第十一章 ep3
次の朝、グリス・フェルンに戻ったわたしたちを待っていたのは、私にとっては良い知らせだったのかもしれない。
けれど、無条件に喜ぶことはできなかった。
ヴァルナルの顔が、いつになく険しい。
「ノルド・マーリングの軍が攻めてきた。そろそろ森林地帯を越えるようだ」
冬の間、一部のギュールズの若者たちが、ノルド・マーリングの北方地帯を荒らしまわった。ヴァルナルも必死で抑えようとしていたが、そもそもギュールズの民の結束は強くはなく、族長とは言え、国王のような権力を持っているわけでもない。
「進軍の道行にあたる集落には、とにかく逃げるようにと伝達を出しているが、このグリス・フェルンまで攻め込まれたら、どうしようもない」
グリス・フェルンは、ギュールズでは珍しく、一年を通して定住している街だ。族長まで国中を遊牧していては収拾がつかなくなるため、いつの時代からか族長とその親族はグリス・フェルンに定住するようになったという。
また、この一帯は、数少ないギュールズの農耕地帯でもあり、広い牧草地も持っているため、家畜の放牧も盛んだ。
つまり、一番良い土地に、族長が住み、遊牧に出なくても良い反面、方々にちらばっているギュールズの民をまとめるという厄介ごとを一手に引き受けているというわけだった。
ヴァルナルやヴィーゴのやっていることをみると、もめごとの仲裁や、家畜の取引値の調整など、誰もやりたがらないことばかりだ。族長などと呼ばれているけれど、国王になって権力を振るうなんて言葉からは、想像もつかないほど面倒な仕事に見えた。
「ミーリャ」
「はい」
「ノルド・マーリング王国軍の総大将は、セラフィナという王女様らしい」
「え?」
「魔詩師のつける黒いローブをまとった、金の髪の娘だと言っていた」
「セラフィナが……どうして、こんな前線に」
兄の王太子が亡くなり、国王も病に伏している今、セラフィナはノルド・マーリング王国の根幹を担う、たった一人の王族のはずだ。
そんな身の人間が、軽々しく前線に立つなんてことはないはずだ。
嘘に違いないと否定したい思いがある反面、セラフィナならば、わたしを取り戻すためにここまで来てくれるのではないかという思いがわきあがる。
「あーあ、仕方ねぇよな。迎えがきちまったんなら」
秋までここにいると約束したのに、ちゃんとわたしの『実りの魔詩』の効果を見極めてから帰国しようと思っていたのに、その気持ちと、今すぐにでもセラフィナに会いたいという気持ちの板挟みになる前に、ヴィーゴが言外に、帰っていいと言ってくれている。
「遠慮しなくていいぜ。おれが国境の森まで送っていってやるから」
そう言って、わたしの頭をがしがしとかきまわした。
「わたし、帰ってもいいの」
「ああ」
まるでご機嫌な猫の仔のように、目を細めてヴィーゴが言う。
その一言がとてもやさしくて、胸から熱いものがこみあげてくる。ぽろりと一粒の涙がこぼれると、もう止められなかった。
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