第4話 ファーストキスは血の味がした その5
舞は、あれからずっとシアター入り口脇の椅子に座っていた。
美雨を守るために、ここから離れるわけにはいかない。
しかし彼女に対して無理やり襲うような事をしてしまった。
舞は取り敢えず、その事を忘れようとして休息しながら見張りをする事にする。
その方法は二十五分起きて、五分間目を閉じるというものだ。
もちろん休んでいても、何かあればすぐ起きれるように身体は訓練されている。
舞が五分の休息に入ろうとしたその時だった。
扉が開いて、人が出てきた気配を感じて、そちらを見る。
「……美雨」
美雨がこちらを見て立っていた。
「どうした?」
舞は立ち上がって美雨の言葉を待つ。
なかなか彼女は喋らず、ずっと俯いたままだ。
だから舞は自分から話す事にした。
「さっきは済まなかった。美雨を傷つけるつもりはなかったんだ。けど……」
そのあとの言葉が続かない。
自分はあの時、彼女に何をしようとしていたのか、何と言えばいいかわからない。
迷いながらも舞は何とか言葉にしていく。
「私は、その、今までいろんな女性から告白されてきた。けど、美雨に迫られた時、嫌な感じはしなかったんだ」
それを聞いて美雨が伏せていた顔を上げた。
「嫌じゃなかった……」
「そう。そうなんだ。美雨に迫られた時、私の心臓はすごい高鳴った。その美雨となら、キス、してもいいと思った」
そこまで言ってから、舞は顔が熱くなるのを感じた。今、自分がとてつもなく恥ずかしい事を言った事に気づいたからだ。
「美、美雨。今のは忘れてくれ。とても恥ずかしい事を言ってしまった」
「私も……!」
美雨が大声で叫んだ。
「私も、舞さんと……したいです」
恥ずかしいのか、美雨の口から、キスという言葉は出てこなかった。
けど舞にはちゃんと伝わった。
舞は銃を置き、美雨に近づいて抱きしめた。
すると彼女も舞の背中に手をまわす。
「ごめん美雨。さっきは怖い思いをさせた」
「ううん。私もさっきは、叩いちゃってごめんなさい」
美雨は、平手打ちしてしまった舞の頰に触れる。
「大丈夫。このおかげで美雨を傷つけずに済んだ。むしろ感謝してるよ」
舞と美雨の視線が交差する。
美雨は目を閉じた。
舞は顔を近づける。
そして、優しく壊れ物を扱うように、美雨の額に口付けした。
美雨は目を開ける。
「今はここまで。それ以上先は……」
舞はそこで言葉を区切って美雨の耳に唇を寄せる。
「ここを脱出したらね」
美雨は、心地よい刺激を耳に感じながら頷いた。
「舞さん。まだ時間ありますか?」
「ここを出る時間かい。うん。まだ大丈夫だよ」
「なら教えてください。舞さんの事。沢山、貴女のことを知りたいんです」
「分かった。じゃあ中に戻ろうか」
二人はシアターの中に戻っていく。
そして先程と同じ中央の席に着いた。自然と指を絡めていたが、どちらも離す気などなかった。
「それじゃ、どこから話そうか」
「舞さんの小さい頃が知りたい」
「私の小さい頃か……」
舞は思い出すように、前方の何も映ってないスクリーンを見据える。
美雨も釣られるようにそちらを見た。
しばらく間があってから、舞は口を開いた。
「私は、自分で言うのも何だが、裕福な家の子だった。両親とも仲が良くて、よく旅行に連れてもらっていた」
美雨の目には、真っ黒なスクリーンに舞の思い出が映し出されていた。
「小学校に上がってから毎年夏休みにはいろんな外国に行ったよ。ハワイ、台湾、タイ……」
舞は話しながら微笑む。
「本当に、私にとって夏休みは、両親といろんな国で、いっぱい遊べるとても楽しい時だった」
そこで微笑んでいた舞の表情が険しくなった。
「けど、あれは九歳の時……この先は聞きたい?」
美雨は舞の目を見る。
その目は悲しみで溢れていた。
「……はい」
舞が止めたのだから、そこで終わりにしておいた方が、良かったのかもしれない。
