食い違う証言
「おや、探偵さんたち。また僕に会いに来てくれたの?」
ヴィクターは俺たちの姿を見るなり、嬉しそうに笑った。
「いやあ、人気者はつらいね。もっとも、男二人に追いかけ回されるっていうのは、あまり嬉しくないけど」
「悪いな。もう少し話を聞かせてほしいんだ」
「もちろん。僕でよければ何でもどうぞ。……と言いたいところだけど、答えられることだけで勘弁してね?」
最初から予防線を張られてしまった。
フォールは苦笑しながら椅子を勧められ、俺もその隣に腰を下ろした。ヴィクターは向かいに座ると、いつもの気楽な調子でこちらを見ている。
「父親の部屋に入ったときのことを、改めて確認したい。あなたは本を取りに行き、ヴェルガさんも一緒だったんだな?」
「うん。親父に貸した本があってさ。返してもらう前に死んじゃったから、自分で取りに行くしかなかったんだよね」
「部屋に入ってからは、ずっと一緒にいたのか?」
「いや、僕は本を探してたからね。ヴェルガが何をしてるか、ずっと見てたわけじゃないよ」
「だが、彼女が紙を燃やしたことには気づいた」
「そりゃあ、部屋の中で火を使われたらねえ。いくら火魔法でも、あんなところで使われたら驚くよ」
ヴィクターは肩をすくめた。
前にも聞いた話だけど、何となく引っかかる。紙を燃やしたことは認めるのに、何を燃やしたのかとなると途端に口を閉ざす。単に見ていなかったというだけなら、そう言えば済むはずだ。
「ヴィクターさん。ヴェルガさんが何を燃やしたのか、本当に知らないのか?」
フォールが尋ねると、ヴィクターは困ったように笑った。
「……探偵さん、なかなか諦めないね」
「仕事だからな」
「それ、便利な言葉だなあ」
冗談めかして返したものの、ヴィクターはすぐには続きを話さなかった。
「ヴェルガさんが、あなたの父親から金を借りていたことは知っているか?」
フォールが話題を変えると、ヴィクターの表情がわずかに変わった。
「……ああ、その話か。バイロン兄さんから聞いたの?」
「そうだ」
「そっか。兄さん、そういうことまで話したんだね」
責めるような言い方ではなかった。ただ、先ほどまで浮かべていた笑みは消えている。
「知ってるよ。ヴェルガが親父から金を借りてたことはね。でも、だから何だっていうの?」
「借金があれば、借用書が作られていた可能性もある。父親の部屋にそうした書類が残っていたとしても不思議ではないだろう」
「なるほど。だからヴェルガが燃やした紙を気にしてるわけだ」
ヴィクターは納得したように頷いたが、それ以上は何も言わなかった。
「もし借用書を燃やしたんだとしたら、借金をなかったことにしたかったんでしょうか?」
俺が口を挟むと、ヴィクターはこちらを見た。
「クニタカ君はそう思う?」
「え? いや、そういう可能性もあるのかなって……」
「まあ、そう考えるよね。借金の証拠になる紙を燃やしたって聞けばさ」
ヴィクターは笑ったが、今度の笑顔にはいつもの軽さがなかった。
「でもね、ヴェルガはそんなことをする人じゃないよ」
はっきりした言い方だった。
「僕らが小さい頃から、ずっと面倒を見てくれた人なんだ。ヴァーノン兄さんもバイロン兄さんも、もちろん僕だって、あの人には頭が上がらないところがある。だから、親父から金を借りてたって聞いても、僕は別に返してほしいなんて思わないよ。兄さんたちだって、ヴェルガに返せなんて言わないと思うけどね」
「それは、兄弟みんなが同じ考えなのか?」
「少なくとも、ヴェルガを困らせたいなんて思ってる兄弟はいないよ。ヴァーノン兄さんなんか、ああ見えて身内には甘いところがあるしね」
あのヴァーノンが?
つい疑わしい顔をしてしまったらしく、ヴィクターは俺を見て吹き出した。
「ほら、そういう顔する。まあ、気持ちは分かるけどさ」
「い、いや、別に……」
「いいよいいよ。兄さん、初対面の人には大体あんな感じだから」
笑いながらそう言ったあと、ヴィクターは少しだけ声を落とした。
「ただね。ヴェルガにとっては、返さなくていいと言われればそれで済むって話でもなかったんだと思う」
「それは、どういう意味だ?」
フォールの問いに、ヴィクターは口を閉じた。
先ほどまでよく動いていた口元が、今度はなかなか開かない。フォールも続きを急かさずに待っていたが、やがてヴィクターは小さく首を振った。
「……ごめん。そこは僕から話すことじゃないと思う」
「ヴェルガさん本人に聞いてほしい、ということか」
「うん。あの人にだって、話したくないことはあるだろうからね」
ヴィクターはそう言って、少し申し訳なさそうに笑った。
これ以上聞いても、今は答えてくれそうにない。
フォールも同じように判断したのか、ひとまず頷いてから、別の質問をした。
「では、もう一つ。あなたが父親の部屋へ行ったとき、ヴェルガさんを同行させたのは偶然だったのか?」
「……あらら。まだ終わりじゃなかったか」
ヴィクターは天井を仰いだ。
「本を取りに行ったのは本当だよ。でも、ヴェルガにもあの部屋に用事があることは知ってた。僕が鍵を借りれば、あの人も一緒に入れるだろ?」
「つまり、最初から一緒に入るつもりだったんだな」
「まあね。親父の部屋に入る機会なんて、そう何度もあるわけじゃないし」
「彼女が何をするつもりだったかも知っていたのか?」
ヴィクターは答えず、フォールを見つめた。
