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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編 (前編)】
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4・吹き荒ぶ煽り風⑤

 

 地球に滞在中のユニは、映画館にいた。


 日の暮れぬうち世界二周を終えたユニだったが、まだ魔法界へ帰るには早いと判断した。なので、人気も座席の数も少ない寂れた映画館で「コングVSシャーク 〜金髪美女争奪戦〜」でも見て、時間を潰しているのだ。破れやワタの露出の少ない比較的綺麗な座席にもたれかかり、腕と長い足を組んだ姿勢で、相変わらず偉そうである。


(やれやれ……奴の為に時間稼ぎするのも面倒なものだな。まだ早い気もするが、そろそろ動くとしよう)


 別世界、ましてや精神を移した分体が地球にいると、ほとんど優兎との繫がりは切れた状態になる。ユニはクライマックスの最中に席を立った。――おっと。ここを出る前にやることがある。

 ユニは上映中にぺちゃくちゃ喋るカップルを小突き、劇場内を走り回る子供達の尻を一人ずつ蹴飛ばすと、涼しい顔で出て行った。


 気配でさっと四方を確認すると、ユニは姿を隠し、名も知らぬたわんだ電線ばかりのつまらない町の上空を飛んだ。今頃は優兎(ゆうと)の事だ、島に置いた実をすべて食い尽くされてボコボコにやられているか、よくて生き残っている程度の成果にしかなっていないだろうと予測していた。ユニ自身が修行に関与しておきながらそう思うのは、多く期待値を高くしすぎると、結果、予測が下回っていた場合には優兎を爆破しかねないと見ていたからだ。優兎が相手ともなると、下回る確立の方が勝っているに違いない。


 おかげで水準を低く定められていた優兎は、死への直行を免れる事となった。だからといって、上回ったわけでもなく……。


 ユニが島へ戻ると、優兎は猿達に胴上げされていた。


「……」 うまく言葉が出ない。「こうも過程が気になった事はそうそうないぞ。一体何をしている」


「あ、お帰り! 今ちょっと、僕らで映画のワンシーンを再現していたところなんだ。『コングVSシャーク』って知ってる?」


「つい先刻見てきたところだが、そんなシーンあったか?」


「『コングウーマンVSシャークベイビー3 〜帰って来た! 金髪ゾンビのジェイソン〜』の方だったかもしれない」 優兎は兄妹に胴上げをやめさせた。「次は桃太郎ごっこをやろうと思うんだよね。角が生えてるしちょうどいいや、ユニ、鬼やってくれない?」


 ドスッ! ユニは優兎の額に光の結晶を撃ち込んだ。


「これで役者は揃ったな。どうでもいい」 ユニは頭を掻いた。「その様子だと、とうに修行は結していたようだな。で、貴様に渡しておいた実は三つとも使わずに済んだのだろうな」


「開始十分くらいで使い果たした」


 ドスッ! ユニは一本目の横に二本目の結晶を撃った。


「巨大な果実は島にいくつあったと思う」


「四個……もしかして、もっとあった?」


 ドスッ! 三本目。


「しかし、重点となるべきは身になったかどうかだ。一切進展がなかったなんて事はまずなかろう。どうなんだ」


「うーん、攻撃は結局当たらな――あ"! ま、待って待って! 回復! 回復のスピードはアップしたと思うよ? いやアップしたよ! ちょっとだけだけど! でも衝突する内に二匹と仲良くなっちゃって、何よりも磨き上げられたのはコミュニケーション能力っていう――」


 ドカアアアアアンッ!


 ――とはならなかったが、ユニの顔は優兎の額に角を生やす以上の処罰を与えたくて(たま)らなそうにしていた。結果、何もしてこなかったが。

 だが、何もして来ないというのは反って優兎の心を(えぐ)ってきたように思えた。


「ごめんなさい、出来の悪い教え子で……」


 優兎は申し訳無さそうに謝った。同時に頭に生えた結晶を引き抜き、手で何度か擦って傷を綺麗にしたのだが、そのさり気ない動作にユニは目を細めた。確か〈ハルモニア〉の地にて技を使っていた時は、もっと手間を要していたはずだと。目を閉じて集中する必要があったし、魔力の浪費も著しく見られた。

 一応口だけではないらしい。ユニはハァ、と息を吐き出した。


「喜べ、補習だ。その腐った面に免じて、もう一度舞台を整えてやる」


「補習? またユニの言う宝探しに挑戦させてくれるってこと?」


「ふざける余裕があるようだからな。それに……後の事を踏まえても、今の貴様では大した反応は得られまい」


「? 後の事って?」


 優兎はユニに視線を注ぐ。ユニは構わず巨大ホオズキの配置に着手した。


「そら、再配置してやったぞ。場所は当然変えてある。その上で果実を十から四つまでに減少させた」


「そこは普通、一度目と同じ数にするのがベストなんじゃないの……? 増やす事はユニの性格上有り得ないにしても、ただでさえ想定が下回っていたんだよね?」


「今回はボクも島に(とど)まってやる。これで身にならなかったとは口が裂けてもほざけまい?」ユニはホオズキを投げた。


「……身に余る寵愛(ちょうあい)、痛み入りまする」


 ハードルが上がった事を覚悟する優兎。飛んできたホオズキ二つ、もう一つを顔面で「あいたっ!」と受け止めて、ベリィに渡した。ユニは簡単なテラスと豪勢な玉座を作り上げて腰掛けた。


 会話がなくなった途端、その場は静けさに包まれた。聞こえるのはさざ波の音のみ。号令無しに補習が開始された事も然ることながら、優兎は少々躊躇(とまど)っていたのだ。もう一度同じ事をやるというのは、要するにせっかく仲良くなった猿達とまたぶつかり合わねばならないという事である。


 絆が生まれた今、お互い本気になって取り組む事が出来るだろうか。優兎はチラと猿達に目をやった。


「キィッ! キキッキー! ウッキィーッ!」


 おお! どうやら無用な心配だったらしい。猿達はたてがみに仕舞っていたこん棒を、それはもう(うな)りを上げるくらい力強く振り回した。


「そっか、君達はまだ遊び足りないのか。それなら僕も気を引き締めないとな!」


「ウッキー!」と兄猿。


「あっ、今バカにしたな! 今度は同じ手は食わないぞ!」


「キャーッ!」今度は妹猿だ。後ろ足で砂をかけられた。


「うわっ、またそういう小ズルい手を! まったく! ベリィ、僕らも行くよ!」


(なぜ会話が成立しているんだ)


 出遅れて奥地へ分け入ってゆく優兎の背中を見ながら、ユニは一人突っ込んだ。人間の猿に対する扱いは、所詮(しょせん)ケダモノか檻で管理している()の生物と大差なかったはず。言語を理解する術もなかったはずなのだが……。


 頬杖をついてユニは(しば)し思案する。彼らの間に何があったのかは、神のみぞ知らず。


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