「舞さんの、楽しかったことも辛かったことも全部知りたいです」
それを聞いた舞は、美雨の手をさらに強く握る。
美雨も強く握り返した。
「分かった。あれは九歳の夏休みだった」
舞が再び前を向く。スクリーンに舞の記憶が映し出される。
「その時も家族と旅行に行ったんだ。場所はフランスのパリ。そこで二度地獄を味わった」
「二度?」
「ああ、最初の地獄は両親と街に出た時に爆弾テロに巻き込まれたんだ。父と母は私を守って死んだ」
舞はその時の光景を思い出す。
突然の閃光と轟音。そして自分に覆い被さる両親。
気づいた時には、辺りは原型をとどめていない死体と、黒焦げになった両親の遺体が視界を埋め尽くしていた。
「私も大怪我を負って、何日も意識不明だったそうだ。そして目を覚ました時に、ある人物が現れたんだ」
舞の目の前に現れたのは、白いスーツを着て柔和な笑みを浮かべた男性だった。
けどそれは、柔和な仮面を貼り付けているだけだった。
舞も周辺の人間もその仮面に気付くことなく、騙される。
その下の悪意に誰も気づくことはなかった。
白いスーツの男は、自分の事を日本大使館の職員だと名乗る。
外国で両親を失った舞を、保護する為に来たのだという。
最初は信用しなかった舞も、何度も訪れる彼を信用していく。
歳の離れた彼の事を、まるで父親の様に慕う様になった。
ある時、白スーツの男がこう切り出す。
『舞。私と一緒に日本に帰ろう』
舞は迷う事なく頷いた。
怪我が全快した舞は白スーツの男と日本に向かう。
向かったはずだった。
彼女が連れてこられたのは、ある人身売買組織の拠点だった。
白スーツの男は組織の一員で家族を失った舞を攫ったのだ。
「すまないけど、そこで起きた事は言えない。言いたくない。君を発狂させたくはないから」
美雨が口を開く前に、舞が自分の言葉でそれを遮る。
「 ただ、これだけは言える。あそこは本当の地獄だった」
舞は言葉を続ける。
「攫われてから一年経って、私は十歳になっていた。その時に住んでいた部屋は四畳ほどだったかな」
十歳の舞が住んでいた、いや閉じ込められていた部屋には、舞を含めて四人の人間が、すし詰めになって暮らしていた。
皆、舞と同じ十代の少女達だった。
部屋のトイレは丸見えで、そんなのを使いたくなかったけど、生きているからどうしても使わないといけない時は来てしまう。
外にいる見張りが、それを使っている所を見て、大笑いしていたのを舞は忘れる事ができない。
舞の周りの少女達は一人また一人と消えていった。
最後は部屋には舞しかいなかった。けど舞は数々の屈辱と地獄に耐えて生き抜いた。
自分をこんな目に合わせた人間に、復讐したかったから。
ある寒い冬の深夜。
舞はたった一枚の、薄汚れた布にくるまって寒さをしのいでいた。
その時、外から轟音が聞こえてくる。
舞は鉄格子のはまった窓の隙間から外を覗く。
空から強い明かりが地上を照らし出していた。
それは三機のヘリのライトだった。
ヘリは突然、攻撃を開始。
ライトに照らされた、人身売買組織の人間達が撃たれて血を流し倒れる。
ヘリから人が何人もロープを使って降下してくる。
降下してきたのは完全武装してフェイスフードで顔を隠した兵士達だった。
銃を持った兵士達が施設に突入する。
当時の舞は分からなかったが、兵士達が持っていたのは、ドットサイトやフォアグリップでカスタムされた89式小銃だった。
その兵士達が組織の人間を、一瞬にして次々と殺し、舞達は解放された。
舞は一年ぶりに自分の足で外に出た。
施設の前の広場には、大型のヘリ。CH-47チヌークが二つのメインローターを回転させたまま着陸している。
そしてヘリから降りてきた兵士達が攫われた少女達を、チヌークに誘導していた。
舞はある光景を見て足を止めた。
兵士達が人身売買組織の人間を跪かせていたからだ。
その中にあの白スーツの男がいた。
