかった。自分が疑われたことへの苛立ちなのか、それとも弟が自分を利用したかもしれないと聞かされたせいなのか。今のところ、どちらとも判断できなかった。
「では、なぜそんなことをする必要があったのか」
フォールは再びバイロンへ視線を戻した。
「その理由には、このホテルの経済事情が関係しているのではないかと考えたのですが……いかがでしょう?」
バイロンの表情が強張った。
ホテルが抱える負債については、俺たちもすでに話を聞いている。それが遺言書の行方に関係している可能性も考えたが、バイロンが本当にそのために鍵を落としたのだとしたら、ずいぶん危ういやり方だと思う。
兄が鍵を拾ったからといって、思いどおりに動いてくれる保証なんてない。それでも、そんな方法を選んだのだろうか。
「さらに言えば、あなたは私が調査しても遺言書を発見できない方に賭けたのではありませんか?」
バイロンは顔を上げたまま、フォールを見つめている。
「そうなれば、遺言書は紛失したものとして扱われる。あなたは、そのために私を利用しようとしたのではありませんか?」
「……!」
バイロンが息を呑んだ。
フォールの言葉に、ヴァーノンが眉をひそめる。ヴィクターも驚いた様子でバイロンを見たが、当の本人は何も答えようとしなかった。
俺たちが考えた筋書きでは、フォールが調査しても遺言書を発見できなかったという結果が重要になる。だが、探偵が本当に隠された遺言書を見つけてしまう可能性だって、当然あったはずだ。バイロンはその危険を承知で、フォールを呼んだのだろうか。
「もちろん、これも私の推測にすぎません。ですが、そう考えると、あなたが私に調査を依頼した理由にも説明がつくのです」
フォールはそこで言葉を切った。
ヴァーノンもヴィクターも、今は何も言わない。俺もバイロンの返事を待ちながら、その表情を見つめていた。
ここまでフォールが話しても、バイロンはまだ何も認めていない。だが、否定する言葉も出てこなかった。
部屋に沈黙が広がる。
バイロンはしばらく俯いていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。




