第12話 優しい檻の条件
翌朝、私はサイラスへ対案を示した。
「王都へ移住はしません。その代わり、非侵襲の測定に限り、年四回まで協力します。日程は双方で決め、匿名化した結果を補助具の開発へ使う。いつでも中止できることも条件です」
彼は一行ずつ読み、惜しむように息を吐いた。
「善意はありがたい。しかし、比較可能な連続データが得られません」
「なら、方法を改良してください。私の生活を二年止める以外の方法を」
「研究には管理された条件が必要なのです」
声は最後まで柔らかい。
「それに、あなたの感覚は大型炉の異常を計器より先に捉えた。感知できるということは、同じ魔導網へ深く同調できる可能性がある。万一の暴走に備える責任も、国にはあります」
「私は異常を聞いただけです。炉へ魔力を流してはいません」
「現時点では、そうです」
サイラスは対案を畳んだ。
「任意契約が成立しない場合、危険性の有無を公的に判定する必要がある。明後日、審理官が参ります。強制的な保護指定は、その結果次第です」
「保護指定を拒めば?」
「安全な環境でお過ごしいただくことになります」
「そこから出る許可を、あなた方が決めるのですね」
彼は否定しなかった。
私は対案の最後へ添えた三色札を、彼の前へ並べた。
「昨日、あなたは中止を示す道具だと説明しました。私が赤を出しても、管理指定なら検査は止まりますか」
サイラスの視線が赤い札へ落ちる。
「緊急の危険評価中は、医師の判断が優先します」
「誰のための札ですか」
彼はすぐには答えなかった。昨日は希望に見えた木片が、机の上で重くなる。
サイラスが退出すると、室内の水差しに薄い霜が張っていた。
「街道を閉じる」
レオンハルトはもう立ち上がっていた。
「審理官を北境へ入れなければいい。王都が軍を出すなら、雪が解けるまで一歩も進ませない」
机の地図に、彼の指が触れる。三つの峠と二本の川。どこを凍らせれば補給が止まるか、この男には見えている。
「閉じないでください」
「君を連れていかせる気はない」
「私も、連れていかれる気はありません。ですから審理を受けます」
彼は地図から手を離せなかった。
長い沈黙の後、低く言った。
「八年前も、国は『一晩だけ持ちこたえてくれ』と言った」
国境戦の赤峡谷。撤退する兵と住民を逃がすため、二十歳のレオンハルトは一隊を率いて呪具の鐘が鳴る峠へ残った。
「命令では、三百人が渡れば橋を落とすはずだった。だが最後尾に、村の子どもを乗せた荷車が残っていた」
彼は合図を二度延ばした。その間に敵の術師が鐘を鳴らし、呪いが防壁を伝って彼へ入り込んだ。
「橋を落とした後、部下が私の肩へ触れた。焼けた槍を突き込まれたと思って、反射で凍らせかけた」
それ以来、彼は人から一歩離れて立つようになった。
「最後の隊が橋を渡るまで、氷壁を解かなかった。鐘を壊した時には、味方の声も血の匂いも、鎧が肌へ触れる感覚も、全部が痛みに変わっていた」
戦後、王都の医師は彼を城の一室で管理する案を出した。本人の安全のために。
「だが北境には、私の署名を待つ食糧命令も、巡察を待つ村もあった。目で読めるなら仕事はできる。手旗が見えるなら軍を動かせる。私は部屋へ入らなかった」
だから、あの吹雪の夜も彼は境界巡察から戻る途中だった。
「サイラスの言うことは、国の論理として間違いではない」
地図の上で、レオンハルトの指が拳になる。
「間違っていない論理で、人は檻へ入れられる」
私は彼の拳へ手を置いた。力が少しずつ解けていく。
「では、檻にしなくても子どもたちを助けられる条件を、審理で認めさせます」
午後はユリウスと法典を調べた。
管理指定に必要なのは、本人が制御できない危険の立証。管理の範囲は、その危険を避けるために必要な最小限でなければならない。
私たちは争点を三つに絞った。
ユリウスは長い反論書を用意しようとしたが、私は半分以上を外した。北境公爵の権限、王都と領地の管轄争い、過去の判例。どれも使えるが、前へ出しすぎれば私の話が消える。
「私が炉を壊していないこと。私を閉じ込めなくても調査できること。まずはそれで十分です」
自分の言葉で三枚にまとめ、難しい術語には短い説明を添えた。
私は魔力へ干渉せず、感知するだけであること。実績は事故の予防であり、危害ではないこと。任意協力の対案がある以上、居住を奪う措置は過大であること。
オリヴィエ医師は、レオンハルトとの相性について所見を作った。
「あなたの魔力が誰にでも効くなら研究価値は高い。しかし閣下の呪いは、敵国の古い術式です。噛み合ったのは偶然でしょう」
万人を治す力ではない。
残念さはあった。けれど、分からないものを大きく見せて私を囲う理由にはできない。
審理前夜、レオンハルトは内扉の向こうで起きていた。
彼の手がこちらへ伸び、途中で止まる。
私はその手を取り、寝台の間に置いた。
「明日も帰ってきます」
「ああ」
「おやすみなさい」
彼は私の指を傷つけない強さで包んだ。
「おやすみ、リゼット」




