第十一章 ep4
「おいおい、泣くほどここの暮らしがつらかったのか」
「違う、違う、そうじゃない。ギュールズの人たちと離れるのがつらいの……」
「ミーリャ……」
「わたしが帰ったら、ギュールズの民はどうなるの。今年はわたしの『実りの魔詩』が効いて、なんとか食べ物を確保できたとして、その次の年は?」
「……」
ヴィーゴは何も答えなかった。答えてしまえば、わたしが帰れなくなるから。そのくらいこの叔父さんは、わたしに甘いのだ。
「母さんは、どうしてギュールズを離れて父さんと駆け落ちができたの? こうなるとわかっていたのに、魔詩師の仕事をほっぽりだすほど、父さんと結婚するほうが大事だったの?」
ビーンと、わたしの背中のオリヴェルが異を唱えた。
「違うぜ、ミーリャ。アドリアンと駆け落ちした後も、オルフェリアはギュールズ中の集落を回っていたぜ。時にはノルド・マーリング王国で吟遊詩人をしながら、時には魔詩師としてギュールズの集落で『実りの魔詩』を詩ってた。あいつなりの役割はちゃんと果たしてた。でもな、死んじまったら、もうそれはできないだろ」
「……それってわたしを産んだせい?」
「そんな風に思わなくていいさ。子どもを産むのは誰もが命がけだろ。それはオルフェリアだってわかってたはずだ。まあ、あんな丈夫な女が出産で命を落としちまうとは、さすがのおれも思ってなかったから、びっくりしたけどな」
「わたし……母さんの代わりにギュールズに残る……」
「だめだ」
ヴィーゴが即座にそう遮った。
「ミーリャはミーリャの生き方があるだろ。後で後悔するぜ」
「でも」
「いいんだ。これまで、あちこち一緒にまわってくれてありがとうな。みんな喜んでた」
「ヴィーゴ、叔父さん!」
「おいおい、叔父さんはやめてくれよ、おれまだ、三十にもなってないんだから」
そう言えば、ヴィーゴは、ジーク様と同じ歳なんだ。軽口ばかり叩いているから、とてもそうは思えないけれど。
馬のいななく声がいくつかして、表のほうが騒がしくなってきた。
「なにかあったか?」
ヴァルナルが立ち上がろうとしたとき、ひとりの男が広間に入ってきた。頭に巻いている布に血がしみている。
「族長!」
「どうした?」
「ガスパールの奴らが、ノルド・マーリング軍と一戦やっちまった」
「なんだと」
ヴァルナルの頭の中には、わたしの身柄をあちらの軍にひきわたして和解に持ち込む算段になっていただろう。それがぶち壊された。
「あっちの騎士団とぶつかったんだけど、めちゃ弱かったらしくて。初戦勝っちまった」
「くそ」
ギュールズ側の勝利だったが、ヴァルナルには喜べないわけがある。ノルド・マーリング軍を本気にさせてはいけないのだ。
「ガスパールに退けと言ったのか? 魔詩師たちが出てくるぞ」
「言ったさ。でも遅かった。中にちっさい魔詩師と、恐ろしいほど腕の立つ魔詩師がいて、ガスパールの弟が雷に打たれて死んだ。もう、ガスパールは手をつけられないほど怒り狂ってる。それだけじゃない、ガスパールはあれで、若い奴らの中では信望があった。だから、国境付近に、ギュールズの若手が集まっちまって、ちょっとした軍のようになってる。そうなると、もうあっちの軍も容赦はしてくれねぇ」
「なんてこった」
「ヴィーゴ、わたし、その戦場に行きたい。わたしが直接セラフィナと話をすれば止められるかも」
「ミーリャ、いくらなんでも危なすぎるだろう」
「危なかろうが、行かなきゃ。セラフィナを止められるのはわたししかいないの。きっと」
「おとなしい娘だと思ってたけど、とんでもないじゃじゃ馬だな。おれの姪っ子はよ」
「ねえ、わたしを国境まで連れていってよ!」
「はいはい、わかったよ」
「ヴァルナル、これまでありがとう」
きっと、ヴァルナルとはここでお別れになる。彼はいい族長だ。だから、ギュールズはきっと大丈夫。そう信じよう。
ヴィーゴはもう表に出て、指笛を鳴らしてピコを呼んでいる。
わたしは、ギュールズに来てからずっとしまい込んでいた、王立魔法音楽院の制服のローブを引っ張り出して纏った。
お腹がわにリュート・オリヴェルを斜めに抱き、しっかりと固定する。
「オリヴェル、ちょっとの間窮屈だけど、ちょっと我慢しててね」
表に出ると、すでにヴィーゴは馬上の人だった。
「ミーリャ、持っていくものはそれだけ?」
「だって、わたし元々夜中に攫われてきたのよ。持ち物なんてオリヴェルとこのローブ以外なにもないわよ」
そう言って、ヴィーゴに向かって手を伸ばすと、そのまま馬上までひっぱりあげられた。
わたしたちは、グリス・フェルンにきたときと同じように二人乗りでピコにまたがって、前に来た道を戻っていった。
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