さっきまでなら、適当な冗談でかわしていたかもしれない。けれど今は、それすら口にしない。
「……探偵さん。僕がヴェルガを連れていったことは、別に隠さないよ。でも、あの人の事情まで僕が勝手に喋るのは違うと思うんだ」
「分かった。無理にとは言わんよ」
「助かるよ。これ以上しつこく聞かれたら、僕まで探偵さんが嫌いになっちゃうところだった」
「それは困るな」
「でしょ?」
ヴィクターはようやくいつもの調子を取り戻したようだった。
その様子を見ながら、俺は何となく納得してしまった。
ヴィクターはヴェルガを疑われたくないんだろう。何を燃やしたのか知っているのかどうかはともかく、彼女に不利になるようなことは話したくない。それだけは、さっきのやり取りから十分に伝わってきた。
「ところで、ヴィクターさん。鍵についても一つ聞いていいか?」
フォールがそう言うと、ヴィクターは目を丸くした。
「鍵? 今度はそっち?」
「ああ。あなたもバイロンさんから父親の部屋の鍵を借りているからな。確認しておきたいことがある」
「何だい?」
「父親の部屋の鍵は、見ただけでほかの鍵と区別できるものなのか?」
「ああ、できるよ。あの鍵、ほかのより大きいからね」
ヴィクターはあっさり答えた。
「じゃあ、ヴィクターさんは鍵を見れば、それが父親の部屋のものだと分かるんですね?」
「もちろん。そんなに珍しいことかな?」
俺が尋ねると、ヴィクターは不思議そうに首を傾げた。
「いや、俺たちは今日初めて見たので……。ほかの兄弟も分かるものなんですか?」
「分かると思うよ。兄弟ならみんな、あの鍵は見慣れてるだろうし。別に僕だけが知ってるわけじゃないからね」
「なるほど。ありがとう」
フォールはそれだけ言って頷いた。
ヴィクターの方は、何を確かめたかったのか分からないという顔をしている。さっきまでヴェルガの話ではあんなに慎重だったのに、鍵のことになると拍子抜けするほど簡単に答えてくれた。
俺は思わずフォールを見たが、彼は何事もなかったように話を続けた。
「聞きたいことは以上だ。何度も時間を取らせて悪かったな」
「いやいや、これくらいならいつでもどうぞ。もっとも、次はもう少し楽しい話にしてほしいけど」
「善処しよう」
「それ、絶対しない人の返事だよね?」
ヴィクターが笑い、フォールも苦笑した。
俺たちは礼を言って席を立った。
◇
ヴィクターと別れて廊下を歩きながら、俺はさっきの鍵の話を思い返していた。
「……フォールさん。ちょっといいですか?」
「何だい、クニタカ君?」
「ヴィクターさん、父親の部屋の鍵は兄弟なら誰でも分かるって言ってましたよね」
「ああ。そう言っていたな」
「でも、ヴァーノンさんは拾ったとき、何の鍵か分からなかったって……」
そこまで口にして、ようやく二人の話が食い違っていることに気づいた。
「……あれ? じゃあ、ヴァーノンさんの話って、おかしくないですか?」
「そういうことだ」
フォールは足を止め、こちらを振り返った。
「ヴァーノンさんは、拾った鍵がどこの部屋のものか分からなかったと言った。だが、ヴィクターさんの話では、兄弟なら誰でも父親の部屋の鍵を見分けられる」
「つまり、ヴァーノンさんは最初から分かってたってことですよね?」
「少なくとも、分からなかったという説明には疑問が残るな」
「でも、何でそんなことを……」
そこまで言って、俺は口を閉じた。
ヴァーノンが鍵を拾ったことは、もう分かっている。
そして、父親の部屋の鍵だと分かっていた可能性も高い。
だったら、あの人はどうして、何の鍵か分からなかったなんて言ったんだろう。
「クニタカ君」
「はい?」
「今日の聞き取りで、確かめられたことは少なくない。まずはそこを押さえておこう」
フォールはそう言って、再び歩き始めた。
俺もその隣に並びながら、ヴィクターとの会話を思い返す。
ヴェルガが父親の部屋へ入ったのは、偶然じゃなかった。ヴィクターは彼女に用事があると知っていて、一緒に入れるようにしていた。
燃やしたのは、おそらく借用書だろう。
借金をしていた本人が、貸主の部屋で書類を燃やした。しかも、その話になるとヴィクターは口を閉ざす。ここまで揃えば、そう考えるのが自然だ。
ただ、借金を踏み倒すためだったとは思えなくなってきた。
ヴィクターは返済を求めるつもりがないと言っていたし、ほかの兄弟も同じだろうと話していた。それでもヴェルガが借用書を燃やしたかったのなら、何か別の理由があるんだろう。
そして、鍵のこと。
ヴァーノンが拾った鍵は、兄弟なら見分けられるものだった。
あの人の証言には、確かに食い違いがある。
最初は誰の話を聞いても分からないことばかり増えていく気がしていたけど、今は少し違う。
少なくとも、誰が何をしたのか、その輪郭は見えてきた。
「……フォールさん」
「今度は何だい?」
「探偵って、こうやって少しずつ調べていくものなんですね」
「まあ、そうだな。いきなり答えが見つかることの方が少ないよ」
「なるほど……」
俺は小さく頷いた。
名探偵が一瞬で事件の真相を見抜くような展開を、どこかで期待していたのかもしれない。
でも、実際にやっていることは、話を聞いて、確かめて、食い違いを見つけることの繰り返しだ。
地味だけど、さっきよりは確実に前へ進んでいる。
少なくとも、俺にもそれくらいは分かるようになってきた。




