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異世界に転移したので、相棒のAIと謎解きを始めます~AI探偵の異世界迷推理~  作者: 土瓶蒸しの謎
第一幕

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12/63

それぞれの思い


 時は少し遡る。


 三兄弟はそれぞれ、誰にも明かしていない思いを抱えていた。


       ◇ ◇ ◇


 バイロンは、手の中の鍵を見つめていた。


 父親の部屋の鍵。支配人となった今、その管理も自分の仕事になっている。


 父親が亡くなってから、バイロンは何度もホテルの今後について考えていた。祖父の代から続いてきたホテルを、自分の代で終わらせたくはない。しかし、帳簿に残された多額の負債は、そう簡単に片づくものではなかった。


 父親はホテルをヴィクターに譲るつもりだった。事業で成功した弟なら、ホテルを立て直せると考えたのだろう。だが、ヴィクターは負債のことを知らない。何も知らないままホテルを受け継がせることなど、バイロンにはできなかった。


 かといって、ヴァーノン兄さんが遺言書の内容を知れば、どう思うだろうか。


 父親との仲は昔から悪かった。兄は気にしていないような顔をしていたが、本当にそうだったのかは分からない。


 三人で話し合えれば、それが一番いい。


 そう考えながらも、バイロンはなかなか切り出せずにいた。兄も弟も、今ではそれぞれの生活がある。以前のように気軽に顔を合わせることも少なくなっていた。


 廊下の先に、ヴァーノンの姿が見えた。


 バイロンは鍵を握る手に、わずかに力を込めた。


 兄なら、あの部屋に入る機会を得たとき、どうするだろう。


 父親から好かれていなかったことは、兄自身が誰よりよく知っている。遺言書に自分に不利なことが書かれていると考えても、おかしくはない。


 もし遺言書を見つけたとしても、簡単には持ち出さないだろう。そんなことをすれば、真っ先に疑われるのは自分だと分かっているはずだ。


 それなら、部屋の中に隠すかもしれない。


 バイロンには、一つだけ心当たりがあった。昔から兄が知っている、あの場所だ。兄なら思いつくだろうし、実際に隠すこともできる。


 あそこなら、最初から何かが隠されていると考えなければ、わざわざ調べようとは思わないだろう。


 もちろん、兄が必ずそこを選ぶとは限らない。そもそも遺言書に手を出すかどうかさえ分からないのだ。


 それでも、兄の性格を思えば、可能性はある。


 だが、それは兄の気持ちを利用することでもあった。


 バイロンは一瞬、足を緩めた。今ならまだ引き返せる。しかし、鍵を握ったまま歩き続けても、何も変わらない。


 バイロンは歩調を戻し、手にしていた鍵をそっと落とした。


 小さな金属音が廊下に響く。


 振り返らず、そのまま歩き続けた。兄が何もせず鍵を返してきたなら、それでいい。そう自分に言い聞かせたものの、胸の奥の落ち着かない感覚は消えなかった。


 しばらくして、兄から見えない位置へ移動し、そっと様子を確かめる。


 ヴァーノンが父親の部屋へ入っていくところだった。


「……兄さん」


 思わず、小さくつぶやいた。


 予想していた行動のはずなのに、実際に目にすると胸が重くなった。兄は何をするつもりなのだろう。そして、自分は何を期待しているのだろう。


 バイロンはしばらくその場に立っていたが、やがて部屋の近くへ戻った。


「おかしいですね……この辺りで鍵を落としたと思うのですが」


 室内にも聞こえるよう、少し声を張る。返事はなかった。


 バイロンは扉を見つめたあと、ゆっくりとその場を離れた。


      ◇ ◇ ◇


「……親父の部屋の鍵じゃねえか」


 廊下に落ちていた鍵を拾い上げ、ヴァーノンは眉をひそめた。


 こんなものを落とすとは、バイロンのやつもどうかしている。すぐに返してやればいいと思ったところで、手が止まった。


 その鍵が開けるのは、父親の部屋だった。あの男が死んでからわざわざ近づこうとも思わなかったし、生きていた頃にしたって、ろくな思い出がない場所だ。


 顔を合わせれば小言を言われ、何かにつけて気に入らないと文句をつけられた。父親が自分をどう思っていたかなど、今さら確かめる必要もなかった。


「……最後まで、ろくでもねえ親父だったな」


 ヴァーノンは鍵を握り直した。


 ホテルの負債のことを知ったときは、さすがに呆れた。経営のために金が必要だったのなら、まだ理解できたかもしれない。だが、実際には自分の趣味や道楽に金を使い、その負担をホテルへ押しつけていたのだ。


 あの男が残したものを、これから誰かが背負わなければならない。


 バイロンは今もホテルを守ろうとしている。昔から真面目な弟だったが、あいつは少々、何でも自分で抱え込みすぎる。


 ヴィクターも、今では自分の商売で忙しいらしい。兄弟で集まる機会は減り、それぞれ何を考えているのか、最近ではよく分からない。


 それでも、あの男の勝手な都合に振り回されるのは、自分一人で十分だった。


 ヴァーノンは鍵を見下ろした。


 遺言書がなければ、相続は三人で均等になる。もちろん、負債まで消えるわけではない。それでも、父親が最後に決めた通りにすべてが進むよりは、まだましだ。


「……ちょっと見てくるか」


 誰に言うでもなくつぶやき、父親の部屋へ向かった。


 扉を開けると、見慣れた室内が目に入った。昔と大して変わっていないことが、妙に腹立たしかった。あれだけ好き勝手に生きた男がいなくなっても、部屋だけは何事もなかったように残っている。


