第4話 ファーストキスは血の味がした その3
「 大丈夫ですか?」
舞は正面入り口周辺にいたゾンビを全滅させてから、入り口にいた警備員の男性に声を掛ける。
「ああ、大丈夫だ」
男性はゾンビに掴まれていた男性を介抱しながら返事をする。
舞は安全を確保してから美雨のことを呼び寄せた。
「中は安全でしょうか? もしよければ、私たち二人も中に入れて欲しいんですが 」
警備員の男性は、介抱していた男性を他の人に任せてから、二人の方を見る。
そして、舞が持っている銃に目を留めた。
「ところであんた達は何者だ? そっちの女の子はまだしも、 あんたは銃持ってるところを見ると、警察か自衛隊の人間か?」
舞はその言葉に頷く。
「そうです」
「じゃあ、自衛隊が助けに来てくれたのか!」
警備員の目が期待に輝いた。
舞は目を伏せて首を横に振る。
「……期待を裏切るようですまないが、私達は救助隊ではないんだ」
「そうか。でも救助隊は来るんだろ?」
「ああ、救助は必ず来る」
舞は嘘を言っていない。
美雨を無事に街から脱出させることができればこの街の生存者が助かる可能性は充分にあった。
「それで、私達を中に入れてもらえるだろうか? 彼女を休ませてあげたいんだ。頼む」
舞は警備員の目を見つめる。
警備員は二人を交互に見やる。そこで美雨と目が合った。
「お願いします。中に入れてください」
警備員は指で頰をかきながらこう答えた。
「分かった。今入り口を開けるよ。中に入りな」
警備員は入り口のバリケードを退けて二人を中に入れてくれた。
午後四時。舞達はバリケードを元に戻すのを手伝ってからショッピングモールの中へ足を踏み入れた。
「俺の名前は大崎健吾。見ての通りここの警備員やってる……いや、やってたかな」
グリュックモールの警備員である大崎健吾は、真っ黒に日焼けした肌を持つ男性だ。
健吾は自己紹介しながら店内を案内していく。
その手には大きなハンマーを持っていた。
「私は紅狼舞。彼女は朝顔美雨だ。中に入れてくれて助かった」
舞が淡々と自己紹介をする中、美雨は小さく頭を下げた。
「ここには何人くらい避難しているんだ」
舞は辺りを見回す。そこには子供を連れた親子や、このモールで働く店員の姿がちらほら見えた。
「今は数十人くらいかな」
「今は? どういう事だ」
「ああ、最初はお客と、ここで働いていた店員達が避難していたんだ。
けど殆どの人は自分の家族の安否が気になって出て行ったんだ」
「外は危険なのは分かっているはず。止めなかったのか?」
「止めようとしたさ。外はホラー映画みたいな状態なのは誰だって分かってたしな。
でも電話も通じない状態で家族の無事を確かめるには実際に行くしかないだろ。
そう思ったら引き止められなかったよ」
健吾は「まあ俺は独り身だから気が楽だけどな」と言いながら笑っていた。
けどその顔からは、後悔しているのは明らかだった。
「それで、今は俺を含めて残った警備員達で、避難してる人達をまとめているんだ」
「なるほど。まだ電気は通っているようだな」
舞の言う通り、モール内は煌々と明かりがついている。
設置されている噴水からは水も流れていて、水道もちゃんと出ているようだった。
「施設が普段通り使えてるからありがたいよ。これで停電とかになったら、皆もたないよ」
健吾は舞と美雨をある場所に案内した。
それはモール内にある映画館だった。
「ここで映画でも見ろと?」
「いや、今は開店休業中。だけど休むには最適な場所だろ?」
「そうだな。あまり目立たなくて済むのは助かる」
舞は先程から、自分たちに視線を注がれている事に気づいていた。
銃を持ち武装した少女と、その彼女に守られている少女。そんな二人が気になるのは当然のことだった。
「場所は五番シアター。そこなら誰もいないからゆっくりしてくれ」
「あの、ありがとうございます」
今まで喋らなかった美雨が健吾に頭を下げた。
「お礼なんかいいよ。じゃあ俺はちょっと見回りしてくるから」
健吾と別れた舞と美雨は、エスカレーターを上って、五番シアターの扉の前にたどり着く。
「ここですね」
「ああ、入ろう。美雨」
「はい」
二人は扉を引いてシアターの中へ。正面には映画を写す大きなスクリーンがあり、そこに映る映画を観るための、座席が整然と並んでいる。
舞と美雨は手をつないだまま、何となく中央の椅子に腰を落ち着けた。
映画館の椅子が美雨の疲れた身体を優しく受け止める。
疲れがたまっていた美雨に、眠気が夢の中へ誘ってきた。
「美雨」
「何ですか舞さん」
