第十二章 ep4
乾ききった大地に、なんとしても雨を降らさねばならぬ時だけに許された、禁忌の『雨の魔詩』だからだ。
王立魔法音楽院で学んだわけじゃない。これは、まだ公爵邸にいたころ、ジーク様から直接手ほどきを受けた詩だ。わたしが潜在的に持つ魔力が大きかっただけに、それを制御するには、その力につりあった詩を知っている必要があると言われたからだ。
わたしに適性があったのは「水」。だから水に関する魔詩だけは、王立魔法音楽院に入学する前に、ジーク様から直接手ほどきを受け、初歩的な水玉を作り出す魔詩から、禁忌の魔詩までを身につけていた。
それをこんな風に使うことになるなんて。
すぐに空が暗くなり、雲が集まり始める。
こちらに魔詩師がいて、『雨の魔詩』を詩っていることなど、ジーク様とセラフィナには筒抜けのはずだ。すぐに対抗する『晴れの魔詩』が詩われるに違いない。
しかも、あちらには、ジーク様とセラフィナ以外にも数十人の魔詩師がいるはずだ。
それであっても、この詩をやめるわけにはいかなかった。
「ミーリャ! 大丈夫なのか!」
そのヴィーゴの問いかけには答えることはできない。ここで詩を途切れさせたら、一気に体勢を崩されて、せっかく集めた雲が散らされてしまうだろう。
ぽつりと雨粒がひとつ、わたしの頬を濡らした。
これなら。
わたしは、さらに高らかに『雨の魔詩』を詩い続けた。
空は一面真っ暗になり、ぽつりぽつりだった雨はもう痛いほど体をうちつけていた。
わたしの目の前を流れる川の水量がみるみる増えていく。
そんな中でも、ノルド・マーリングの軍は、進みつづけていたのだろう。黒い影が川の向こう岸に集まり始めたのがわかった。
わたしはそれでも詩うことをやめなかった。
豪雨が遮っているのではっきりとはわからなかったが、目の前の軍がふたつに分かれて、人影が前にでてくる。
ひとりは大人、もうひとりは小柄な人影。
ジーク様と、セラフィナだ。
どちらも、愛器を手に魔詩を紡ぎ出しつづけている。
わたしの魔詩を抑え込もうとしているのだ。
わたしは、もうふたりの姿よりも、ただ雨を降らすだけのことで頭がいっぱいになっていた。
雨が降ればいい、この川があふれて、もう誰もこちらに渡ってこれなくなればいい。
わたしは、もう、ギュールズの民として生きていくから。
もう、いいんだ。
わたしの魔詩を抑え込もうとしていた、力がふと弱まった。
「ミーリャ! わたしだ!」
「ああ、セラフィナだ。いや、でも少し声が違う」
「そいつに、無理やり詩わされているのか?」
違うよ。この人はわたしの叔父で、確かに誘拐犯だけど、本当は悪い人じゃなかった。
「戻ってこい! ……戻ってきてくれ、わたしにはそなたが必要なんだ」
うん、わたしにとってもセラフィナはとてもとても大切な人だった。
でも、わたしはギュールズの民も守りたい。
セラフィナが魔詩を詩うのをやめたため、わたしの『雨の魔詩』の威力は強くなる一方で、もう自分でもとめられなかった。
降り注ぐ雨は激しくなり続け、もう対岸にいるセラフィナの姿もかすんで見えなくなってきた。
この豪雨が降り続く限り、馬があっても、どれほど強大な軍があっても、この川は越えられない。
グリス・フェルンを、この先にあるギュールズの集落も、きっと護ることができる。
だから、わたしは。『雨の魔詩』を、ずっと詩い続けるだろう。
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