第4話 ファーストキスは血の味がした その2
舞は周辺に傭兵がいない事を確認してから、S1000Rを停車させてエンジンを切る。
「どうしたんですか? 舞さん」
舞が降りてしゃがみ、バイクを点検しているので、美雨も降りてしゃがみこんだ。
そこで美雨は刺激臭に気づいて思わず鼻を摘む。
「……? 何の匂いですか。これ?」
「ガソリンだ。少し離れたほうがいい。あまり嗅ぐと気持ち悪くなってしまう」
「は、はい」
舞が美雨に注意しながら、ある場所を指差した。
そこには穴が開き、オレンジ色の液体が少しずつ垂れてアスファルトに染みを作っていた。
「どうやら燃料タンクに破片か弾丸が当たってしまったらしい」
「もう走れないんですか?」
「いや、垂れている量は少量だからまだ走れる。
けど長時間は無理だ。走れる内にどこか休めるところを見つけないといけない」
舞と美雨は再びバイクに跨る。
燃料がなくなる前に、急いで休めるところを探すためにS1000Rを発進させた。
道を塞ぐ車を避けながらバイクを走らせていく。
暫く走らせたところで、美雨が口を開いた。
「舞さん。あのいいですか?」
「どうした」
「あの、休めるとろかどうかは分からないんですけど、この近くに確かショッピングモールがあったと思うんです」
「そこは近い?」
「えっと、はい近かった筈です」
「じゃあ、案内してくれ。そこに向かおう」
舞は美雨の案内でショッピングモールに向かうことにした。
「あそこです」
美雨がある建物を指差す。
「あれが美雨が言っていたショッピングモールか」
「そうです」
美雨の指差した建物はグリュックモール。
この街で一番大きいショッピングモールだ。
駐車場は平面と立体の二箇所。
建物は三階建てで、中には様々な小売店や、スーパー。
さらにここの映画館は街一番の規模を誇り、平日休日問わず多くの人で賑わっていた。
昨日までは。
舞はバイクを平面駐車場に止める。
燃料はもう残っていなかった。
「S1000Rとはここまでだな」
美雨は労わるようにS1000Rを撫でる。
「ここまでありがとうございます」
舞はバイクの後ろのラックから、HK416を取り出す。
そして排莢口を少し開けて、薬室の中の弾丸を確認する。
「中に入ろう。離れないで」
「はい」
美雨が頷いたのを確認してから、舞は振り向いて前を向き、銃口を下に構えて歩き出す。
駐車場に止まっている車で身体を隠しながら、グリュックモールの正面入り口に近づいていく二人。
正面入り口まで後二〇メートルほどの所まで来た。
舞は止まっているステーションワゴンの陰から入り口を覗き込む。
正面入り口にゾンビ達が入り口に群がっていた。
舞の耳が微かに男性達の怒号を捉えた。
舞は辺りを見回す。近くにはゾンビの姿はない。むしろ騒がしい入り口に次々と集まっていた。
「私はあの入り口にいるゾンビ達を掃討してくる。美雨はここで待っていてくれ」
「うん。気をつけて舞さん」
「ありがとう。行ってくる」
そう言って舞は車の陰から飛び出した。
舞はセレクターをセミオートにセットしながらゾンビ達に近づいていく。
そして二十メートルほど距離を詰めたところで構える。
こちらに背中を向ける一体のゾンビを狙って引き金を引いた。
弾丸は後頭部から入って脳をかき回しながら、眉間から抜けていく。
撃たれたゾンビは顔面から倒れた。
その銃声で、他のゾンビ達が舞の方を向いた。
「ウゥゥゥゥゥゥゥ。ガアアアッ」
一斉に口を大きく開けて新たな獲物に狙いを定めて殺到してきた。
舞は慌てずにセミオートで撃ち、次々とゾンビ達の頭を撃ち抜く。
五メートルまで迫ったゾンビには、瞬時にセレクターをフルオートにセット。
足に、二発撃って膝をつかせてから、頭に三発叩き込んだ。
同時に弾丸が切れて、ボルトが後退したまま止まる。ホールドオープンだ。
舞は焦らずにテキパキと、空マガジンを落とすと、左手に持った新しいマガジンを差し込み、親指でボルトキャッチを押してボルトが前進。
射撃可能になったHK416で迫るゾンビを撃ち殺す。
ガガガン、と一人に三発ずつ頭に撃ち込んでいく。
男性ゾンビの一人が舞の左側から手を伸ばしてきた。
舞は慌てずにストックで顔面を打ち、距離を取ってから顔に三発。
さらに三体のゾンビが同時に迫ってきた。
先ず、左側のゾンビに三発撃ち込んで倒す。
次に距離が近い右側のゾンビを撃った直後に、真ん中の一際巨漢のゾンビが体当たりをしてきた。
舞は咄嗟にHK416で防御するが、相手の力が強くて吹き飛ばされてしまう。
起き上がったときには再び巨漢ゾンビが近づいてくる。
舞は頭を狙って引き金を引いたが、弾が出ない。
見ると排莢口に空薬莢が引っかかっている。
舞は迫る巨漢ゾンビを側転してやり過ごす。
そしてHK416をスリングで脇に回し、SIGP320をホルスターから抜いて、こちらを振り向いた巨漢ゾンビの頭を狙って一瞬で五発撃ち込んだ
頭を失った巨漢ゾンビが倒れる。
九ミリ弾を五発撃ち込まれた頭は原型を留めていなかった。
舞は周囲の安全を確保してから、P320をしまい、HK416を持つ。
そして、マガジンを抜いてチャージングハンドルを引いて、引っかかった空薬莢を排莢。
