清算したかったもの
フォールの呼びかけで、三兄弟とヴェルガが前支配人室に集まった。
俺とコメリアも同席している。遺言書が見つかったことは、まだ三兄弟には伝えていない。フォールは全員が揃ったのを確認すると、机の上に置かれた焼けた紙片へ目を向けた。
「さて、皆さんに集まっていただいたのは、これまでの調査で分かったことをお話しするためです。まずは、こちらの紙について確認させてください」
フォールが紙片を示すと、ヴェルガの表情がわずかに強張った。
「ヴェルガさん。以前、この部屋で火の魔法を使ったとおっしゃっていましたね」
「……はい。お部屋が暗かったものですから、明かりとして使用いたしました」
「それは事実でしょう。ただ、火の魔法を使ったのは、明かりを灯すためだけではなかった。何か別の物を燃やす目的があった。ここまでは間違いありませんね」
「……はい」
ヴェルガは小さく頷いた。
「では、単刀直入にお聞きします。あなたが燃やしたのは、借用書だったのではありませんか?」
ヴェルガは驚いたように顔を上げた。その隣で、ヴィクターもフォールを見つめている。
「……どうして、それを」
「前支配人からお金を借りていたことは、すでに確認しています。そして、あなたにはその借用書を処分したい理由があった。違いますか?」
ヴェルガはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……はい。私が燃やしたのは、借用書でございます」
「ちょっと待てよ」
ヴァーノンが口を挟んだ。
「借用書を燃やしたってことは、親父への借金をなかったことにしようとしたってことか?」
「いえ! 決して、そのようなつもりでは……!」
ヴェルガが慌てて顔を上げた。
「お借りしたお金は、きちんとお返しするつもりでおります。それだけは、どうか信じてくださいませ」
「ええ。私も、あなたが返済を免れようとしたとは考えていません」
フォールはそう答えると、コメリアへ視線を向けた。
「メリア。先ほど話していたことを、ヴェルガさんに聞いてみてくれるか?」
「うん、分かった」
コメリアは頷くと、ヴェルガへ向き直った。
「ヴェルガさん。少し聞いてもいいですか?」
「……はい、コメリアさん」
「お金を借りたことを、なかったことにしたかったわけじゃないんですよね?」
「はい……」
「だったら、借用書を持っているのが嫌だったんじゃなくて……その借用書が残っていること自体が、つらかったんじゃありませんか?」
ヴェルガが顔を上げた。
コメリアは言葉を選びながら続ける。
「借りたお金は返せば済むかもしれません。でも、借用書を見るたびに、思い出したくないことまで思い出してしまうとしたら……」
「……コメリアさん」
「ごめんなさい。無理に聞き出すつもりはないんです。ただ、もしそうだったのなら、借用書を燃やしたかった気持ちも、少しは分かる気がして」
ヴェルガはしばらくコメリアを見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「……はい。そのとおりでございます」
その声は、先ほどよりもずっと小さかった。
「お借りしたお金を返すことに、異存はございません。ただ……あの男とのつながりを表すものを、どうしても残しておきたくなかったのでございます」
コメリアはそれ以上、理由を尋ねなかった。
「……そうだったんですね」
ヴェルガは小さく頭を下げた。その肩がかすかに震え、押し殺した嗚咽が漏れた。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
やがてバイロンが、ヴェルガへ声をかけた。
「ヴェルガ、顔を上げてください。私たちは、あなたに返済を迫るつもりなどありませんよ」
「そうそう。前にも言ったけど、僕だって返してほしいなんて思ってないし」
ヴィクターも続ける。
ヴァーノンはしばらく黙っていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……ったく。そんなもん、最初から俺たちに言やよかっただろうが」
「ヴァーノン様……」
「親父が何を言ってたか知らねえが、今さら俺たちが取り立てると思ってたのかよ」
口調は相変わらず乱暴だったが、怒っているわけではなさそうだった。
ヴェルガは何か言おうとして、結局、小さく頭を下げた。
その様子を見届けてから、フォールはヴィクターへ視線を移した。
「さて、ヴィクターさん。もう一つ確認したいことがあります」
「僕?」
「あなたは以前、お父様に貸していた本を取りに行くため、ヴェルガさんと一緒にこの部屋へ入ったと話していましたね」
「うん。そうだよ」
「その際、ヴェルガさんが借用書を処分したがっていることは、知っていたのではありませんか?」
ヴィクターは少しだけ目を伏せたあと、苦笑した。
「……やっぱり、そこまで分かっちゃうか」
「では、ヴェルガさんがこの部屋へ入る機会を作ったのですね?」
「まあね。でも、燃やせって言ったわけじゃないよ。そこは勘違いしないでほしいな」
ヴィクターはそう言って、ヴェルガへ目を向けた。
「……余計なお世話だった?」
「いいえ、ヴィクター様。そのようなことは……」
「なら、よかった」
ヴィクターはいつもの調子で笑った。
それを見たヴェルガも、ほんの少しだけ表情を緩める。
俺は二人のやり取りを眺めながら、これまで聞いてきた話を思い返していた。
ヴィクターは最初から、ヴェルガが何かを隠していることを知っていた。でも、それを自分から話そうとはしなかった。
今なら、その理由も何となく分かる気がする。
「チャミー。これで燃えた紙の件は解決ってことでいいのかな?」
「少なくとも、ヴェルガさんが借用書を焼却したことは、ご本人の証言によって確認されました。また、遺言書は別に発見されていますので、焼却された紙を遺言書と考える必要はありません」
「だよな」
「ただし、借用書を燃やしたからといって、借金そのものがなくなるわけではありません」
「……そこは今回の件とは別の話かも知れないけど……結局つながっても来るんじゃないの?」
「はい。前支配人の貸付金も、相続財産の一つですから」
「ああ、そうか。借金も三兄弟に引き継がれるわけか」
「正確には、返済を受ける権利ですね」
「……ああ、そっちか」
俺がスマートフォンから顔を上げると、コメリアが呆れたような顔でこちらを見ていた。
「……今度は何を話してたの?」
「いや、燃えた紙の件はこれで一応解決かなって」
「それ、普通にこっちに言えばいいじゃない」
「……確かに」
思わず頷くと、コメリアは小さくため息をついた。
フォールはそんな俺たちを見て笑っていたが、やがて机の上の紙片を脇へ寄せた。
「さて。これで焼けた紙については説明がつきました」
その言葉に、全員の視線がフォールへ集まる。
「ですが、我々が調べていたのは、そもそも遺言書がどこへ消えたのか、という問題でしたね」
部屋の空気が少し変わった。
「実は、その遺言書についても、新たに分かったことがあります」
「……どういうことですか?」
バイロンが尋ねる。
フォールは三兄弟を順に見回した。
「それは、遺言書は紛失したのではなく、誰かによって隠されたのではないか、ということです」
「……は?」
ヴァーノンが眉をひそめた。
「どういう意味だよ、それ。何か違うのか?」
「ええ。遺言書は部屋を片づけているうちに紛失したのではなく、誰かが意図を持って隠したということです」
その瞬間、三兄弟の表情が変わった。
そしてフォールは、ゆっくりと言葉を続けた。
「では、なぜ遺言書は本来の場所から消え、別の場所に隠されたのか。ここからは、そのお話をしましょう」