 ヴァーノンは舌打ちし、遺言書を探し始めた。


 ほどなくして、目当てのものを見つける。


「……これか」


 手に取ってみても、中に何が書かれているかは分からない。だが、父親が自分に都合のいいことを書いているとは、とても思えなかった。


 そのとき、廊下から声が聞こえてきた。


「おかしいですね……この辺りで鍵を落としたと思うのですが」


 バイロンだ。


「ちっ、もう気づきやがったか」


 ヴァーノンは思わず扉へ目を向けた。


 鍵を持っているところを見られれば、ここへ入ったことを疑われるかもしれない。このまま遺言書を持ち出すのもまずい。かといって、元の場所へ戻す気にもなれなかった。


 ヴァーノンは室内を見回した。


 昔、父親に呼びつけられて何度もこの部屋へ来た。嫌な思い出ばかりだったが、そのおかげで部屋の中のことはよく覚えている。


 ふと、ある場所が頭に浮かんだ。


「……ああ、そういや」


 昔の記憶をたどりながら、もう一度その場所を確かめる。


 あそこなら、そう簡単には見つからないだろう。それに、今の自分なら余計なものを動かさずに済む。


「……ここならいけるか」


 ヴァーノンは遺言書を手に、その場所へ向かった。


 しばらくして、廊下の気配が遠ざかった。ヴァーノンは部屋を出ると、扉に鍵をかけた。


 あとは、何も知らない顔をして返せばいい。


 そう思ったところで、ふとバイロンの顔が浮かんだ。あいつは、このホテルをどうするつもりなのだろう。聞いたところで、素直に答えるかどうか。


「……まったく、面倒くせえ」


 ヴァーノンは鍵を握り、弟を探しに歩き出した。


      ◇ ◇ ◇


「ヴェルガ、ちょっと付き合ってくれない?」


 ヴィクターが声をかけると、ヴェルガは手を止めて振り返った。


「どちらへでしょうか?」


「親父の部屋。前に貸した本が、まだ置いてあるはずなんだよね」


「旦那様のお部屋、ですか……」


 ヴェルガの表情が、ほんの少し曇った。


 ヴィクターは気づかないふりをして、いつものように笑った。


「そうそう。せっかく帰ってきたんだし、持って帰ろうと思ってさ」


 ヴェルガには、子供の頃からずいぶん世話になった。父親に叱られたときも、何か失敗したときも、気づけば彼女がそばにいた。


 今でこそ自分の仕事を持ち、昔ほどホテルへ帰ってくることもなくなったが、ヴェルガの前では、どうにも子供の頃の調子が抜けない。


 そんな彼女が父親から金を借りていたことを、ヴィクターは知っていた。


 返済すること自体を嫌がっているわけではない。ただ、父親のことが話題になると、ヴェルガは時折、ひどくつらそうな顔をする。以前は何でも話してくれた相手なのに、そのことだけは詳しく聞こうとしても口を閉ざしてしまう。


 ヴィクターも、それ以上は聞けなかった。


 父親が亡くなっても、借用書はあの部屋に残っている。ヴェルガがそのことを気にしているのは、何となく分かっていた。


「……ヴィクター様、お一人で行かれた方がよろしいのでは?」


「えー、なんで? 別に二人で行ってもいいじゃん」


「ですが、旦那様のお部屋ですし……」


「親父はもういないんだし、そんなに気にしなくていいって」


 軽く言ってから、ヴィクターは少しだけ後悔した。ヴェルガにとって、父親は自分とは違う存在だったのだろう。それを簡単に気にするなと言って済ませられるものではない。


「……まあ、無理にとは言わないけどさ」


 ヴィクターがそう付け加えると、ヴェルガは少し驚いたように顔を上げた。


「いえ、そういうわけでは……」


「だったら、一緒に行こうよ。昔はよく俺の用事に付き合ってくれたじゃん」


「それは、ヴィクター様がいつも勝手なことをなさるので、目を離せなかっただけです」


「えっ、そうだったの?」


「そうですよ」


 ヴェルガが、かすかに笑った。


 久しぶりに見た、昔と変わらない笑顔だった。ヴィクターもつられて笑う。


 あの頃は、ヴェルガが困った顔をするのが面白くて、わざと手のかかることをしたものだ。今思えば、ずいぶん迷惑をかけた。


 だからというわけでもないが、今度くらいは自分が何かしてやりたい。


 父親に貸した本を取りに行くのは、本当の用事だ。バイロン兄さんに鍵を借りれば、部屋へ入ることもできる。


 ヴェルガがあの借用書をどうするつもりなのか、ヴィクターには分からない。けれど、彼女が何かをしたいと思っているのなら、その機会くらいは作ってやれる。


「じゃ、決まりね。バイロン兄さんのところで鍵を借りてくるよ」


「……ヴィクター様」


「ん?」


 ヴェルガは何か言いかけて、口を閉じた。その様子を見て、ヴィクターはいつもの調子で肩をすくめた。


「大丈夫だって。本を取ってくるだけなんだから」


「……はい」


 ヴェルガが静かにうなずく。


 ヴィクターはそれ以上、何も聞かなかった。


      ◇ ◇ ◇


 三兄弟とヴェルガのもとを順に訪ねたコメリアは、それぞれに同じ用件を伝えた。


「父が遺言書のことでお話があるそうです。前支配人室にお集まりいただけますか?」


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