つながる点と点
ヴィクターとの聞き取りを終え、俺たちはコメリアの待つ部屋へ戻った。
「おかえり。何か収穫はあった?」
「ああ。いくつか興味深い話が聞けたよ」
フォールは椅子に腰を下ろすと、ヴィクターから聞いた内容をコメリアに伝えた。俺も机の上にスマートフォンを置き、話を聞きながら頭の中を整理する。
ヴェルガが燃やしたものについては、ある程度の見当がついた。けれど、それが遺言書の紛失と直接関係しているのかは分からない。それよりも気になるのは、ヴァーノンの鍵についての証言だった。
「……つまり、ヴァーノンは鍵が何の部屋のものか分かっていた可能性が高いのね」
話を聞き終えたコメリアが、考え込むように腕を組んだ。
「そういうことになるな。ただ、なぜ知らないと言ったのかは、まだ分からん」
「でも、それならあたしが気になってたこととも関係するかもしれないわ」
「何か見つけたのか?」
「見つけたっていうより、ちょっと考えてたの。遺言書が隠されていた場所について」
コメリアはそこで一度言葉を切り、俺たちの顔を見回した。
「あそこに隠したってことは、誰にでも同じことができるとは限らないんじゃないかしら」
「……どういう意味だ?」
「だって、道具を使ったり、何かを動かしたりした形跡はなかったでしょ? だったら、隠し場所そのものが、隠した人物を考える手掛かりになるんじゃないかってことよ」
俺にはまだよく分からなかったが、フォールはしばらく考えたあと、納得したように頷いた。
「なるほど。確かに、そういう見方はしていなかったな」
「でしょ? だから、そこも考えておいた方がいいと思うの」
「いいところに気づいたな、メリア」
褒められたコメリアは満足そうだったが、俺としては何が分かったのかさっぱりだ。
「ちょっと待ってくれ。二人だけで納得されても困るんだけど」
「クニタカも実際に見たでしょ? 少しは自分で考えなさいよ」
「いや、考えても分からないから聞いてるんだが……」
俺がぼやくと、スマートフォンからチャミーの声が聞こえた。
『都尊さん。現時点では、具体的な条件を断定する必要はありません。まずは、そのような条件が存在する可能性を考慮すれば十分です』
「……そういうことか」
『はい』
今すぐ答えを出す必要はない。そういう条件があるかもしれないと頭に置いておけばいいわけだ。
「さて、では鍵の話に戻ろうか」
フォールがそう言って、俺たちを見回した。
「ヴァーノンさんは、拾った鍵が父親の部屋のものだと分かっていた可能性がある。では、バイロンさんがその鍵を落としたことには、何か意味があったのだろうか」
「わざと落としたってことですか?」
「そういう可能性も考えてみよう」
バイロンが鍵を落としたのが偶然なら、ヴァーノンが拾ったのも偶然ということになる。だが、意図的だったとすれば話は違う。兄が拾うことを期待していた、という仮説が成り立つ。
「……ヴァーノンさんに、父親の部屋へ入ってほしかった?」
「そう考えることはできるな」
「でも、それならバイロンが自分で入ればいいじゃない」
コメリアの指摘はもっともだった。バイロンは鍵を持っていたのだから、父親の部屋に入るだけなら誰かに渡す必要はない。わざわざ兄に拾わせる理由があるとすれば、自分ではなくヴァーノンが入ることに意味があったのかもしれない。
「自分ではやりたくないことがあった、とか……」
「何を?」
「それが分かれば苦労しないんだけど」
コメリアは呆れたように俺を見たが、フォールは口元に手を当てて考え込んでいた。
「では、別の角度から考えてみよう。バイロンさんが鍵を探しに戻ってきたことは、どう説明できる?」
俺はヴァーノンの話を思い返した。鍵を拾ったあと、バイロンが探しに来たから返したという流れだったはずだ。
「……兄に部屋へ入る機会を与えておいて、あとから鍵を回収した?」
「でも、それじゃヴァーノンが何かする時間も限られるわよね」
「そうなんだよな」