「そろそろ手を離してもいいかな?」
「あっ」
見ると美雨の手はギュッと舞の手を握っていた。
しかも指と指が絡む恋人繋ぎになっている。
「ご、ごめんなさい!」
美雨は慌てて手を離す。
「いや、美雨が良ければ別にこのままでもよかったのだが」
「もう大丈夫ですから」
美雨は恥ずかしくなって俯いてしまう。
「? そうか」
舞はさり気なく彼女の横顔を眺めていた。
美雨はその視線に気付かなかった。
「美雨。疲れがたまっているだろうから少し寝たほうがいい」
「こんな時に寝れるでしょうか?」
「眠れなかったら、目を閉じるだけでもいいよ」
「分かりました」
美雨は目を閉じる。シアターの中は、ほぼ無音で自分の息遣いしか聞こえない。
目を閉じた美雨は、隣に舞がいると思うと不思議と安心していつの間にか眠りについていた。
「おやすみ。美雨」
舞は美雨が健やかな寝息を立てている事を確認してから席を立つ。
彼女を起こしたくなかったからだ。
少し離れてから舞は無線のスイッチをオンにした。
「ヒョウ、翼、熊気。聞こえるか? 聞こえたら誰でもいい。応答してくれ」
舞は無線で呼びかけるが、やはり三人からの返事はない。
何度か呼びかけるが、帰ってくるのは雑音だけだった。
「やはり通じないか」
舞は無線をオフにしてから、自分のスマホを取り出した。
専用の番号を入力して電話をかける。
かけた相手はサオリだ。
セーフルームで連絡していた通信機はRPGで破壊されてしまった
もしかしたらと思い電話をかけたが、やはり通じない。
通じる可能性が低いのは分かっていたので、舞は自分の居場所と、次の脱出手段がどうなるのかメールに記す。
送信。だが妨害電波のせいで遅れない。
舞は一縷の望みをかけて、十分に一回メールを送信する。
しかし何度やってもメールは送信できなかった。
「んん……ふぁ」
眠っていた美雨が目を覚ました。
「あれ? ここって……映画館。そうかショッピングモールの映画館だ」
寝ぼけ眼をこすりながら、自分がいる場所を確認する。
「あれ舞さん。どこ行ったんだろ」
ふと左を見ると隣にいたはずの舞の姿がないことに気づいた。
舞の姿がなく一人になった美雨は途端に不安に襲われる。
動悸が激しくなって身体の震えが止まらない。
自分で自分の身体を抱きしめるが震えは収まらずドンドンひどくなっていく。
「怖い、怖いよ。舞さん助けて」
「美雨!」
自分を呼ぶ涙声が聞こえて、舞は慌てて美雨の元へ駆けつけた。
「あっ、舞さん……グスッ」
美雨が舞の姿を見て、安心して涙をこぼす。
「どうした、何があったんだ?」
舞が近づいて美雨の涙を手で拭う。
「怖い夢でも見たのか?」
何も言わずに美雨は突然、舞に思い切り抱きついた。
「わっ」
舞は驚きながらも美雨をしっかりと受け止める。
「どうしたの美雨。ほら落ち着いて」
泣きじゃくる美雨の頭を、舞は優しく撫でながら落ち着かせる。
美雨が顔を上げる。自然と二人は見つめ合う形になった。
無言で見つめ合う。
「…………」
「…………」
舞の赤い瞳に、美雨は吸い込まれていくような錯覚を覚えた。
そのまま吸い込まれるように、美雨は瞼を閉じて顔を近づけていく。
近づいても舞は拒まないと思った。
だから美雨はどんどん顔を近づける。
お互いの吐息が唇にかかるほど近づいていた。
美雨は最後の距離を一気に詰めるために勢いをつける。
「あっ」
その所為で舞がバランスを崩した。
前の座席に背中をぶつけて二人とも倒れてしまう。
舞が下になって美雨が上に覆い被さるような形になった。
そこで美雨が我に帰る。
「ごめんなさい!」
美雨は慌てて舞から飛び退いて、椅子に座って真っ赤になった顔を両手で隠す。
「私、私なんて事を、ごめんなさい。い、今のは本当に忘れてください!」
美雨は顔を手で隠して伏せてしまう。
舞はゆっくり立ち上がり、そして美雨の隣に座って、手を伸ばす。
「美……」
座ったのはいいが、なんと声をかけていいかわからない。
伸ばしかけた手を引っ込める。
今まで舞に告白する女性は多くいた。
それこそ下級生から、年上の先生からも告白されたこともあった。
その中で付き合おうと思う人などいなかった。
舞にとって恋愛は不要だと思っていたから。
けど、美雨に迫られた時、舞は振り払おうとは思わなかった。むしろ受け入れてもいいと思う自分がいた。
(私は彼女の事をどう思っているんだ?)
考えても答えは出なかった。
舞は自分の唇を触る。
もしあのまま、唇に彼女の唇が触れたらと考えるだけで、彼女の心臓が高鳴った。




