第十三章 ep1
「もう、詩わなくていい」
わたしの口は、優しい大きな手で覆われた。
「ミーリャ、もういい。おまえの気持ちはわかったから」
ヴィーゴが言ったのは、ただそれだけだった。
わたしは、そのまま膝から崩れ落ちた。後ろからヴィーゴが支えてくれたが、もう立っていることはできなかった。
わたしの魔詩が途絶えた途端、ジーク様の朗々とした詩声が耳に届く。
それまで、自分の声だけで頭の中がいっぱいになっていたから、聞こえていなかった。
ジーク様が率いる魔詩師の『晴れの魔詩』は、立ち込めていた暗雲をあっというまにかき消した。
空は青く澄み渡っているが、両者を分かつ川の流れはまだ激しく水しぶきをあげていた。
そんな中、誰かが『岩の魔詩』を詩っていた。
その声は、やさしく、少し掠れたアルト。
川の合間に次々と小さな岩が顔を出した。なんとか大人の足が片方乗るくらいの岩だ。
二十ほどの岩が水面上に顔を出すと、こちら側にわたるための飛び石となって連なっていることに気が付いた。
向こう岸から、走ってこちらに渡ってくる人影。ずぶ濡れで、ローブの裾からひっきりなしに雫が落ちているのに、それを気に留める様子もなく、まっすぐにこっちに向かって来る。
セラフィナ。
すぐにわたしも駆けだしたかったけれど、まったく体が動かなかった。
すべての魔力を使い果たしてしまったから。
「ミーリャ!」
わたしを呼ぶ声は、あの可憐なソプラノじゃなかった。
『岩の魔詩』を詩っていた掠れたアルト。あの声、セラフィナだったのか。
セラフィナはヴィーゴから奪い取るように、ぎゅっとわたしを抱きしめた。
「そなたは無茶ばかりだ。大事ないか?」
「セラフィナ……」
わたしは、力がはいらないながらも、手を伸ばした。セラフィナはわたしの手をとって自分の頬にあてた。
「ああ、わたしだ。ここにいるぞ」
やはりその声は、少し掠れている。あの美しいソプラノの声じゃなかった。
「その声……どうしたの?」
「すまない、ミーリャ。わたしは、そなたに謝らねばならないことがある」
「セラフィナが、わたしに謝る? どうして」
セラフィナは頬にあてていたわたしの手を、ゆっくりとセラフィナの喉にあてた。
少し固い小さな骨がわたしの指にあたる。ごつっとしたこの感触。
「喉仏?」
「ああ、そうだ」
わたしの頭は大混乱だった。
どうして、女の子のセラフィナに喉仏が?
それに、その低い声、まるで。
「声変わりになって、一時詩えない状態になった。だから、ミーリャを迎えにくるのが、こんなに遅くなった」
「声変わりって」
「黙っていてすまない。わたしの真の名は、エルセラフィス・フォン・ノルディス。ノルド・マーリング王国の王子なのだ」
いきなりそんなことを言われても、頭の中は大混乱だった。
「それと、その……実は」
「まだ、あるの?」
「本当は、今年十三歳になる。そなたよりもひとつ歳下だ」
「ああ、そう、なの」
セラフィナが男だということの衝撃が大きすぎて、歳がひとつやふたつ違っていたところで、大したことではなかった。
「父上が亡くなった。戴冠式はまだだが、わたしが王位につくことになる」
国王の体調がすぐれないことは、王都にいるときに聞いていた。その時からいずれセラフィナが王位につくだろうとは思っていた。それが少し早くなっただけだ。
これまで以上、もっと手が届かない人になってしまった。
「ミーリャ、驚かないのか?」
「すっごく驚いてるよ。驚きすぎて、うまく反応できてないだけ」
「そうか……」
「わたしも、話さないといけないことがあって」
「なんだ?」
「わたし、ギュールズの血をひいていたみたい」
「え?」
「ほら、わたしの髪の色、青黒色に変わっちゃった」
セラフィナは、まだ水の滴っている髪を手に取って確かめた。
「どういうことだ」
「わたしの母さんね。ギュールズの族長の姉さんだったんだ。この人、わたしの叔父さん」
「おまえは!」
「その節はどうも」
短期間ではあるが、王都ノルディスで、外務大臣を務めていた男の顔をセラフィナも覚えていたらしい。その時は鬘と目に色ガラスをはめて、変装してはいたようだが、顔立ちまでは変えられない。
「おまえ、ギュールズの族長だったのか!」
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