舞はその男に近づく。
白スーツの男が顔を上げて、舞に気づいた。
何かを言う前に、後ろにいた兵士が殴って遮る。
兵士が日本語で舞に話しかけてきた。
『おい、道が間違ってるぞ。早くヘリに乗れ』
舞は無視。白スーツの男を睨みつける。
男は俯いて何も言わない。
ヘルメットを被り、フェイスフードで顔を隠した兵士が舞に近づく。
『この男をどうしたいんだ? お嬢ちゃん』
『えっ?』
舞はそこで気づいた。この男の所まで来て何をしたかったのか。自分でも分からない。
いや、どう表現していいのかわからないだけだった。
この胸の内から湧き上がる、マグマのような感情をなんと表していいか、十歳の舞には思いつかない。
『コレを使うか?』
兵士はおもむろにホルスターから、ブローニングハイパワーを抜いて舞に差し出す。
舞がグリップに触れる直前、兵士は銃を引っ込める。
『言っておくぞ、お嬢ちゃん。コレに触ったら、もう元の世界には戻れない。
それが嫌だったら今すぐヘリに乗れ』
兵士が、グリップを再び差し出す。
『どうしても、この男を許せないというのなら掴め。使い方を教えてやる。
どうするんだ? ヘリに乗って家に帰るか? 銃を握るか?』
舞はグリップを握った。
『わたし。この人が許せない』
『そうか。じゃあ使い方を教えてやる』
舞は兵士に手伝ってもらいながら、命乞いをする白スーツの男を撃ち殺した。
舞は、自分が殺した死体を見て嘔吐した。
ほとんど、まともな食事は取っていなかったが、それでも身体の中の物を全て吐き出す。
兵士は、そんな舞を助ける事なくずっと見下ろしていた。
『こっちの世界にようこそ。お嬢ちゃん』
兵士は立ち上がると、ヘルメットとフェイスフードを取った。
『俺がこの対テロ部隊Zの隊長。鷹皇兼光だ』
それが舞と鷹皇兼光の最初の出会いだった。
「それから私はZに入り、同じ境遇の翼や熊気、ヒョウや忠実と出会った。
そして人を殺す力を手に入れたんだ」
舞はそこまで話してから、美雨の方を見る。
彼女の両目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「ごめん。やはりこんな話するべきではなかったな」
舞は美雨の涙を拭おうと手を伸ばした。
「ううん。舞さんの事が知れてとても嬉しい」
美雨はその手に頬ずりする。
「舞さんはとても強い人なんですね」
「そんな事はない」
「いえ。そんな辛い事を体験しても舞さんは、生きようと思ったじゃないですか」
「私が生きようと思ったのは、恨みを晴らすために……」
「それでも! それでも舞さんが生きていてくれて嬉しい。
だって、だってもし、そこで死んじゃっていたら、貴女に逢えなかった。
だから死ぬ事を選ばないでくれてありがとう。舞」
美雨は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう……あれ?」
その笑顔に舞は救われる。ふとある事に気づいた。
「今、私の事、呼び捨て……」
「ああっ!ごめんなさい舞さん。調子に乗っちゃって本当にごめんなさい!」
美雨は顔を赤くしてワタワタと慌て出す。
「ぷふっ」
そんな美雨を見て舞はおもわず吹き出した。
「な、なんで笑うんですか。舞さん!」
「いや、何でもないよ。ただ可愛いなと思っただけ」
「もうからかわないでください!」
「ごめんごめん。とっ、もうこんな時間か、ちょっと寝ておこう美雨」
舞のスマホは二十二時を表示していた。
「でも、さっき寝ちゃったから寝れるかどうか」
「目を瞑るだけでもいいよ。そばにいるから」
「……はい。お休みなさい」
「うん。おやすみ」
「それと舞さん」
「なんだい」
「舞さんの力は人殺しの力じゃない。大切な人を守るための力なんだよ」
「そう言ってくれて、ありがとう美雨」
二人は寄り添うように目を閉じるのだった。