異常がないことを確認してから、マガジンを指して薬室に弾丸を装填。
再装填したHK416を構えてホロサイトを覗き込む。
ホロサイトのレティクルにゾンビの顔を捉えて撃つ。
素早く右に銃口を降って発射、更に空薬莢が地面に落ちる前に左に向けた。
大きく開けたゾンビの口の中に五・五六ミリを撃ち込む。
撃たれたゾンビは口が破裂するように吹き飛んだ。
「きゃあああああ」
「美雨!」
舞が声の方を振り向くと、一体のゾンビが美雨の前で佇んでいた。
「来ないで……」
美雨は腰が抜けてしまい座ったまま後ずさる。
ワイシャツにスラックス姿のクールビズ姿のサラリーマンのゾンビが舞に歩きながら近づいてきた。
「いや、いやぁああ……」
美雨は踵の銃の存在をすっかり忘れて唯々逃げる。
サラリーマンゾンビが白く濁った目で美雨を捉えて、緩慢な動きで手を伸ばしてくる。
「アアァアアアアァア」
美雨は目を閉じでかばうように腕を交差させて大声で叫んだ。
「来ないでぇええええっ!」
その声で、ビクリと震えたゾンビの動きが止まった。
「何で、どういう事?」
サラリーマンゾンビは手を伸ばしたまま動かない。
「美雨!」
動きを止めたゾンビに向かって舞は全力疾走していた。
「彼女から離れろ!」
動きの止まっていたゾンビが舞の方を振り向いた。
舞はゾンビの鼻を狙って掌底打を繰り出す。
ゾンビはそのまま倒れ、後頭部を地面に強打した。
「美雨。怪我してないか?」
舞は彼女の身体を触って怪我してないか調べる。
「大丈夫です。私はどこも怪我してないですから」
「そうか。よかった」
美雨の無事を知って舞は無でを撫で下ろす。
「でも何で、私襲われなかったんでしょう」
「それは……はっ!」
そこまで言ったところで、舞は後ろに気配を感じて振り向く。
先程倒した筈のサラリーマンゾンビが舞に襲いかかる。
掴みかかられ、舞は押し倒されてしまう。
ゾンビが噛みつこうと顔を近づけてくる
しかし舞は慌てずに、相手の右肩を蹴って右手を外し両足を相手の首に掛けた。
三角締めだ。
そのままロックし、自分の両足とゾンビの左腕で頸動脈を締め上げる。
絞め落とされたゾンビは、脳からの指令が身体に届かなくなり、力なく倒れる。
舞はそこから脱出すると、倒れているゾンビの頭を狙ってP320を撃った。
「美雨。立てるか?」
「はい。あれ……」
美雨は立ち上がろうとするが、足に上手く力が入らない 。
「掴まって」
舞に濁った引っ張ってもらって、美雨は何とか立つことができた。
「ごめん。一人にするべきではなかったな」
舞は銃の残弾を確認しながら美雨に謝罪する。
「舞さんは悪くないです。それにしても、何でさっき襲われなかったんでしょう? 急に動きが止まったみたいでしたけど」
「……その事は後で話す」
舞は強引に話を断ち切って、残弾確認を終えたP320をしまってHK416を構える。
「あとは入り口にいる奴らだけだ」
「あの、私もついていっていいですか?」
「いや……」
舞はどこかで待っていてもらおうと思い振り返る。すると美雨が自然と上目遣いでこちらを見つめていた。
「だめですか……?」
そんな風に見られては駄目とは言えなかった。
「……分かった。付いてきていい」
「いいんですか!」
「ああ、ただし、あまり近づきすぎないで。これからゾンビ達のところに行くのだから。
あまり近いと巻き込まれてしまうかもしれない」
「はい。分かってます」
「よし。じゃあ手をつなごう」
舞は左手で美雨の右手を握る。
「私が離したらそこで待っていて。自分から離しちゃ駄目だよ」
「はい」
舞は美雨の手を引いて正面入り口に向かう。
先程倒したゾンビ達が倒れて辺りは血だらけになっていた。
「美雨。地面が滑りやすい。すり足で歩いて」
「すり足ですか?」
美雨は言われた通りにすり足で血に濡れた路面を進んでいく。
正面入り口まで五メートルを切ったところで、舞は止まっている黄色のミニバンの陰に、一度身を潜めた。
「よし。ここで待っていてくれ。奴らを倒したら呼ぶから」
美雨が首を縦にふる。それを見た舞は、HK416を両手に構えて正面入り口に向かって歩き出した。
正面入り口は家具などのバリケードで塞がれている。
その外側にはゾンビが四体。
内側には、まだ無事な警備員の制服を着た男性がゾンビ達を殴っている。
どうやらゾンビに掴まれた人を助けようとしていた。
男性が近づいてくる舞に気づいた。
舞は彼に向かって大声で警告する。
「伏せろ!」
男性が意図を理解したのか慌てて伏せる。
舞は流れ弾が当たるといけないので、一度ゾンビの右側面に回り込んだ。
そしてこちらを向いたゾンビの頭に弾丸を撃ち込む。
残りの三体の内、二体が舞の方を向いた。
だが舞の姿を捉える前に二体とも頭を撃ち抜かれていた。
あと一体。そいつはバリケードの内側で人を掴んで引っ張り出そうとしている。
舞の事は眼中に入っていないようだ。
HK416をゾンビの両肘に照準して撃った。
弾丸は肘を貫通。殆ど千切れかけてダランと垂れる。
そこでやっと最後のゾンビが、舞の方を向いた時には三発の弾丸に頭部を貫かれていた。