もしバイロンが兄に何かさせたかったなら、もっと時間を与えた方が確実なはずだ。わざわざ探しに戻ってくるのは、むしろ邪魔をしているようにも思える。
「……もしかして、何をするかまでは決めてなかったんじゃないですか?」
「ほう?」
「鍵を拾わせて、部屋に入る機会だけ作る。あとはヴァーノンさんがどうするかに任せたとか」
「ずいぶん運任せね。何もしないで鍵を返すかもしれないのに」
「だから、そこが引っかかるんだよ」
ヴァーノンが部屋へ入るとは限らないし、入ったとしても何をするかは本人次第だ。そんな不確実な方法を選ぶくらいなら、自分で行動した方が早い。
『都尊さん。行動を起こす人物と、その結果を望んでいる人物が同じである必要はありません』
チャミーの言葉に、俺は顔を上げた。
「……ああ、そうか」
バイロンが望んでいたのは、必ずしもヴァーノンに特定の行動をさせることではなかったのかもしれない。
例えば、遺言書が見つからなくなるという結果だけを期待していたとしたら。
「フォールさん。遺言書が見つからず、故意に失わせた人物も分からなかった場合、相続はどうなるんでしたっけ?」
「基本的には、三兄弟による均等相続になるな」
「だったら、バイロンさんが望んでいたのは、その状態だったんじゃないですか?」
俺は考えをまとめながら続けた。
「自分で遺言書を隠したら、自分が故意に失わせたことになる。でも、ヴァーノンさんが勝手に何かしたなら、バイロンさん自身は遺言書に手を出さずに済む」
「……つまり、ヴァーノンを利用したってこと?」
コメリアの表情が険しくなった。
「そういう可能性もある。ただ、ヴァーノンさんが何もしなければ失敗だし、何かしたとしても、それが明らかになればバイロンさんの望んだ結果にはならないだろうな」
「それに、ヴァーノンが遺言書をどうするかなんて、バイロンには分からないでしょ?」
「ああ。だから、確実な計画だったとは思えないんだ」
フォールは俺たちの話を聞きながら、ゆっくりと頷いた。
「だが、興味深い仮説ではあるな。バイロンさんが直接行動しなかった理由を考えるうえでは、筋が通っている」
バイロンが鍵を落とした理由と、ヴァーノンが拾ったあとに何をしたのか。二人が示し合わせていたのでなければ、それぞれ別の目的で動いていた可能性もある。
「……ただ、どうしてそこまでして遺言書をなくしたかったのか、ですよね」
「そうだ。そこには相続の問題が関わっている可能性がある」
俺はホテルの負債について考えた。
遺言書の内容どおりなら、ホテルはヴィクターが引き継ぐことになる。しかし、遺言書が失われれば、三兄弟で相続する形に変わる。
バイロンは支配人として、ホテルが多額の負債を抱えていることを知っていた。そんな状態で末弟一人に相続させることを、どう考えていたのだろう。
「……それなら、最初から兄弟に相談すればよかったんじゃないですか?」
「相談することはできるだろうね。ただ、遺言書の扱いには決まりがある」
「決まり?」
「遺言書の効力を無効にするには、開封する前に相続権を持つ者全員の同意が必要なんだ」
「全員ってことは、三兄弟全員ですか?」
「そうだ。一人でも同意しなければ、遺言書はそのまま効力を持つ」
俺は思わず腕を組んだ。
「じゃあ、バイロンさん一人が反対したところで、どうにもならないわけですね」
「そういうことになるな」
「でも、三人でホテルを引き継ぎたいなら、そう言えばいいんじゃないの?」
コメリアの疑問に、俺はすぐには答えられなかった。
ホテルには多額の負債がある。バイロンはそれを知っているが、ヴィクターは知らない。しかも、バイロンは兄のヴァーノンも負債を知らないと思っているのではないか。
「……もしかして、負債のことを話したくなかったんじゃないか?」
「どういうこと?」
「遺言書を無効にしたいって言えば、当然、理由を聞かれるだろ? そのときにホテルの負債を説明したら、ヴィクターさんが相続を嫌がるかもしれない」
