第十三章 ep2
「いや、それは」
「ギュールズの族長は、このわたしだ」
ヴィーゴの後ろから姿を現したのは、ヴァルナルだった。少し前にティッパを使って知らせておいたため、ここまで駆け付けてくれたのだろう。
ヴァルナルとヴィーゴは双子で、見た目は瓜二つだ。セラフィナもこの二人が兄弟だということはすぐに理解したようだった。
「単刀直入に言おう、この川を新たな国境として、軍を退いてもらうことはできないか」
ヴァルナルの言葉に、セラフィナは厳しい表情に変わった。
「そんな都合のいい話を、なぜわたしが受けいれなくてはならない」
「この激流を押し渡って、なにがなんでもグリス・フェルンを落とすと」
「そう言ったらどうする」
「ギュールズは元々は遊牧民だ。たとえグリス・フェルンを失ったとしても、居場所を移せばいいだけだ。そうなれば、ギュールズが貧しく、そこに隣接するノルド・マーリングの村々が豊かであれば、争いが絶えることはないだろう」
「このわたしを脅すのか」
「いや、ただ真実を言っただけだ」
「ふん。詭弁だな」
「われわれは、この川よりも南の森については、立ち入らぬと約束しよう。これまでの国境線から考えると、かなりの広さの森を失うこととなるが、それが我々の謝罪の印だ。そして、二度とノルド・マーリングの集落を襲わぬ」
「それをどうやって約束する。ギュールズは貧しいと言ったのは、おまえではないか」
「それは、魔詩がなくなったからだ。この春、幸いミーリャが『実りの魔詩』をギュールズ中で詩ってくれた。少なくともしばらくの間は、これまでのような飢饉は免れるだろう」
「その後はどうする? ミーリャはノルド・マーリングに戻るのだぞ」
「戻らないよ」
わたしは、そう答えた。
そう、わたしがギュールズに残って、細々とでもいい、ギュールズを豊かにすることができれば、それで、ギュールズとノルド・マーリングが争わずに済むのなら、それが一番いい。
「だめだ! ミーリャはわたしの側に戻るんだ!」
「ごめん、戻れないよ。わたし、ギュールズの血が出てしまったんだもの。もう、王都ノルディスで暮らすことなんて無理だと思う」
「髪の色? そんなものどうにでもなる!」
「それだけじゃないって、セラフィナだってわかってるよね」
セラフィナが激しく頭を振って否定する。
その後ろからセラフィナの肩を叩く人がいた。
飛び石を渡ってこちらの岸にきたジーク様だった。
「殿下……」
「ジークヴァルト、そなたも何か言え、そなたの養い子だろう!」
「ミーリャ、おまえはそれでよいのか?」
「うん、もう決めたから」
「決めなくていいぜ」
ヴィーゴはそう言って、わたしの背中をどんと押した。またセラフィナの胸に顔をうずめるはめになった。
「ミーリャの魔詩は、喉から手が出るほど必要だ。これは本心なんだけどよ。姪っ子のこんな辛そうな顔、見てらんねぇよ。なあ、だからこうしないか」
ヴィーゴが、ヴァルナル、セラフィナ、ジーク様、最後にわたしの顔を見て、こう言った。
「春の初めから、初夏になるまで、ギュールズに来て、『実りの魔詩』を詩ってくれよ。それでその間に、子どもたちが魔詩を詩えるように、教えてやってくれ。残りの期間はこれまで通り、王都ノルディスで暮らす。それでどうだ」
「ヴィーゴ……」
わたしは、思わずヴィーゴの首に抱き着いた。
「ミーリャは、おれたちの姉さんの大事な忘れ形見だ。ギュールズの血が流れていることで、差別されるようなことがあれば、前みたいに攫いにいくからな」
「そんなことは絶対にさせない」
セラフィナは、ヴィーゴの首に抱き着いていたわたしをひきはがすと、また自分の腕のなかに閉じ込めた。
あんなに華奢だとおもっていたセラフィナの腕は、しばらく会わないうちに男の腕になっていた。
「だってよ、ミーリャ。また、次の春、ギュールズに帰ってこいよ。待ってるからさ」
ヴィーゴの隣で、ヴァルナルも深くうなづいている。
ノルド・マーリングの軍としても、この激流となってしまった川を無理にわたって、グリス・フェルンを落とすことに意味はない。ギュールズのすべての民の命を根絶やしにできるわけでもない。
ここが、剣の納めどころであることは、ここにいる誰もがわかっていたのだった。
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