第十二章 ep3
茂みから立ち上がろうとするわたしを、ヴィーゴが引き留めた。
「ばか野郎! 正面から行ったところで、あの王女さまのところにたどり着く前に、怒りで我を忘れてる騎士団の残兵たちにやられる」
「わたしが、王立魔法音楽院の生徒だってわかってもらえれば」
「ミーリャ。おまえ気づいてなかったんだな」
「何が?」
「この数か月、ギュールズで暮らしてるうちにさ。おまえの髪の色、姉貴と同じ青黒色に変わってきてんだぜ」
「え?」
「元々は、黒だったんだろう。でもな、こっちの暮らしが合ってたのか、食いもんか、それとも成長期でちょうど容姿が変わる頃合いだったのか。ずいぶん姉貴に似てきたよ」
ギュールズには鏡がなく、ときどき泉の水鏡に自分を映すくらいだったから、自分の容姿がどうとか考えたことがなかった。
「このまま、ノルド・マーリングの軍の前にでたら、ギュールズの娘だって、殺されちまうかもしれない」
たとえ、王立魔法音楽院の制服のローブを着ていたとしても、下手をしたら盗んだものだと思われかねないとヴィーゴは言った。
「だからさ、もうちょっと頭を使おうや……」
そう言って、ヴィーゴは背をむけて、かがみこんだ。
「ほら、負ぶってやるよ」
「え、そんな恥ずかしい」
「誰もいねぇじゃんか。おまえの足だと、馬に乗ってるあいつらに追いつけないんだよ。ここで指笛吹いて、ピコを呼ぶわけにもいかないし」
たしかに指笛なんかならしたら、いかにもここにギュールズの生き残りがいますと教えているようなもんだ。
「さ、早く」
「わかった……」
わたしを背負いあげると、ヴィーゴはふふと笑った。
「あの時、おまえを王都ノルディスから攫ったときさ、小麦袋みたいに担ぎ上げて悪かったな。最初からこうして、負ぶってやればよかった」
「あのときは、わたしもヴィーゴのことは誘拐犯だと思ってたから、おとなしく負ぶわれてなんかいなかったと思うけど」
このおんぶという体勢は、負ぶわれるほうが信頼して体を預けないといけないから、誘拐には向かない。
「ははは、違いねぇ!」
そう言って笑うと、ヴィーゴはものすごい速度で走り出した。ギュールズの民としては細身なのだが、ある意味無駄な筋肉がないだけに俊敏さにおいて、ガスパールのような大柄な男たちより勝っているのかもしれない。
セラフィナが魔詩で切り開いたであろう一本道を行くノルド・マーリングの軍を横目に森の足場の悪いなか、獣のように音を立てずに走り抜ける。それも背にわたしと、わたしの背のリュート・オリヴェルを背負ったまま。
「よし、あいつらより前に出た」
森の植生が少し変わって、背の高い針葉樹になった。身を隠すのも少し楽になる。ヴィーゴはわたしにティッパを呼ぶように言った。わたしを背負っているため、手を離せないからだ。
わたしは慣れない下手くそな指笛で、ティッパを呼ぶと伝言を託した。
「グリス・フェルンにノルド・マーリングの軍が迫ってる!」
ティッパにはそれほど多くの言葉を覚えさせることはできない。最低限の情報に絞って、ティッパにその内容を託すと、また空に放った。
「ヴィーゴ、川の向こうに出られる?」
この先、少し行ったところで川が東西に流れていたはずだ。
それほど川幅があるわけではなく、来たときはピコに乗ったままわたることができた。
ヴィーゴは川までくると、わたしを負ぶったまま助走をつけて飛び越えた。
「これくらいの川、馬に乗ってりゃ、すぐに渡り切れるぜ」
実際、わたしたちも馬で渡ったから、それはわかっている。
「そう、この川幅と流れならね」
わたしは、ヴィーゴの肩を叩いて、地面に下ろしてもらった。
ここまで全速力で走ったヴィーゴはさすがに息が切れている。
でも、わたしは、ヴィーゴの背に乗っていただけで、ひとつの息の乱れもない。
背負っていたリュート・オリヴェルの包みを開け、手早く調弦をすませると、息を深く吸い込んだ。
「この世にあるすべての雲よ、集えこの地に
空にただよう水のすべてを集めて雨となれ」
その詩は、禁断の詩だ。
面白いと思ったら、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援お願いします!
これからも、毎日更新の励みになります!
よろしくお願いいたします