「でも、黙っていたら遺言書が開封されるだけでしょ?」
「そうなんだよ。開封されたらヴィクターさんがホテルを引き継ぐことになる。そこで負債があるって知ったら……」
「相続放棄を考えるかもしれない、ということか」
フォールの言葉に、俺は頷いた。
「はい。バイロンさんは、それを避けたかったんじゃないでしょうか」
遺言書を無効にするためには、開封前に全員の同意を得なければならない。かといって、開封してしまえば、負債を抱えたホテルをヴィクター一人に相続させる話になる。
どちらにしても、バイロンにとっては都合が悪かったのかもしれない。
「だから、遺言書そのものが見つからなくなれば……」
「三兄弟で均等相続する話になる、というわけね」
コメリアが俺の言葉を引き継いだ。
「そう。先に三人で相続する方向に話を進めて、負債のことはそのあとで説明するつもりだったんじゃないかって」
「……それって、ちょっと順番がおかしくない?」
「まあ、そうなんだけど」
俺もそう思う。負債があるなら、最初から説明して相談するのが筋だろう。けれど、それでは弟たちが相続を断るかもしれないとバイロンが考えていたなら、話は変わってくる。
「でも、遺言書がなくなったからって、相続放棄できなくなるわけじゃないでしょ?」
「……あ、そっか」
コメリアの指摘に、俺は言葉を詰まらせた。
「その通りだよ。遺言書が見つからないことと、相続を放棄できるかどうかは別の問題だ」
フォールも頷いた。
「それじゃ、結局同じことになりませんか?」
「必ずしもそうとは限らない。三人で相続する話が先に進んでいれば、その後の相談の仕方も変わるかもしれないからね。ただ、それがバイロンさんの考えだったかどうかは、まだ分からない」
なるほど。ヴィクターに一人でホテルを引き継ぐかどうか判断させるのと、三兄弟でホテルをどうするか相談するのとでは、確かに状況が違う。
それでも、負債を後回しにしたところで問題が消えるわけではない。バイロンがそこまでして三人での相続に持ち込みたかったのなら、ホテルに対して何か強い思いがあったのだろうか。
「……何となく、事件の形が見えてきた気がします」
「ほう。それはいいことだ」
「でも、誰が何をしたかだけじゃなくて、何のためにしたのかを考えると、話が変わってくるんだなって」
「そうだな。では、もう一つ考えてみようか」
フォールは机の上に置いた手を組み、俺たちを見回した。
「もし、それぞれが自分の利益のためではなく、誰かを守ろうとして行動していたとしたら?」
俺は思わず顔を上げた。
誰かを守るため。
そう考えると、あの兄弟たちの言葉がまた別の意味を持ってくる。
そして、もう一つ。
今まで当たり前だと思っていたことに、ふと疑問が浮かんだ。
「あれ……ちょっと待ってください」
「どうしたんだい、クニタカ君?」
「ひょっとして、バイロンさんがフォールさんに依頼した本当の目的って……」
俺は頭の中で考えをつなぎながら、ゆっくりと言葉にした。
「単に遺言書の開封に立ち会ってもらうためじゃなくて、遺言書を探しても見つからなかったっていう証人になってもらうためだったんじゃ……?」
フォールはすぐには答えなかった。
その隣で、コメリアが目を見開く。
「……それって、最初から遺言書が見つからないことを想定して、パパを呼んだってこと?」
「そう。フォールさんが調べても遺言書が見つからず、誰がなくしたのかも分からないってことになれば、三兄弟で均等に相続する根拠になるんじゃないかって」
フォールはしばらく俺を見つめたあと、静かに口を開いた。
「……なるほど。なかなか面白いところに気づいたね、クニタカ君」
その言葉に、俺は思わず背筋を伸ばした。
「じゃあ、やっぱり……?」
「いや、まだ仮説だよ。ただ、バイロンさんが私を呼んだ理由についても、改めて考える必要がありそうだ」
フォールはそれ以上何も言わず、意味ありげに微笑んだ。




